#5
翌朝。「夜の散歩」で少し夜更かししたマリエッタはいつもより遅く目を覚ました。
一瞬、自分がどこにいるのかわからなかったマリエッタだったが、記憶を辿り……保健当局の宿舎に部屋を借りたことを思い出した。
時計を見ると9時前で、前日に聞いた職員食堂のモーニングタイムは間もなく終わる時間だ。慌てて部屋を飛び出したマリエッタは食堂へと駆け込み……ジト目のヒナに迎えられた。
「マリエッタ、昨日晩どこかへ出かけた?」
「えへへ……あのっ、先にご飯取ってくるねっ」
「ちゃんと用意してあるよ。ここ、座って」
逃げ場を塞がれた、と思ったマリエッタだったが時既に遅し。全く笑ってない目で笑顔を浮かべるヒナの隣に強制的に着席させられるた。
いただきます、と小さく呟いてから朝食のトーストに手を伸ばしたマリエッタだったが……それを口にすることは出来なかった。
なぜなら食堂の入口からもの凄い勢いでルドガーが駆け込んできたから。
「おい、嬢ちゃん!何を撃ち込んだ!小型の融合弾か!?」
「……あの、マリエッタがやったかどうか確認は……」
「俺は面倒なのは嫌いなんだ。で?」
「……乙女の秘密を撃ち込んだんですっ!」
マリエッタの答えにルドガーは一瞬あっけに取られたような表情を浮かべたが、すぐに破顔し、哄笑した。
始業時間も近いため食堂にいた関係者は少なかったが、それでも全員が何事かとルドガーを注目する。
「気に入ったぞ、嬢ちゃん。あんたらの心意気は十分に見せて貰った!改めて自己紹介させてくれ。ルドガー・デュラン。アスクレピオス保健当局の主席薬物捜査官だ」
「検疫官じゃなかったんですね」
「昨日は大口の密輸があるとタレコミがあったんでな。嬢ちゃん達のおかげでベイソンのヤツも確保できて十分な釣果だったんだが……まさか一晩でこうも鮮やかに片を付けてくれるとは思わなかったぞ」
ルドガーはそう言うが、マリエッタは静かに首を振り、ルドガーの過ちを正す。昨夜の一撃は終わりでは無く始まりなのだ、と。
マリエッタが早急に動いた理由は3つあった。
まず1つ目は星喰みの進行を物理的に食い止めること。
アスクレピオスへ到着してわかった現状は想像以上にフェーズが進んでおり、いつ最終局面に突入しておかしくないと判断したマリエッタは流れを断ち切るために先制の一撃を加えたのだ。
2つ目はギルド支部と星喰みを企む者への揺さぶり。
想定外の大規模攻撃を加えることで相手の動揺を誘い、普段とは異なる行動を引き出すことができるかもしれないとマリエッタは指摘する。
そして最後は……。
「これでマリエッタ達がルドガーさんの敵じゃないって証明できましたよねっ!」
「ああ、この上ない身分証明だったぞ」
「……まぁ、そこまで考えてたならいいけど。でもワタシ、アイリス様たちにマリエッタのこと任されてるんだから、あまり無茶しないでね?」
そう口ではそう言ったものの、ヒナは心にわだかまりを感じていた。
マリエッタは躊躇無く違法薬物拠点を破壊し、結果として星喰みの進行を食い止めこの星を救う足がかりを作った。
だが……マリエッタの行いは、エリス社の幹部を皆殺しにしたパニッシャーの同質ものなのではないか?
パニッシャーの行為は許されざるものだが、結果として彼はアストライアを星喰みの手から救っている。
それなら、パニッシャーの行為もまた、マリエッタの行為と同じ仕方のない、必要なことだったのか?
法を守ると息巻いた自分は結局誰も、何も救えていない。そのことがヒナの信じる正義を大きく揺るがしていた。
だが、己の正義の在り方に思い悩むよりも、今はまず解決すべきことが……成すべき正義がある。ヒナはそう考え直し、ギルド支部への監察権の行使を決めた。
ただ、ギルド支部が主体的に密輸へ手を染めた証である紫のC3についての情報が不足していたため、C3の流通経路に関する調査はマリエッタに任せることにして。
ヒナが向かったアスクレピオスのギルド支部はこぢんまりとした建物で、外見からは到底違法薬物の製造や密輸に関わっているうようには見えなかった。
惑星上のギルド支部オフィスはこの一箇所だけだとルドガーから聞いていたが、郊外に大規模な拠点を構えていた事を踏まえると、おそらく他にも公にはされていない拠点があるのだろうとヒナは推測する。
支部の建物に入り、監察権の行使を宣言しようとしたヒナだったが、支部内は既に蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
それもそうだろう。
ギルドが管理していた地域に建設されていた施設が謎の攻撃によって跡形もなく消滅したのだから。騒ぎを収めるため、ヒナはギルド章を掲げ、大きな声で名乗った。
「監察官、ヒナ・カイラニです!この支部の内政干渉疑惑について監察権を行使します!」
ヒナの名乗りに初めて部外者が建物の中に入ってきていた事に気付いた支部職員の反応は様々だった。
顔面蒼白になって崩れ落ちる者。
諦念の混じった表情を浮かべて立ち尽くす者。
驚きと疑問を顔に浮かべている者。
ヒナはそれぞれの反応から、違法薬物事案や密輸に関わっている人間の数を把握した。
支部の6割近くがおそらく何らかの形でこの件に携わり、3割は事態を知りながら黙認。
新人とおぼしき1割、主に窓口担当者が何も知らされていない……というところだろうか。
ヒナは証拠保全のため通常業務の停止を命じ、同時にギルド管理地域での「事件」についても、監察官として調査を引き継ぐと宣言した。
もっとも管理地域での事件については既に犯人も、犯行動機も、なんなら凶器の目星もついているのだけど。
次いでヒナは事情を知らない新人達に支部長をはじめとした幹部達の動静を確認した。
支部内の状況を考えれば誰か特定の人間1人だけの暴走というよりは、支部ぐるみの犯行である事は明白だったから。
だが、新人達は口を揃えて支部長も、支部長補佐も昨日の昼過ぎから連絡が取れないと証言する。どうやら支部幹部達はマリエッタの奇襲よりも前に……おそらくベイスンが確保されたことを察知して行方をくらませたのだろう。
潜伏場所を探すにも土地勘が無いヒナには動きようがない。そこで彼女が取った手は、土地勘のある現地の人間……すなわちルドガーを頼る事だった。
ヒナはルドガーに連絡を取り、監察官の権限でギルド支部の業務を停止したこと、そして違法薬物関連に関与している人物の目星が付いたことを伝え、それら人物の身柄を惑星当局へ引き渡すと通告した。
本来であればギルド内の不正についてはヒナが聴取を行うべきところではあったが、今回は聴取対象人数が多い上にヒナの目当ては支部職員ではなく幹部だ。そのため雑魚の尋問は薬物捜査官達に任せ、幹部の潜伏場所の特定を急ぐことにしたのだ。
ヒナの連絡を受けてルドガーが部下を引き連れてギルド支部へ到着した。
薬物捜査官達はヒナが指し示す中堅以上のギルド職員を確保する。慌ただしく連行されていく職員達を見ていたヒナは捜査官の中にヒューイの姿が混じっている事に気が付いた。
「あなたも薬物捜査官だったの?」
「はい、本来は検疫官だったんですけど、違法薬物事案が増えたので今は兼務です」
「検疫も兼務……大変なんですね」
「ええ……そうだ、検疫と言えば昨夜、ヒナさんと同型の船に乗った人が検疫を受けていきましたよ」
「……!!」
ヒューイが何気なくこぼした言葉を耳にしたヒナの顔に緊張が走る。ヒナはその男というのは、背の高い30代半ばぐらいで長い金髪の優男かと問う。
その問いに不思議そうな、だが少し納得したような顔をしたヒューイが答える。
「ええ、そうです。同じ船だからもしやと思いましたが、お知り合いだったんで……って、ヒナさんっ!?」
ヒナはその答えを最後まで聞かずに支部の建物から飛び出した。
なぜならヒューイが言うところの「知り合い」とは……かつてヒナの師であったアレクシス。アストライアの住民達が「パニッシャー」と呼んだ男であったから。
通りへ出たヒナは左右を見回す。だが辺りには薬物捜査官達と連行されるギルド職員の姿以外は見当たらない。それもそうだ。あのアレクシス教官が、こんなところで気長に支部を眺めている筈がない。
なら、今はどこで何を?彼が物見遊山の為にアスクレピオスを訪れるはずはない。前回彼が姿を現したのは星喰みに食い荒らされたアストライアで、その元凶となる人間を粛清した。
そして今回このアスクレピオスへ現れたということは……間違い無くここでも星喰みの元凶を絶とうとしている。ヒナはそう確信した。なら、アレクシスがこの星で追う相手は間違い無くギルド支部長だ。
ヒナは思考を巡らせ、そして結論に達した。
彼が取る行動は「ワタシと同じ」だと。
ヒナに監察官としての基礎をたたき込んだのはアレクシスだ。ならヒナの行動パターンはアレクシスのそれと類似しているはず。
ヒナは支部長の行方を知るためにギルド支部の汚職職員から情報を得ようとした。ならば……アレクシスもそうしている筈だ。
そう判断したヒナはギルド支部にとってかえし、手近な職員を捕まえ、問うた。
「幹部以外で今日出勤してない人はいる!?」
「え、は、はい。受付のスーザンと、資材課のイワノフ主任が……」
「イワノフって人の家を教えて!」
ヒナの剣幕に訳がわからないという顔をしながらも、職員はイワノフの自宅の情報をヒナの端末に転送した。
一度支部を飛び出し、すぐに戻ってきて職員を問い詰めるヒナの姿を見ていたヒューイが躊躇いがちに声を掛ける。
「ヒナさん、一体何が……」
「ヒューイ、この場所へ案内して!大至急!」




