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監察官ヒナ  作者: 羽生ルイ
Mission #2『紫晶の毒牙』アスクレピオス-災薬の惑星
19/62

#10

 アステラメディカ支社での騒動が落ち着いた翌日の夜、ヒナはマリエッタに誘われて郊外……かつてギルドがパープルナイトを密造していたエリアが見渡せる人気の無い丘へと足を運んでいた。

 巨大なクレーターに、ヒナはマリエッタが保有する「力」の大きさを改めて意識する。

 何か話があるのかと切り出しかけたヒナを無言で押しとどめたマリエッタは、一枚の紙をヒナに提示した。そこに書かれていた文字は……。


 ――盗聴されています。全ての機器をオフにしてください


 一瞬、メッセージの意味が理解出来なかったヒナだが、マリエッタが真剣な表情であることに気付き、黙って携帯端末やレゾナンスブレードの動力源をカットした。


「どういうこと?」

「おかしいと思ってたんだよっ!どうしてパニッシャーがマリエッタ達の後をつけてくるのかっ!あんなにタイミング良く突入してくるのかっ!」


 憤慨した様子でマリエッタが語ったのはパニッシャーの不自然な行動についてだった。

 ヒナ達がアスクレピオスへ向かったのはメナによる情報を得てのものだったが、表向きこの惑星は危機的な状況にあるとは思われていないはず。

 なのに、ヒナが到着したその日の夜にアレクシスもこの星へと到着している。それはオンブルの航行能力を考えると偶然の一致ではなくヒナ達を追ってきていたという事に他ならない。


 そして廃人と化していたアインストンが襲撃されず、また時間があったにも関わらずヒナ達が動くまでリーガルが襲撃されなかった理由。

 その事実に対してマリエッタが出した答えが「盗聴」だった。つまりヒナが持つ携帯端末がモニタリングされており、行動予定や粛清対象者の情報が漏洩していると考えると辻褄が合うのだとマリエッタは言う。


「でも、監察官に支給されてる端末はクラスSの防諜対策が……」

「ヒナっ!それ、全然ダメだからっ!統括局や監察部に筒抜けだからっ!」


 マリエッタが言うにはギルドネットを経由するあらゆる通信は統括局にモニタリングされており、「使い魔」と呼ばれるマルウェアによって端末を介した盗聴が行われているらしい。

 アリサ達は統括局長メアリー・スゥとの対話を通じてその事実を知り既に対策を行っており、優秀なハッカーであるマリエッタも独自でその事実にたどり着き対策をしていたそうだ。

 だがそんな事を知らないヒナの端末は、何の対策も施されていなかった。


 クラスSの防諜対策というのはギルド外からの不正アクセス対策としては有効だが、システムを管理しているギルド上層部にとっては何の防諜効果も持たないのだとマリエッタは言った。

 ヒナは別にやましいことをしている訳ではないし、ギルドに対して叛意を持つ訳でもない。なので、通常であれば通信内容を傍受されていても問題は無いのだが……。


「アレクシス教官(センセイ)が、盗聴システムを利用してワタシの行動を監視してる……ってこと?」

「はいっ、あのイケオジはヒナのストーカーですよっ!」


 ストーカーというのは少し違うのでは無いかと思ったが、アレクシスの行動がやけに手回し良かった事を考えれば、マリエッタの言葉はあながち間違っていないのかもしれないとヒナは思った。

 そして……もしピアース参事官が星喰み(アバドン)を企む黒幕なら、当然のように監察官の動向を盗聴によって把握しているだろう。


 思えばアストライアで聞いた「統括局への報告が無視された」という不可解な出来事はギルド統括局に星喰み(アバドン)に関わる人間(スパイ)が紛れ込んでいることを示唆していた。

 監察官の派遣を決定する権限があるピアースがそのスパイ……いや、黒幕なら。

 ヒナは一度心の奥に沈めたはずのどす黒い疑念が心を埋め尽くすのを止められなかった。


「じゃあ、どうしたらいいの?情報端末を使わない……のは無理だから、マリエッタのと同じ対策をしてくれる?」


 ヒナの言葉にマリエッタは頭を振る。それは対策が出来ないということか、とヒナが失望しかけた瞬間、マリエッタは笑みを浮かべていった。


「盗聴、させたらいいんだよっ。ただし、こっちが聞かせたいことだけっ!」


 マリエッタのプランはこうだ。ギルドから支給された情報端末はそのままにしておき、普段の連絡にはそれを使う。

 一方で星喰み(アバドン)に関することやパニッシャーであるアレクシスに聞かれるとまずい通信を行う際にはギルド支給品をオフにした状態で別のクリーンな端末で連絡を行い「使い魔」の影響を極力排除する。

 ギルドネットを通過する情報を検閲されることは防げないが、強度の高いマリエッタオリジナルの暗号を施せば、少なくとも100年は機密が保持できると彼女は保証した。


 そしてマリエッタは、メナが誰の仕業かはわからないまでも盗聴が行われていた事に気付いていたとも言った。星喰み(アバドン)の兆候についてヒナが問い合わせた際にメナが回答を送ってこなかったのは情報漏洩を警戒しての事だったらしい。

 そういえばヒナがメナと初めて出会ったミラジュミナの一件でも、メナは敵対企業に情報が漏洩する事を警戒して慎重な策を採っていた。そのことを思い出し、確かに師匠ならそうするだろうとヒナは微笑んだ。

 マリエッタは既にメナと暗号化通信の手はずを共有したそうで、しばくすればまたやり取りが可能になるだろうと告げた。

 そしてマリエッタは最後に悪い笑顔とともに付け加える。


「あとね?罠、仕掛けられるよっ。盗聴してる人って、非合法な手段で入手した情報は信じやすいから、簡単に騙せるよっ!」


 確かにそうだ。

 ヒナがアレクシスやメナから学んだ人間心理でも、慎重な人間は与えられた情報を疑う一方で、自ら苦労して手に入れた情報は信じやすい傾向があるとされていた。

 つまり情報の信頼性評価は、その獲得過程に大きく左右されるということだ。


 特にアレクシスやピアースのような「自らの知的優位を自認する策略家」ほど外部からの情報には懐疑的になるが、逆に盗聴や通信傍受といった策を弄して得た情報には盲信的になる傾向がある。

 つまり彼らの慎重すぎる心理を逆手に取ることで相手を誘導する戦略的情報操作をマリエッタは提案しているのだ。


 笑顔でそう言うマリエッタにヒナは戦慄を隠せなかったが、彼女が何者であるかを思い出しヒナは破顔した。

 そうだ、マリエッタは……ヒナが「英雄」と慕うメナ・クロウリーを救った「英雄の英雄」であるアイリス・ブースタリアの専属秘書官。

 つまり、マリエッタは真の英雄を補佐するに相応しい傑物なのだ、と。


「じゃあマリエッタ、この後どう動いたらいい?星喰み(アバドン)を企む黒幕をどう追い詰めたらいい?」

「うーん、ごめんっ、そこまではわたしじゃわからないよぉ」


 そう言って情けない顔をするマリエッタをみて、ヒナはアリサがマリエッタの事を紹介したときの言葉を思い出した。


『この子は天才的な戦術家ですが、戦略部分は未熟です。彼女の役目はあくまでもアイリスさんの補佐ですから』


 つまりマリエッタは目先の問題を解決することにかけては天才的な手腕を発揮するが、物事の方針はヒナ自身で決める必要がある、ということだ。


 そもそも星喰み(アバドン)の件は監察官ではないマリエッタにとっては本来無関係なこと。

 たまたま彼女の故郷が星喰み(アバドン)の侵食を受けていたことで事態に巻き込まれ、義憤からヒナに手を貸してくれているだけにすぎない。

 つまり、これはあくまでもヒナ自身の戦いなのだから、マリエッタに全て頼るのは本末転倒だ。


「ごめん、ちょっとマリエッタに頼りすぎだよね、ワタシ」

「ううん、お友達に頼って貰えるのは嬉しいよっ!」


 その出自から故郷では孤立していたヒナは……友達という言葉がどれだけ暖かく心強いものであるのかを、初めて実感した。



 翌日、ヒナ達はアスクレピオスを発つことにした。

 リーガルが死亡したことで今回の星喰み(アバドン)へのアステラメディカ本社の関与の有無は闇に葬られることになり、この星で出来ることがもう何も無かったからだ。

 もっとも企業の犯罪はギルドの監察官であるヒナが関与できる範囲外のことなので、本社の関与がわかったところで何も出来なかったのだが……。


 アスクレピオス支社がこの先どうなるのか、ギルド支部が再興されるのかはわからない。

 ヒナにできることはただ、監察官として「法の正義」を執行すること。違法薬物の製造や流通に携わったギルド関係者を告発し、統括局へと移送するだけだった。


 出立にあたりマリエッタはルドガーに「紫のC3」に偽装したパープルナイト結晶のサンプルが欲しいと申し出た。

 ルドガーは一瞬不思議そうな顔をしたが、マリエッタが言うのなら何か理由があるのだろうと納得した。だが手続き上必要だからとサンプルを求める理由を問うた。


 マリエッタの回答は、ギルドでパープルナイトの成分解析を行い解毒する方法を研究してみたいというものだった。そして「紫のC3」の現物をギルドに提出することで、摘発の網から溺れ落ちたパープルナイトをギルドの通関で識別できるようにしたいとも。


 マリエッタの言葉に、ヒナは自分自身が「ギルドの法」や「監察官としての立場」という枠に囚われすぎているのではないかという疑念を抱いた。

 そして同時にマリエッタのように枠組みの中でもできることを模索することができれば……アレクシスのような枠組みを壊す正義とは異なる正義の在り方を見出すことができるのではないかとも考えた。

 それ何なのか、具体的な方法はまだ見つけることはできなかったが。


 ルドガーから受け取った、樹脂コーティングされたパープルナイトの結晶をリュミエールに積み込んだマリエッタはこわごわとコーティング越しのパープルナイトに触れながら言った。


「これが艇内で割れたら、わたしもジャンキーの仲間入りですっ!」


 通信機越しにそんな事にならないためのコーティングだと呆れた様子で言うルドガー達に笑顔で別れを告げ、2人は新たな星へと旅立った――。

これにて「監察官ヒナ」第2話は終了です。

引き続き本日18時より第3話の掲載を開始します。


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