#2
結局悩みに悩んだヒナはフラワープリントのクロップドシャツとデニムのショートパンツを組み合わせたラフなコーディネートを選択し、健康的な褐色肌が魅力的なヒナには似合いのチョイスだとマリエッタは感心した。
明日はこの服に合わせたアクセサリーでも買いに行こう思っているとマリエッタに話していたヒナだったが、残念ながらその予定は急遽キャンセルとなった。
監察部経由で統括局からの緊急指令が届いたのだ。
指令の内容は内戦が続くアーレスという惑星でのもので、ギルド支部の撤退作業が行われていたが、当初の想定よりも情勢が悪化し支部から緊急支援要請があったらしい。
そしてその要請内容とは星外から派遣される避難船の受け入れを現地で支援するコーディネーターが必要になったというものだった。
「コーディネーターが必要なのは理解できるけど、どうしてワタシに指示が来るの?ワタシ、ネゴシエイターじゃなくて監察官なんだけど……」
「それはあれでしょ、アストライアでギルド支部を無事に撤退させたから。実績買われてるんだよっ」
どうせ評価されるなら監察官として評価されたいとヒナは切実に思った。
それにしてもこの依頼にはおかしなところがある。
アストライアからギルド支部が撤退する際に現地を出発する貨物船のチャーターを行ったように、普通に考えれば星外脱出にはその星にある船を使うのが一番早い。
だが、今回は他の惑星から航宙船を派遣して撤退すると言う、えらく悠長な撤退作戦が組まれている。
余程近くに人類が入植した星があるのか、それとも何か裏があるのか。
「撤退するのに星にある航宙船を使わないってどういうことだろ?」
不審に思うヒナの横で、マリエッタが情報端末を操作しアーレスの情報を確認している。
表示される情報を読み込むマリエッタの表情がどんどん曇っていくのをみて、ヒナは好ましくない事態が発生しているのだと理解した。
やがて情報を吟味し終えたマリエッタがまとめた話によると、アーレスという惑星は30年ほど前から内戦が継続している紛争地だということがわかった。
もともと武装ビークルの製造を主要産業としていた事もあり、惑星内に武器の類いが多く存在していた事が戦火を広げる原因になったのではないかとマリエッタは指摘した。
内戦勃発当初は戦争特需を見込んで星外からの交易船が訪れていたそうだが、戦争に熱中するアーレスの住民達は本来輸出するべきビークルを戦争で消費してしまい、売るモノがなくなって交易が成り立たなくなったそうだ。
それ故にアーレスには航宙船は訪れず、ギルドが撤退しようにも人員輸送の手段が現地にはないという状況らしい。
「でも、余所から船を回してたら時間掛かるよね?」
ヒナの疑問ももっともで、マリエッタの調べでアーレスから最寄りの恒星系までは片道6年半ほどの時間が必要になることがわかった。
つまり今アーレスへ到着しようとしているギルドが手配した支部を撤退させるための避難船は、6年以上前に隣の星から出発したということになる。
ギルド支部から定期的に発信されている情報によると、支部のおかれた軌道エレベータ周辺は中立地帯としてなんとか戦禍を免れているが、中立地帯を挟んだ両側で二つの兵器開発拠点が敵対関係になっているらしい。
しかも兵器開発拠点を統制すべき政府機関は暴走した兵器開発拠点を止めることが出来ず、10年以上も前に統治を断念して避難を希望する住民と共に星外へ脱出済み。
つまり、惑星アーレスが本来保有していた船は、全て避難船として脱出してしまったということなのだろう。
「要するに戦争をしたい連中が残ってドンパチしてて、ギルド支部は10年前に脱出しそびれて取り残されてる……ってとこ?」
「だねっ。どうするっ?行くのっ?」
「いや、監察官の任務は選り好みできないから」
「不便だね、それっ。アイリスさんも、アリサさんも気に入らなかったらミッション拒否してるのにっ」
「それ、二等管理官だから出来る所業だよ……」
かくしてヒナの休暇は1日で終わりを告げ、再び任務に従事する日々が始まった。
「で、その戦争の原因って何なの?30年も続くってことは、さそ深刻な事情があると思うけど……。企業の代理戦争にしては長すぎるし、宗教的な対立とか、搾取構造への反抗とか?」
「えっと……軽装甲で高機動型がいいか、重装甲で打撃型がいいか、だってっ!」
「ん?ワタシ今、戦争の理由を聞いたんだけど?」
「だから、軽装甲と重装甲だってばっ!」
「ごめん、何言ってるかわからない」
「マリエッタもわからないよっ!」
そう言ってマリエッタが示したのは、戦争初期に書かれたとおぼしき記事の一文だった。
『次期主力製品開発企画会議の途上、軽装甲高機動タイプを推進するアインツ研究所と重装甲打撃型を提案するツヴァイ研究所の対立が激化。互いの試作機を持ち出して小競り合いを始めたことが開戦の契機となった』
「……アーレスの開発者って、たぶん馬鹿だよね?」
「ホント、馬鹿だよねっ!ブリギッタみたいに重装甲高機動型にすれば解決するのにっ!」
「いや……確かにブリギッタは超重装甲で超高機動だけど、そういう問題じゃないよね」
開戦理由がいかにありえないものであったとしても、現実にアーレスの内戦は30年にわたって続いている。
多くの住民が惑星を脱出し、今まさにギルド支部までが撤退しようとしているアーレスという星の先行きは決して明るくないだろうとヒナは思った。
オンブルへ乗り込み、アーレスの座標を航法システムに入力したヒナは、目的地が現在位置から2パーセク離れた所であることに気が付いた。2パーセクと言えばおおよそ6.5光年。
つまり……ギルドが6年半かけて到着する避難船を発出したのは、自分が今いる惑星サニーサイドだった可能性が高いということだ。
もしかすると統括局は最初からヒナをアーレスへ派遣するつもりで、その下準備としてサニーサイドへ移動させるために重要度の低いミッションを割り当てたのかもしれない。
そんな事を考えながらヒナはオンブルを発進させた。
一度の跳躍で到着したアーレスは衛星軌道上から見ると赤茶けた荒涼とした印象の惑星で、その様子が元からの様相なのか、それとも30年続いた戦争によってそうなったのか、ヒナには判断が付かなかった。
軌道ステーションのポートコントロールが機能していない事を知ったヒナは地上のギルド支部へ通信を繋ぎ、自らが監察官であること、そして撤退任務の支援に来たことを告げる。
応答した支部の通信手は丁重に礼を述べ、軌道ステーションは無人だが機能していることを教えてくれた。
また、地表へ降りる際はギルドの制服を着ない方が良い、とも。
「もしかして、地元住民に敵視されてるんですか?」
『いえ、逆です。ギルドの関係者だと知られると縋り付かれます。中立地帯はギルドの存在でかろうじて侵攻を免れている状態ですし、食料生産などもギルドが主導していますので……』
つまりギルドの制服を着て歩き回っていると、食料やエネルギーの配給を増やして欲しいという陳情が殺到して本来の任務に差し障りがあるということなのだろう。
ヒナは助言に感謝し、降下予定時刻を告げて通信を切った。
無人の軌道ステーションにそれぞれの船を停泊したヒナとマリエッタは、自動メンテナンス装置を使って船の診断と補給を行いつつ、ステーション内で私服へ着替えることにした。
下が戦地である事を考慮してヒナはお気に入りの私服ではなくサニーサイドで買ったばかりのクロップドシャツとショートパンツを身につける。
アクセサリが無いのは残念だったが、戦地ならむしろアクセサリがない方がTPOにあっているだろうと思いながら。
マリエッタは動きやすそうなアースカラーの上着とホットパンツ、インナーには白いシャツを着込んでいる。
「マリエッタ、そんな服も持ってたんだ?いつもガーリーな服だからちょっと意外」
「えへへ……これ、アイリスさんに買って貰ったんですっ!」
嬉しそうにそう言うとその場でくるくると回ってみせるマリエッタに、思わずヒナは目を細めた。
自分は一人っ子だけど、もし妹がいればこんな感じなんだろうかと思いながら。
だが、そんな穏やかな空気は軌道エレベータの降下中、一気に霧散した。エレベータから見える地表の様子は……まさに地獄だったから。




