#8
ルドガーは取り寄せた防護スーツをレベルBのハズマットスーツだと説明した。
グローブとブーツが一体になった防護服と、酸素供給フィールド発生装置が組み合わさったそれは、宇宙を旅しているヒナやマリエッタには見慣れたものだった。
「これ、コスモスーツ?」
「コスモスーツはレベルA相当だ。宇宙服より防護効果は落ちるが、パープルナイトならこれで十分防げる」
そう言ってルドガーが手渡してきたスーツを私服の上から着用する2人。
ヒナは小柄なマリエッタにフィットするサイズのハズマットスーツが存在していることに、この星での薬物汚染の深刻さを改めて痛感し……そして、ギルドがその汚染の中核にいる事を深く恥じた。
防護スーツを着用したヒナ、マリエッタ、そしてルドガーの3人は裏口から倉庫に突入する。倉庫に足を踏み入れた途端、ルドガーが持っていた薬物スキャナが反応を示した。
どうやらここ……ギルド関係者しか足を踏み入れられないはずの場所に、本当にパープルナイトが貯蔵されていたらしい。
それはすなわち、ギルドがパープルナイトの密輸を行っていた当事者であるという揺るがぬ証拠でもあった。
倉庫内に集積されている物資の多くは通常の交易品で、ギルド支部が星外から取り寄せた消耗品や嗜好品の類いだ。
ヒナはそれらのコンテナを注意深く観察し、いずれも通常のギルド支部では購入を躊躇うような高級品であることを知り、眉をひそめる。
そしてコンテナの間を縫って進むうちにルドガーが持つセンサーの反応がどんどん強くなっていった。
「こいつはおかしいぞ?反応が、強すぎる……」
そう呟くルドガーの言葉に、ヒナはブレードの柄を握る手に力を込める。やがて、倉庫の入口近くまで移動したヒナはここでもまた予想外の光景を目にする事になった。
崩れ落ちたコンテナと散乱する紫の結晶。
いくつかの結晶はコンテナに押しつぶされ、砕け散っている。そして……崩れたコンテナの横で、口から泡を吹いた初老の男が体をガクガクと痙攣させながら白目を剥いたまま呟いていた。
「見ろ……あの紫の火が踊ってる……でも奴は食べるつもりだ!それに数字が喋ってる……でもわしの指は99じゃない、足りない!足りない、足りないぃぃ!」
異様な光景にマリエッタは絶句し、怯えたようにヒナにすがりついた。ヒナも内心の動揺を隠すのに必死だったが……ルドガーだけは冷めた目でその男――アインストンを見つめていた。
「これがパープルナイト患者の行き着く先だ。嬢ちゃん、残念だがこいつはもう使い物にならん。永久に尋問は無理だと思ってくれ」
状況的に、アインストンはパープルナイトを持って星外へ逃亡を図ろうとしたが、焦って煮崩れを起こした結果パープルナイトが粉砕、拡散。
通常の使用量を遙かに超えた薬物を一度に吸引したことでアインストンは廃人になってしまったということらしい。
「自業自得ですっ!」
ルドガーの推理を聞いたマリエッタは、怯えながらもアインストンを見据えてそう言い放った。
確かにアインストンは違法薬物を製造し、流通させた連中の1人だ。これはある意味天罰と言ってもいい結末だろう。
だが――。ヒナは思う。
神よ、もしあなたが存在するというのなら、どうしてもっと早く罰をお与えにならないのですか、と。
ヒナは心の中でこの星の「神」に悪態をついた。彼女が信奉する「女神」なら、もっと迅速に神罰を与えるだろうにと思いながら。
その後、廃人となったアインストンを保護したヒナはギルド憲章に背いた反逆者としてアインストンを統括局へ移送する手続きを取った。
ギルド法廷が人格崩壊をおこしたアインストンにどのような裁きを与えるのかはわからなかったが、それでもこれはヒナにとっての「法の正義」が執行された瞬間だった。
裁判の行く末を思い、黄昏れていたヒナにマリエッタがおずおずと声を掛けてきた。
「ね、ヒナ?倉庫の中の物資持って行ったらダメかなっ?トワさんの好きそうな高級宇宙食があったんだけど……!」
「ダメに決まってるでしょ。そもそもあそこの物資、パープルナイトに汚染されてるよ?」
「うう、勿体ないですぅ……!」
結局、倉庫の中にあるパープルナイトとそれに汚染された物資は結局倉庫ごと焼却処分される事になった。
パープルナイトは熱に弱く、焼却すると無毒化する。さらには結晶構造を極限まで破砕することでも無効化することができるとルドガーは説明した。
つまり、昨夜マリエッタが吹き飛ばした薬物倉庫は、ブリギッタの降下する衝撃で分子レベルにまで粉砕され無効化されていたらしい。ヒナはマリエッタにそのことを知っていたのかと問うと、さも当然と言った顔でマリエッタは頷いた。
「一石三鳥じゃなくて、一石四鳥じゃない?」
「これは星喰みの進行を止める部分に含まれますっ!」
自分の成したこと誇るでもなく、朗らかにそう告げるマリエッタの笑顔が眩しかった。
ギルド側の首謀者とおぼしき支部長――ファルケンという名だったらしい――はパニッシャーに処刑され、支部長補佐であったアインストンは廃人となった。
パープルナイトを巡る事件の全容を知る者がいなくなったことで事件はここで終止符を打たれるかに思えたが、思わぬ所から情報が寄せられた。
支部長ファルケンの秘書……とも呼ぶのも憚られる、お茶くみ担当の新人職員が予想外の証言を行ったのだ。
「……はい、お茶を持って行った時に支部長が時々執務室で通信を……。ええ、リーガルさんって呼んでいましたけど。なにか指示を受けているような感じで。いつも偉そうだった支部長がペコペコ頭を下げてておかしいなって……」
リーガルという名にルドガー達薬物捜査官は色めき立った。
なぜならその名は、アステラメディカ本社の専務取締役であり、アスクレピオス副支社長でもある人物の名だったからだ。
本来ギルドは惑星の統治機構と上下関係のない独立した存在であり、ファルケンがリーガルに卑屈そうな態度を取る理由は無い。
むしろその逆なら――内政干渉にあたると言われるだろうが――有り得るが。
新人職員の言葉を裏付けるためにマリエッタが通信解析を行い、ファルケンの通信相手であるリーガルという人物がアステラメディカのIDを持つ人物であることは確認出来た。
そのことを報告されたルドガーは驚きを通り越して、呆れるしかないというような表情でこぼした。
「……おいおい、まさかうちの副支社長が黒幕だってのか?」
「どんな人なの?」
「三男坊の右腕で参謀役。自分は表に出ず、裏で物事を進めるタイプだな」
「もろ黒幕タイプじゃない」
ヒナの言葉にしばらく考え込んでいたルドガーは言った。おそらく支社長が事態を外部に隠蔽する動きを見せているのはリーガルの入れ知恵だろう、と。多少無理のある理屈であっても、リーガルの指示ならボンクラ支社長は唯々諾々と従うからな、とルドガーは断言する。
「ルドガーさん、リーガルって人の安否確認を。パニッシャーが狙ってる可能性がある」
「パニッシャー?なんだ、そりゃ」
あまり時間が無いと考えたヒナは手短にルドガーに説明を行う。
星喰みに関わるものを粛清する存在。支部長ファルケンを殺害した容疑者だ、と。
ルドガーも一刀のもとに斬り捨てられていたファルケンの姿を見ており、パニッシャーという人物が危険だということはすぐに理解した。
通信で支社の秘書課に連絡を入れ副支社長の動静を確認すると現在は支社最上階の会議室で本社とのリモート会議中、現時点では異常なしとの回答がすぐに戻ってくる。
予想していなかった、リーガルが夕刻に出発する船で本社がある惑星へ向かう予定が急遽組まれた、という追加情報と共に。
「高飛びする気だよね」
「だろうな。パニッシャーとやらから守るにしても、捕まえるにしても夕方までが勝負だ」
「どっちもやっつけるに一票ですっ!」
リーガルが黒幕なら昨夜のマリエッタの一撃やファルケンが殺害されたことも既に把握しているだろう。
そして遠からず自分にも死か、捕縛の手が及ぶであろうと予想することは想像に難くない。
本社役員という肩書きを持つリーガルなら逃走手段に困ることも無い。パニッシャーがこの情報を得ているかどうかは不透明だが、ヒナ達は取り急ぎ支社最上階の会議室を目指す。
だがいかにルドガーが主任捜査官とはいえ、惑星を統治する企業の上層部にアポ無しで面会をすることは出来ない。
なので今回はヒナが監察官としての身分とギルドの恥をさらし……ギルドの人間が副支社長の命を狙っている可能性があると告げて、至急の訪問予定を取り付けることに成功した。




