#9
社屋最上階にある会議室前までたどり着いたヒナ達だったが、昨夜の事故の影響か社内の警備はかなり厳重だった。
ヒナはこの警備ならおいそれとパニッシャーも侵入できないだろうと少しだけ安堵したが、その厳重な警備のせいでヒナ達も会議室前に陣取っていたアステラメディカのガードマンに会議が終わるまで入室はできないと制止されるはめになった。
仕方なく会議室前に設けられた幹部用サロンで待機する3人。
豪勢な内装で彩られたサロンからはアスクレピオスの星都が一望できた。人々は違法薬物の蔓延に苦しめられているとはいえ、街並みそのものは整然としていて、この星が本来は豊かな場所であることを示していた。
「いい所なのに……どうして星喰みなんか……」
街並みを眺めていたヒナは無意識のうちにそう呟いていた。
リーガルが一体何を求めて星喰みを企んだのか、理解出来なかったから。大企業の重役として十分な権力や富を得ているはずなのに、それよりも重要な何かがあるのだろうか?
そんな事を思いながら、ヒナは天を仰ぐ。大宇宙へ向かって伸びる軌道エレベータの先に、小さく軌道ステーションが見えた。
ヒナの隣で同じように星都の景色を眺めていたマリエッタも、ヒナにつられるように上空を見上げる。
そして。何かに気付いたのか遠くを見ようと眼鏡の角度を傾けてみたり目を細めたりしている。その様子に気付いたヒナが問うた。
「どうしたの?」
「ヒナっ、何か……降りてきてない?」
ヒナはマリエッタが指さす方向を注視する。……確かに、何かが軌道ステーションから降下してきているように見える。
あれは……エアロプレーン?
HLV?
いや、違う。
あれは……往還艇?
レゾナンスフィールドの輝きをまとった機体が……自分達を、アステラメディカ支社ビルを目指して降下してきている!
「突っ込んでくる!?」
「嬢ちゃん達、こっちだ!こっちの方が壁が厚い!」
事態を察知したルドガーの声に導かれ、ヒナとマリエッタは窓際から非常階段側へと慌てて移動する。
その直後……往還艇がサロンの隣へ……会議室へ突入した。
衝撃で最上階のガラス窓は全て粉砕され、軽量な家具は衝撃波で社屋の外へと吹き飛ばされる。ヒナ達は非常階段に身をかがめ、爆発的な衝撃をかろうじてやり過ごした。
負傷したガードマンの救護をルドガーとマリエッタに任せ、ヒナは会議室へと飛び込んだ。
かつては豪華さと機能性を兼ね備えていたであろうエグゼクティブな空間は、フロアの中央まで潜り込んだ往還艇の機体によって滅茶苦茶に破壊されている。
そして、機体の前方……壁際に、2人の男がいた。
1人はヒナの知らない壮年の男性。おそらくあれがリーガルなのだろうとヒナは見当を付けた。
なぜなら、ヒナの良く知るもう1人の男性――アレクシス――が、その男に蒼く輝くブレードを突きつけていたから。
ヒナのいる入口から2人のいる場所は往還艇の機体で分断されており、機体突入の衝撃で天井が崩落し始めているため迂闊に近寄ることもできない。
ヒナは周囲を見回し反対側へ回るルートを探す。焦るヒナの耳に、建造物が崩れる音に混じってアレクシスとリーガルが話す声が聞こえてきた。
「お前……背後……誰……」
「……ピアース……指示……ここにシンシ……助け……」
「……やはりな」
指示?背後?リーガルが何かをアレクシスに手渡しながら言ったその言葉はヒナにとって予想外のものだった。
ヒナはギルド支部の背後にアステラメディカが、リーガルが黒幕として存在していると考えていたが……リーガルよりもまだ上がいるというのだろうか?
天井の崩落が一旦落ち着いたことで、ヒナは往還艇を乗り越えてアレクシスの元へと向かう。
だが、既に手遅れだった。彼の振るった蒼い断罪の刃は命乞いをするリーガルの体を……一刀のもとに両断していたから。
ブレード手に、振り向いたアレクシス――パニッシャーに向かってヒナは叫ぶ。
「アレクシス教官っ!どうして!?リーガルに訳を聞いて……」
ヒナの言葉にアレクシスは冷たい視線を向けたまま、答える。
「カイラニ。お前は理由次第でこの男の罪を許せるのか?喰うモノがなくてやった。子供を人質に取られてやった。つい出来心でやった。どんな理由を並べようと、被害を受けた側には関係の無いことだ。犯した罪に相応しい罰を与える。それが全てだ」
星をも喰らう星喰みと言う凶悪な犯罪の前には事情聴取も情状酌量も不要だと言い切るアレクシスに対して、ヒナはアストライアやアスクレピオスの惨状を思い出すと何も答えることが出来なかった。
「その様子では俺の出した宿題の答えはまだ出せていないようだな。なら、お前に話すことは何もない」
アレクシスはそう言うとヒナへの興味を失ったかのように往還艇へ乗り込んだ。
ビルに食い込んだ機体をそのまま前進させて脱出するつもりだと察したヒナは慌ててサロン側へと待避する。
そんなヒナの動きを見届けてから、アレクシスは機体を発進させた。レゾナンスフィールドを展開して強引に周囲の瓦礫を跳ね飛ばすと、ビルの構造体を破壊しながらアレクシスの乗る往還艇は再び空へと舞い上がり……衛星軌道上へとその姿を消した。
その強引な脱出方法は、正義のためであれば私刑を厭わないパニッシャーとしてのアレクシスの姿勢そのものであるように、ヒナには思えた。
アステラメディカは医薬品を開発するメーカーだけあり、社内の救護体制が通常の組織よりも格段に優れていたことは幸いだった。
最上階にいたガードマンをはじめ、ビル損壊による負傷者の多くは救命措置の結果命が救われたから。
だが、それでも失われた命もあった。副支社長であるリーガルをはじめとした会議室にいた3名の支社幹部。
さらには……アスクレピオス支社長であり、創業家の三男坊であるオスカー・アステラもが死亡者リストに名を連ねていた。
支社を取り仕切り、結果として星喰みに手を貸す形になっていた幹部は皆命を落とすことになった。それはアレクシスが計画したことなのか、偶然なのかはわからなかったが……おそらく、そうなる事を承知した上で往還艇での突入という強行手段を選んだのだろう。
そしてヒナはリーガルがアレクシスに語った名前……ピアースとシンシ……おそらくシンシアだろうか?という名について思いを巡らせる。
アレクシスはリーガルがその名を口にすることを予期していたようだった。そして、ヒナとアレクシスの共通の知人にシンシアという女性はいないが、ピアースの姓を持つ人間はいた。
――モーリオンギルド監察部部長にしてギルドの参事官、ベネディクト・ピアース。
それはヒナとアレクシスの直属の上司であり、ギルド監察部を統括する高官の名だ。
だが、それはあり得ないとヒナは思った。なぜならピアースは冷徹ではあれど厳格な「法の番人」であり、ギルドの正義を象徴する人物だったから。
ピアースという姓は珍しいとはいえ、他に該当する人物がいないわけでもない。ヒナは自分にそう言い聞かせようとしたが……心の奥底に生じた疑念は消えることが無かった。




