#4
どうやらこの星にもメナが報じたアストライアでの一件が知られているらしい。
だが……あまりにも現実味の無い星喰みという犯罪が、自分の住む星で進行しているとはルドガーも思わなかったのだろう。
「まだ確証はありませんが、過去に流通していた違法薬物のデータを分析すれば確定できるかもしれません。マリエッタ、分析できる?」
「……ネットには情報が上がってないかなっ?」
「当たり前だ、そんな情報公開できる筈がないだろう。うちは、特にな」
苦々しげにそう吐き捨てるルドガー。
聞くところによると違法薬物の蔓延については保健当局の管轄であるにも関わらず、その情報開示はアステラメディカ上層部から報道統制が行われているらしい。
ヒナはエリスコーポレーションのような意図的かつ組織的な隠蔽を疑ったが、ルドガーが説明した事情は少々異なっていた。
「アスクレピオスはアステラメディカが管理する3番目の惑星でな。ここは、いわば支社惑星に当たるんだ。で、支社長は現会長の三男坊で、上に2人優秀な兄がいる。ようやく任された惑星で成果を上げて後継者争いに食い込もうとしている支社長が、まさか製薬を生業としている星のお膝元で違法薬物が蔓延しているなんてことは………口が裂けても公言できんということだ」
「じゃあ星喰みが発生していたとしても……」
「公言もしないし、星外に助けを求める事もしないだろうな」
「ちなみに、そのことは一般的に知られてる事情ですか?」
「一般は知らんが……少なくとも製薬業界では知られた話だ。同じ社内とはいえ畑違いの俺が知っているぐらいだからな」
ルドガーの言葉に、ヒナはこの星が星喰みの対象に選ばれた理由がわかった気がした。
高い創薬能力と不祥事を勝手に隠蔽する行政機構。問題が起きても最後まで外部に漏れない環境は、星喰みを企む連中にとっては格好の隠れ蓑になる。
わざわざ手間暇を掛けてアステラメディカを懐柔するまでもなく、獲物の方が勝手に星喰みを覆い隠してくれるのだから……これほど都合の良い獲物もないだろう。
そしてその情報は業界にいる人間なら誰でも知っている。つまり、薬物がらみの星喰みを企む人間なら知っていてもおかしくない事情なら……クロと見て間違いないだろう。
問題はギルドがこの事案に関わっている可能性について、だ。
「それで、うちの支部はこの件とどう関わっているのですか?」
「治外法権を盾に色々好き放題してくれて迷惑してるんだがな、特に大きな問題は二つだ。まずソルトナイトをパープルナイトに加工する工場がギルドの管理地域にあって俺たち保健当局には手出しが出来ない。郊外に馬鹿でかい工場を構えられてるのに、上空をドローンで監視することすら出来ない状況だ」
「うわ、真っ黒ですね、それ」
「人ごとじゃ無いだろう?それともう一つ。星外へのパープルナイト密輸だ。あんたらに言うまでもない事だが……通関業務はギルドの専売特許だ。星外への荷物にパープルナイトを混入させてるぞ、ここの連中」
「どうやって?」
「ソルトナイトはな、生成すると大きな結晶になるんだよ。色の付いた、な」
「……まさか、それって……C3?」
「ああ、そうだ。この星から輸出されているC3はな、紫色なんだよ」
ルドガーの言葉にマリエッタもヒナも、言葉を失った。
ギルド支部がC3に偽装して違法薬物を星外に密輸している……?
それも本来なら存在しないはずの「紫水晶」として。
ルドガーの説明によると6年ほど前にギルド支部の幹部級がまとめて異動になったらしく、新しく着任した支部長と支部長補佐の主導によって郊外に「研究施設」が建造されたそうだ。
そしてその研究施設ではレッドナイトやパープルナイトが製造されている可能性が高いらしい。
この話はヒナとマリエッタがアスクレピオスの問題に直接介入する口実となったが、同時にそれはギルドがこの星に対して誠意を持って対応しなければならないという、強制力を伴う使命を与えられたことと同義でもあった。
ヒナはギルド支部の愚かな行為をルドガーに詫び、監察官として全力を尽くしアスクレピオスの星喰みを食い止めるために協力すると誓った。
だが、ルドガーは……。
「その気持ちはありがたいがな、俺はまだあんたらの事を信用しきれないんだ。個人としてのあんたらに他意は無いが……それぐらいギルドは俺たちにとって面倒な敵だってことだ」
「ルドガーさん、その加工工場のことを教えてくださいっ!あとパープルナイトという物質の特性についてもっ!」
ルドガーの拒絶などまるで気にしていない風にマリエッタは情報の開示を求めた。
彼女が求めた情報はパープルナイトの効能ではなく、物質としてどのような性質や化学変化を起こしうるかというデータだった。
気化や液化の有無。飛散についてのデータ。無毒化、無効化の可能性について。
ルドガーは戸惑いながらもマリエッタの希望した情報を開示する。それは売人やジャンキーが欲しがる情報ではなく、違法薬物と戦う保健当局が必要とする情報であり、眼前の少女が高い見識を持ち合わせていることはルドガーも既に知っていたからだ。
地表に降り保健当局のオフィスで開示されたギルド管理地域の情報はヒナを呆れさせるものだった。
周囲は完全な荒野になっていて他の建物はおろか身を隠す場所もろくに存在しないこと。
工場は自動化されていて昼夜問わず自動稼働していること。
なんでもパープルナイトの加工時に使われる溶剤が人体に有害らしく、警備も含めて完全自動になっているらしい。
さらに敷地周囲の1Km圏内に近づいた時点で警報が鳴り、それ以上近づくと有無を言わさずに攻撃されること。まるで要塞のようになった施設は、まさに悪の巣窟と呼ばれても仕方のないもので……それがギルドの手によるものだという事実はヒナを大いに憤慨させた。
だが、マリエッタは施設とパープルナイトの情報を聞きしばらくデータを眺めるとにっこり微笑みながら言った。
「ヒナ、じゃあわたし……ちょっと尻拭いしてくるねっ!」
「尻拭い?なにするつもり?」
「ん……まだ秘密っ。だって、ギルドが悪さしてるなら盗聴されてる可能性あるでしょっ?」
その日の夜。保健当局でルドガーと打ち合わせを行うというヒナを残し、マリエッタは散歩と称して郊外にあるギルド管理地域へ向かった。
ルドガーから貰っていたデータと照らし合わせながら、双眼鏡を使って施設の位置や範囲、周囲の地形をレーザー測量し携帯端末にデータを入力してゆく。
しばらく測定と確認を行ったマリエッタは軽く頷くと、左手にはめたボイスコマンダーに向かって指示を出した。周囲に人影は無いが、夜間なので一応小さな声で。
「ブリギッタ、マーカーセットしたよ。降下準備。今回は着地時の衝撃キャンセルは無しにしてね。ただしっ!機体保護は完璧にしないとダメだよっ?フィールド全力展開で怪我しないようにねっ!」
『No Problem.』
マリエッタの指示にブリギッタの合成音声が返答する。理解しているのかどうか判らない応答だが、それでもマリエッタはその言葉に破顔すると次の命令を発した。
「よしっ、じゃあいくよっ!ブリギッタ、オンステージ!」
『Ready.』
応答と同時に大気圏外から赤熱した物体が降下するのが見えた。
その赤い光は一瞬で地表に落着し……そして巨大な爆発を引き起こした。
遠く離れた物陰に隠れていたマリエッタだが、衝撃波と爆風で危うく吹き飛ばされそうになり慌てて手近な柱にしがみつく。強風に髪を煽られながら、マリエッタは左手のブレスコマンダーに向かって叫ぶ。
「ブリギッタ、大丈夫!?」
『No Problem.』
「よかったっ、じゃあ続いて……ブリギッタ、カーテンコール!」
『Ready.』
マリエッタが指示を行うのと同時に、ブリギッタの機体が衛星軌道上のリュミエールへ引き戻されてゆくのが見えた。
自律的に重力制御を効かせているのか、上昇する機体は赤化せず巨大な爆発を引き起こした元凶とは思えない程静かに天空へと帰還していった。
「ブリギッタ、戻ったらセルフチェック。リストの1番から最後まで、3回通して確認っ!」
『No Problem.』
「ダメっ。ちゃんと3回繰り返しなさいっ!」
『Ready.』
ブリギッタからの応答を聞いたマリエッタは微笑むと、立ち上がってブリギッタが「降下」した地点を見やった。
違法薬物の製造が行われてたおぼしき建物とその周辺の倉庫群は欠片すら残さず粉砕されており……それ以前に、建物があった場所は直径1Km近い巨大なクレーターと化していた。
つまり9キロトンのTNTに相当するブリギッタの一撃は惰弱な違法薬物拠点を跡形もなく惑星上から消滅させるには十二分な威力だったのだ。
「よし、これでギルド支部の尻拭い完了っ!あとはヒナが悪者を追い詰めてくれれば完璧なんだけどぉ……」




