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監察官ヒナ  作者: 羽生ルイ
Mission #3『安寧の戦車』アーレス-滅焉の惑星
20/24

#1

 アスクレピオスでの一件から一月半が経過した。

 ヒナはアスクレピオスを発った後、監察部から何度か指令を受け、マリエッタを伴っていくつかの星で監察任務を行った。


 もちろん、ヒナのような下っ端監察官に対して参事官であるベネディクト・ピアースが直接指示を与えるはずもなく、オラクルを離れているヒナにはピアースが星喰み(アバドン)に関係しているかどうかを調べる術もない。

 シンシアという人物についても今のところ何の情報も得られていないし、メナから新たな星喰み(アバドン)の兆候を知らせる便りもなく……状況だけ見れば穏やかな日常が戻っているようにも思える日々だった。


「ヒナ、監察官っていっつもこんな仕事なのっ!?」

「……そうだよ。地味でしょ?」

「地味って言うか、あり得ないっ」


 今回監察官(ヒナ)の派遣を要請した惑星サニーサイドのギルド支部での問題はハラスメント案件だった。

 なんでも若い職員が上司にセクハラを受けたと大騒ぎをして、支部長に相談もなく無く頭ごなしに監察請求を行ったのだとか。

 むろんギルドは規律を重んじる組織なので、セクハラやパワハラは厳禁。故に監察官が派遣されたのだが……。

 実態は申告内容とは随分異なるもので、事案そのものも星外から監察官を呼び寄せる類いのではなかったのだ。


「でもまぁ……ハラスメントは受けた方がどう受け取るかが大事だから……?」

「でもっ!食事を奢ってやるって言っただけで、他の星にいる監察官呼ぶとかっ!普通に無いよっ!」


 マリエッタの言う通りだとはヒナも思う。

 だが任務として派遣された以上は真剣に取り組む必要があるので、ヒナは双方から聴取を行い、周囲からも証言を集め正規の手続きで監察を行った。


 調査の結果は完全にシロ……冤罪で、あまりにもハラスメント要素がなさ過ぎたことに疑問を持ったヒナは念のため再度監察を一からやり直した。

 ギルド外の人間にもヒアリング対象を拡大し、問題となった店舗の店員にも証言を求めた。

 だが、それでも結果はシロ。なのでヒナは問題なし、というよりそもそも申告のあったセクハラ案件ではないし、ハラスメントと呼ぶのも難しい状況だと結論づけた。


 裁定を伝えられた新人は「女のお前に何ががわかる!」と口走ったが、それこそセクハラだろうにとヒナは思いつつもそこは大人の対応でスルーした。


 とはいえ上司側の発言が何か若手職員の気に障ったことは事実なので、上司側に対してギルド憲章的に問題は無いがパワハラ案件になりかねないリスクがあるのでもう少し言い方には注意するか、他人の食事には口を出さない方が良いと釘を刺すことは忘れなかった。

 そしてギルド支部長にはしっかりとしたハラスメント教育を行うことを進言した。もちろん、件の新人にもハラスメント教育を受講して貰う。

 それはもう、じっくりと。


 それにしても、食事の際に「ここは奢ってやるから、若いモンは遠慮せずに食べてくれ」と一度言っただけでパワハラ……いや、セクハラ監察請求とは。

 監察請求は通常、内部告発を伴うような重大案件――たとえば深刻な汚職や人命に関わるもの――に対して行われるもので、ハラスメントは本来対象外だ。


 どういう経緯で監察請求が通ったのか理解に苦しむところであったが、出来れば監察請求ではなく支部内で解決して欲しかったとヒナは思う。


 そして重い徒労感を感じたヒナは、つい最近の若いモンは……と口走りそうになったが、自分のほうが件の新人よりも年下だと気付き苦笑した。

 やっぱり疲れてるんだろうか。

 いや、実際この所星間移動を行う任務が続いているし休暇を申請して羽を伸ばした方が良いかもしれない。そんな事を思いながら、ヒナ達はギルド支部を後にした。



 ヒナがハラスメント案件に対応している間、マリエッタは支部の通信室を借りてアイリス達に連絡を取った。

 わざわざ通信室を借りるのはマリエッタが乗っているリュミエールには監察官用のオンブルと違って恒星間通信用の機材が搭載されていない……いや、搭載するスペースが無いからだ。

 恒星間のリアルタイム通信は高額な通信費が掛かることもあり、二言三言しか伝えられないが、それでも安否確認の連絡を入れる。

 通信を終えたマリエッタが微妙な顔をしている事に気付いたヒナはマリエッタを案じた。


「マリエッタ?アイリス様のところへ帰りたくなった?トワ様、何か言ってた?」

「『牛乳の神秘を見た』って言ってたよっ。たぶん姉妹水入らずの生活を楽しんでるってことだと思うから、邪魔しちゃダメかなってっ」

「牛乳の神秘って、ナニ……?」


 トワがやや……いや、かなり一般からずれた不思議な感性を持っていることはヒナも知っていたが、牛乳の神秘という言葉は理解に苦しむもので、頭が痛くなった。


「それよりヒナ、さっき聞いた『奢ってやるから』のお店へ食べに行ってみようよっ!すっごく美味しそうな話だったよねっ?」


 マリエッタが言うように、件のハラスメント疑惑を調べる過程で集めた証言の大半が舞台となった店の話題だった。

 なんでも卵料理が美味しいという、監察とは無関係の話題を何度も聞かされてヒナも少し心惹かれていたのは事実だし、店舗へ聞き込みに行った際にもとても良い匂いがしていた。

 今日はもう仕事をしないことに決めて、ヒナとマリエッタは2人でその洋食店へと足を運んだ。



 その日から3日間、ヒナは休暇を取った。監察官になったことで一般職員だった頃よりも給与は格段に増えていたし、知らぬ間にアリサの専属秘書官に任命されていたことでその手当も付いていた。

 なので休暇を楽しむための資金は潤沢だったが……休暇を楽しむためには別の問題があった。そう、ショッピングをしても、買った物を持ち運べないということだ。


 ヒナは故郷の惑星を離れて監察官研修を受けるようになった頃からオラクルXVIII内に官舎を与えられていた。

 しかし実際は研修や任務でオラクルを離れている事が多く、実際に官舎に寝泊まりしたのは正式な監察官になった辞令交付式の夜だけ。

 その後は2ヶ月ほど前に一度着替えを取りに帰ったきりで、実質今のヒナは旅から旅への根無し草だ。


 そんなライフスタイルそのものに不満はなかったが……問題は彼女の専用航宙艇であるオンブルはペイロードが小さく、最低限の荷物しか持ち運ぶことができないということ。

 ヒナも年頃の女性なので、化粧品をはじめとした諸々の生活必需品が数多く必要だ。なので必然的に荷物が増え機体のペイロードを圧迫してゆく。


 結果として年頃の女性であるにも関わらず、ヒナが持ち歩いている服はギルドの制服とコスモスーツ、そしてお気に入りの私服が一着だけという有り様だった。


 マリエッタの乗るリュミエールもペイロードが小さいのは同じだが、彼女の場合は一時的にアルカンシェル(ホーム)を離れているだけなので、着替え以外は持ち出していないし、マリエッタは化粧やスキンケアが必要な年齢でもなかった。

 故に、リュミエールにトワからの餞別であるフルーツ豆乳を積み込む余裕すらあったのだが……。


 ともあれ、休暇ということで久しぶりに私服である故郷の民族衣装――故郷の花が大きく描かれた大胆なスリットが印象的な南国風のもの――を身に纏ったヒナは思案した。

 買い物に行くべきか、いかざるべきか。貴重なペイロードを圧迫してしてでも、新しい服を買うべきか、と。


「トランク一つ分ぐらいならリュミエールに積むよっ?」

「えっ、ホントに?頼んでいい!?マリエッタ、好きーっ!」

「ひゃぁ、ヒナにまで告白されたっ!?」


 マリエッタの提案により思わぬ形でペイロード問題が解決されたヒナは、勇んでショッピングへと出撃した。


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