#3
ゲート近くに展開していた警備員がブラスターを手にヒナの回りに集まり、マリエッタに対応していたルドガーも、マリエッタをその場に残し厳しい表情でヒナの元へ移動する。
状況がわからすに動揺するヒナは、自分の目の前に立ちはだかった年かさの男――ルドガーに向かって非難の声を上げる。
「な、なんですか!?」
「確認するが……お前はモーリオンギルドの人間で間違い無いか?」
「……ええ、それが何か」
「おい、取調室へ連れて行け!」
「ヒナっ!?あのっ、マリエッタもギルドの秘書官ですっ!」
「……ちっ、こっちもか……おい、この嬢ちゃんも一緒に連れて行け!」
ガードマンにそう告げるルドガーの顔には、苦虫を噛みつぶしたような表情が浮かんでいた。
「取調室」は軌道ステーションの片隅に設けられた仮設ブースのようなところだった。
5つのブースが設けられ、うち4つが使用中を示すマーカーが点灯している。ルドガーは仕方ないという表情を浮かべ、ヒナとマリエッタを同じ部屋へ入れるようガードマンに指示を行った。
取調室の中は透明なパネルで分割されていて、ヒナとマリエッタがこちら側、ルドガーとヒューイが反対側の入口から入室する仕様になっている。
部屋の構造を見たヒナは、自分達が何の容疑で取り調べを受けるのかについておおよその見当は付いたが、あえて黙って席に着いた。
遅れて入室してきたルドガーは、席に着くと単刀直入に切り出した。
「で、何をしに来た?」
「旅行者ですけど」
「意味がわかって言ってるのか?」
「どういうことですか?」
ヒナの様子に、本当にわかっていないのだと察したルドガーはため息をついて言った。
「あのな。この星では『旅行者』っていうのは『売人』か『ジャンキー』の事を指すんだ」
「はぁ!?」「はひっ!?」
素っ頓狂な声を上げるヒナとマリエッタ。
自分達が無難だと思って名乗った訪問理由が、よりにもよって犯罪の自供になっていたとは予想の遙か斜め上の事態だったから。
「ちょっと待って、貴方たちが薬物Gメンなのはわかるけど、どうしてギルド所属って言うだけで疑われるの!?」
「本気でそう言ってるって事は……お前ら、ここの支部所属じゃないのか?」
ルドガーの言葉にヒナの表情が一変する。
彼の言葉は……すなわち、ギルドのアスクレピオス支部が違法薬物取引に関与しているという事を意味していたから。
「……わかりました。では隠し事なしでお話しします。私の名前はヒナ・カイラニ。モーリオンギルドの特命監察官です。身元の保証はギルド章を確認して頂ければ。同行しているマリエッタ・ブースタリアは監察官ではありませんが、ギルド高位幹部の専属秘書官で私の相棒です。この星へは犯罪捜査のために訪問しました」
「監察官……?なら、連中の仲間じゃないのか?」
「連中というのは、アスクレピオス支部で、彼らが薬物犯罪に手を染めていると?」
「……そうだ」
ルドガーが語ったこの星の状況は決して楽観できるものではなかった。
星内外へ影響が広がりつつある、深刻な違法薬物による汚染。
元々アスクレピオスでは星を巡る衛星であるヒュギエイアで採取される希少鉱石ソルトナイトを原料とした薬品の製造が主要産業としていた。
粉末化したソルトナイトが配合された錠剤は長期にわたって宇宙を航海する航宙船乗り達を悩ませる「航宙船乗り病」と俗称される、いわゆる放射線障害への応急処置薬として用いられるもので、恒星間航行をする航宙船にとって必須薬品の一つだ。
だがそのソルトナイトは用法を誤ると危険な薬に変貌する。
ソルトナイトはもともと無色透明の結晶体だが、幾種類かの添加物を加えると色味が変化し、強力な幻覚作用をもたらす違法ドラッグへと変貌するのだ。
アスクレピオスでは以前からも小規模な薬物製造や密売が行われていたが、5年ほど前から大規模な密造と流通が確認されるようになった、赤い結晶状のものが状況を決定的に悪化させ、さらに最近ではより効果の強い紫の結晶までもが流通を始めているという。
「紫の、ソルトナイト……紫夜?」
「おい、どこでその名を聞いた!」
「……入星ゲートの係官が、おすすめは紫夜だって言ってましたよ」
「ヒューイ!今日の入管担当は……ベイソンだったな?」
「はい、そうです」
「まさかこんなところで尻尾をつかめるとはな。確保しておけ。逃がすなよ」
ヒューイはルドガーの指示に頷くとブースを駆けだしていった。
どうやらあのチンピラのような係官は親切だったのではなく、ヒナ達を「旅行者」として歓迎してくれていたらしい。そして、その歓迎が徒になって摘発されるはめになるようだ。
問題はその有色ソルトナイト……違法薬物がどの程度出回っているのか、そしてそれが星喰みとどのような関係があるのか、だ。
ルドガーが言うには現在星外で違法取引されるレッドナイトは少量でも極めて高い値が付くらしいが、一方でパープルナイトはアスクレピオス内では子供の小遣いでも買い求めることが出来るほどの安値で出回っているらしい。
それ故に、子供を運び屋に使ったケースも何度か摘発されている、と説明しながらルドガーはマリエッタに視線を向けた。
つまり、ルドガーがマリエッタにもスクリーニングを実施したのは、たとえ子供でも運び屋やジャンキーである可能性が十分考えられるためだったのだ。
「どうしてそんなに価格差が?ここが生産地だとして価格差が大きすぎるように思いますが」
「わからん。だが、もっとわからんことがある」
そう言ってルドガーが語ったのは普通に考えるとあり得ない状況だった。
それは……薬物としての効果はパープルナイトの方が高いにも関わらず、新種のパープルナイトが安価な価格で出回りだした途端に従来出回っていたレッドナイトの価格が高騰したのだ。
ルドガーをはじめとするアスクレピオスの保健当局はその事態が何を意味するのか掴みかねていたが……マリエッタは話を聞いた瞬間にその理由を即答した。
「それ、置き換えですよっ!前の薬ではなく新しい薬を買わせようとしてますっ!」
「……何のために?」
「たぶんですけど……人体実験、だと思いますっ」
マリエッタの見立てはこうだ。
生産地での違法薬物の異常な安値と、本来であれば高価なはずの新薬を安く販売する理由。それはパープルナイトの製造元が新しい薬物とその効果を検証するための実証実験をこの星で行っている可能性が高いこと。
現行のレッドナイトはデータを取り終えたので通常の価格へ戻し、データが不足しているパープルナイトを安価にばらまくことで「普及」させているのだろう、と。
「人体実験だと……?誰が、何のために?」
「誰が、はわかりませんけど。何のために、なら想像が付きます」
「何だ?」
「星喰み」
ヒナはそう断言した。
人を人とも思わず、ただ実験材料とみるその価値観。アスクレピオスという惑星を違法薬物開発のための実験場として使い捨てようとするその手口はまさに星喰みのそれと同じ邪悪な価値観に基づく行いだったから。
おそらくこの星で進行する星喰みは、売人達にとって都合の良い薬物……つまり、依存性と効果が強く、一方で使用者が短期間で死亡しない、中毒患者にとっては地獄のような薬を開発し、そのレシピを持ち去ることが目的なのだろうとヒナは推測した。
「待て、星喰みだと?先日、メナ・クロウリーが報じていたアレか!?」




