#6
律儀にも持ち場を離れることをルドガーにことわった上で、ヒューイはヒナをイワノフというギルド職員の住む町外れの一軒家へと案内した。
主任という肩書きにしては豪華なイワノフ住宅を見たヒナは、彼もまた汚職職員の1人である事を確信したが、住居の扉が開け放たれたままになっている事に気づいて顔色を変えた。
ヒナは懐からつかみ出したレゾナンスブレードに向かって短く起動歌を囁きかけると、アクアマリンの輝きを纏った光の刃が形成された。
昨日手荷物検査で、それが楽器だとヒナに説明されていたヒューイは驚愕した表情を浮かべる。
ヒナはレゾナンスブレードを手に、イワノフの自宅へと足を踏み入れる。室内に荒らされた様子は無い。だが耳を澄ますと、うめき声のような者が聞こえる。
声を頼りに奥へと進み……灯りが灯されたままになっていた浴室で、血まみれになったイワノフが発見された。
明らかに拷問された様子のイワノフの様子に一瞬だけヒナは顔をしかめる。ヒューイがイワノフを助け起こそうとするのを手で制止しヒナは意識が朦朧としているらしいイワノフに、レゾナンスブレードを突きつけながら声を掛けた。
「イワノフ」
「……もう……やめて……くれ……」
「もう一度話しなさい」
「本当だ……補佐の居場所はしらない……許してくれ……」
「支部長は!」
「……サンサ通り……4番ビル、地下に……貯蔵庫……そこが……」
ヒナはヒューイを振り返り、サンサ通りという場所と4番ビルの位置を確認した。幸いにもそれはギルド支部からイワノフの自宅までのルート上にあり、特徴的な看板がヒナの記憶にも残っている場所だった。
ヒナはヒューイに礼と、イワノフの搬送を依頼すると独り4番ビルへと向かった。
ここまでは読み通りだった。単独行動で薬物捜査官の協力を得られないアレクシスが支部長達の行方を知るために、手近な汚職職員を問い詰めることは容易に予測できたし、パニッシャーと化した今のアレクスシスの「問い詰め」は容赦のないものであることは想像に難くなかった。
それ故に爆破事故が発生しているのに出勤してこない中堅以上の職員を当たれば、アレクシスの尋問相手が見つかるだろうという考えは的中した。
イワノフへの聴取にしても、アレクシスが聞き出した内容を最初から問い直していると時間が掛かると判断し、ヒナはアレクシスの仲間であるかのように振る舞った。
一番必要な情報はアレクシスが最後に得た情報……つまり、それを聞けばイワノフに用事が無くなる「答え」。
アレクシスが何をどう聞いたのかわからない以上、最も適切なキーワードは「もう一度話せ」で、その問いは見事にアレクシスが向かった先を引き出すことが出来た。
問題はその答えが引き出されたのが何時なのかだが。それは4番ビルとやらへ到着すれば……嫌でもわかることだろう。
発振状態のエネルギーブレードを握りしめたまま街を走る美女の姿に、街の人達は目を丸くしたが……薬物中毒者が多いこの街では、まれに、だが良くある光景だとスルーされた。
看板の印象しか残っていなかった第4ビルが、廃墟かそれに準ずる荒廃した建物だと思っていたヒナの予想は裏切られた。ヒューイが示した住所も、記憶にある看板も、確かにヒナの眼前にあるビルのそれと合致している。
だが、目抜き通りに面したそのビルはどう見ても通常の複合商業施設でしかなく、今現在も普通に営業しているように見えた。
こんなビルが違法薬物の卸売り用倉庫になっている?
にわかには信じられなかったが、今は一刻を争う。ヒナは地下への入口を探すが、通りの側からはイワノフが言った地下へ通じる階段のようなものは見つからなかった。路地を通ってビルの裏手に回ると、確かにそこには地下へ通じるスロープのようなものがあった。
なら、目抜き通りに面したこのビルが本当に薬物汚染の源泉の一つなのだろうか?
イワノフの情報通りならこの下に名前すら確認していない、この星のギルド支部長がいるはずだ。そして場合によってはアレクシス……いや、パニッシャーも。
ヒナはレゾナンスブレードの柄を握り直し、ゆっくりと地下へのスロープを進む。丁度1フロア分下ったあたりでスロープはシャッターに閉ざされる形で行き止まりになっていた。
開け放たれていたイワノフの自宅と違ってここがシャッターで閉鎖されていたことを知り、ヒナはパニッシャーに先んじることができたと安堵した。だが、シャッターを開ける方法が見つからない。
なら……。意を決し、ヒナはレゾナンスブレードを振るってシャッターに人が通れるサイズの開口部を作り……そして、呟いた。
「これじゃ、マリエッタのことをどうこう言えないかな……」
シャッターの先も地下へと下る薄暗い通路が続いており、ヒナはブレードが放つ青緑の輝きを灯り代わりにして地下を慎重に下る。陰鬱な通路に自分自身の足音だけが響き、心なしか徐々に息苦しさを感じる気さえした。
やがて通路の先に行き止まりと……横手に開け放たれたドアが見えた。
慌てて周囲の様子を見回したヒナは軽い違和感を感じた。これまでレゾナンスブレードの輝きによってくすんだ青緑色に見えていたはずの壁が少し赤みを帯びているようにも見える。
いや、今は壁の色よりも扉の中だ。ヒナは違和感を振り払い、扉に向かって駆けだした。
だが、扉にたどり着く直前にヒナは強烈な刺激臭を感じ、激しく咳き込んだ。思わずブレードを取り落としてしまったが、喉の痛みが酷くブレードどころでは無かった。
焦げた樹脂の臭いに酸味を加えたような吐き気を誘発する刺激臭に危険を感じ、ヒナは慌ててハンカチを取り出して鼻と口を覆う。
なるべく浅く呼吸をして、刺激を和らげようとしていたヒナは、手からこぼれ落ちたブレードが照らす周囲の床の色が青紫に変わっている事に気が付いた。これは……何かの有色ガスが充満している!?
ヒナはブレードが放つ光の色と床の色からガスの色は紫だと判断し、戦慄した。
ここに保管されているであろう違法薬物の名は紫夜で、その結晶は紫だと言う。
「もしかして、これが紫夜じゃないよね……」
不注意にも違法薬物を吸引してしまった可能性に動揺しながらも、浅く吸った息を止めてヒナは素早く扉の中を覗き込む。
そこには紫色の光に照らし出された中年男性の姿。それはブレードで両断されており、一目見て既に死亡していることがわかった。
そして遺体がもたれ掛かっていたボンベのようなものにも融断された跡が見えた。
ボンベからは紫色の液体がこぼれだしており……その液体が気化したものが、紫色のガスの正体だとヒナは推測した。おそらくパニッシャーが支部長を斬り捨てた際に、背後にあったボンベも巻き込んでしまったのだろう。
密輸される紫夜は結晶体だと聞いているが、売買や吸引の方法がわからない以上、油断はできない。
そこまで見て取ったヒナだがさすがに息苦しさに耐えられなくなり、急いで地上へ引き返した。進む毎に吐き気は少しずつ収まっていくところをみると、あの漏れ出した溶剤のような物質は空気より重く、地下に沈殿していたのだろう。
切断したシャッターの開口部から這々の体で這い出したヒナは、新鮮な空気に安堵しながら大きく息を吸い込み……そして、激しく嘔吐した。
シャッターにもたれ掛かって座り込み、しばらく吐き気と戦ったヒナはこのシャッターが閉じられていた理由に思い当たった。
おそらくパニッシャーは自らのブレードで薬品が流出した事に気付き、薬物汚染を拡大させないためにシャッターを降ろしたのだ。
つまり、彼は……見境なしに人を殺す気は無く、むしろ悪党以外を守ろうとしている。それだけにヒナは、パニッシャーが……アレクシスが何を思って凶行に手を染めているのかが理解出来なかった。
いや、理解したくなかった。




