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監察官ヒナ  作者: 羽生ルイ
Mission #2『紫晶の毒牙』アスクレピオス-災薬の惑星
11/18

#2

 アスクレピオスへの航行自体は何事もなく終わったが、軌道ステーションに到着してからはヒナ達の想像を超える展開が待ち受けていた。


 まず、入星ゲートにいた係官が普通ではなかった。

 軌道ステーションの運営は基本的にギルドによって行われるから、係官がギルドの制服を着ていることは何ら問題は無い。

 だが……若い男性である係官の見た目はアストライアにいたギャング、バックキックスの一員かと言いたくなるような風貌で、公務を担当するような人間には到底見えなかったのだ。

 もしかしたら入星ゲートの時点で捕まって売り飛ばされるのかもしれない……そんな事を考えながら、マリエッタがおそるおそる入星手続きを行う。


「あ、あのっ……マリエッタ・ブースタリア……ですぅ。旅行者やってますっ」

「旅行者だ?……親の使いか何かか?」

「いえ……あの、マリエッタは孤児なので……」

「そうか、変な事聞いてすまなかったな。まぁうまくやりな」

「は、はい?」


 見た目にそぐわず優しい応答に、マリエッタは戸惑いつつもゲートをくぐる。

 次に並んでいたヒナに対する係官の目は……下卑たものだった。


「ヒナ・カイラニ。旅行者です」

「あんたもか?まぁ、別にかまわんが……」

「何か問題でも?」

「いや。姉ちゃん美人だから良いこと教えてやろう。おすすめは紫夜(パープルナイト)だ」

「……?どうも、ありがとう?」


 何か言いがかりを付けられるか、それでもナンパされるのかと身構えたヒナだったが係官は勝手にパープルナイトというものを推薦してきた。

 名前からするとバーか何かのようだが……この男が行きつけにしている店で、そこでヒナと再会することを期待しているのだろうか……とヒナは訝しんだ。


 ゲートをくぐった2人は合流し、互いが係官に言われたことを情報共有するが、ギャング風の見た目にそぐわず親切な係官という良くわからない評価で2人の見解は一致した。



 入星ゲートから軌道ステーション中心エリアへ向かう通路の途中に、何故かもう一つのゲートが設けられていた。

 先ほどのゲートはブースに係官が1人いただけの良くあるチェックインカウンターだったが、今度のものは物々しい機器と複数の係官。

 そしてガードマンらしい武装した人間も何人か見受けられる。


「ヒナ、もしかしてこれ……」

「うん、ちょっと警戒した方がいいね」


 小声でそうやり取りした2人は自然な風を装って二つ目のゲートに近づく。と、係官が機器の手前で声を掛けてきた。


「すまないがそこで止まってくれ。手荷物チェックとメディカルチェックを行わせて欲しいんだ」


 通常、それらは入星ゲートで行われるべきチェックで、その実施母体はギルドである事が多い。

 だがここでゲートを設営している人間はギルドのものとは異なる制服を身につけている。言葉そのものは比較的丁寧だが……一体何者だろうか。

 訝しみながら、ヒナは尋ねる。


「入星手続きですか?失礼ですが、どちらの組織の方でしょう」

「……我々はアステラメディカの検疫官です。ご協力頂けますか?」

「わかりました、協力します。マリエッタも、いいね?」

「うんっ」


 アステラメディカはこの星の正当な管理者だから、そこに所属する彼らは統治機構の職員……他の星で言うならば公務員ということになる。もちろん、その言葉が真実ならばという前提条件は付くが。

 ただ、軌道ステーションのような公の場で、統治機構の名を騙ってこれだけ大がかりなゲートをどこかの違法組織が設定するというのはあり得ない話なので、検疫官の話を信じても問題は無いだろうとヒナは判断した。


 ただ荷物の中には着替えしか入っていないが、懐に忍ばせているレゾナンスブレードが問題視される可能性はある。

 これはギルドの機密武器だがシンガー能力が無ければ発振させることができない上、見た目的にはC3がはめ込まれたただの筒に見えるだろうから武器だと認識される可能性は低い。


 なら、楽器だと偽れば素通りできるか……と、そこまで考えて、ヒナは軽く肩をすくめて考えるのを止めた。

 自分は何もやましいことをしに来た訳ではない。彼らが本当に統治機構側の人間であるなら、ギルドの監察官だと名乗って正式に協力を依頼すれば良いのだから。


 今回もマリエッタが先に検査機器の前に進み出たが、最初に声を掛けてきた若い男性検疫官が少し思案したような表情を浮かべた。

 一瞬、黙考した彼はマリエッタに向かってお嬢さんは検査無しでもいいよ、と口にし……横に立っていた40代ぐらいのベテラン風の男性に強い口調で叱責された。


「ヒューイ。規則を忘れたのか?年齢性別を問わず、全員フルチェックだ」

「ですがルドガーさん、こんな小さい子が……」

「小さい子が、なんだ?小さい子ならシロだと断言できるのか?」

「あのっ、マリエッタも検査受けますからっ」


 どうやらヒューイと呼ばれた若い検疫官はマリエッタの検査を免除しようとしてくれたようだ。

 だがマリエッタは別に検査されて困ることはなかったし、ここで揉めると周囲から余計な注意を引くと判断し、自ら検査を受けることを申し出た。


「すまないね。ちょっと時間が掛かるけど……がまんしてね」


 ヒューイは申しわけなさそうにそう言いながら、マリエッタを検査ブースに案内する。

 事前に調べたアスクレピオスの情報から、この星で疫病が蔓延しつつある可能性をヒナは指摘していた。おそらくその検査なのだろうと思ったマリエッタだったが……検査内容は彼女の予想とは違うものだった。


 スキャナがやたらと頭部……いや、目の周辺を繰り返しスキャンし、光の反応を試すような検査も繰り返し行われる。

 時折自動的に発せられる問診らしきものは日付の確認や妙に論理的な答えが求められるもので、体調の異常を調べるものではない。

 これは明らかに通常のヘルスチェックではないことが即座に理解できた。


 結局チェックは15分近くかかり、マリエッタはヒューイが自分の検査を免除してくれようとした事が、純粋な好意と「子供」に対する配慮だったということを身にしみて理解した。


「悪かったね。でもキミは問題なしだよ」


 そう言って笑顔を見せるヒューイに、マリエッタは言った。


「ありがとうございますっ!でもマリエッタ、幻覚系の薬物とかしたことないので、クリーンで当然ですっ!」

「えっ?お嬢ちゃん……何を……」

「これ、薬物汚染のスクリーニングですよね、って言ってますっ!」

「ヒューイ。俺が代わる、お前はもう1人の方を」


 マリエッタの言葉に、ヒューイは驚きルドガーは警戒を強めた。

 2人の態度から、マリエッタはやはりこれが単なる検疫目的の検査ではなく、違法薬物に汚染された人間のふるい分け(スクリーニング)であったことを確信した。

 ルドガーは厳しい表情でマリエッタに何故そう思うのかと問う。それに対するマリエッタの答えは簡潔にして明瞭だった。


「サーマルスキャンは通常の疫病検査でも使いますけどっ、瞳孔スキャンとか眼球振動解析は一般的じゃ無いですよねっ?あとあの問診っ。明らかに幻覚状態にあるかどうかを確認する意識レベルのチェックじゃないですかっ」

「……どこでそんな知識を?」

「わたしっ、これでもアカデミーで学位取ってるんですっ!」


 ルドガーは眼前の少女が見た目通りの幼い少女ではなく、鋭い観察力と化学知識のあるエキスパートであることを認識した。

 だが、何故そんな人物がよりによって「旅行者」を名乗ってこの星を訪れるのか……ルドガーにはそれが理解できなかった。

 観光資源もなく、薬品の製造のみが行われるこの惑星において「旅行者」とは……「薬の密売人」もしくは「違法薬物を製造元まで買いに来る重度のジャンキー」の別称だったから。


「うう、目がチカチカする……なに、あれ」


 マリエッタよりも随分と時間を掛けて検査をされていたヒナが目尻を押さえながら検査機器から歩み出てきた。

 続く手荷物検査ではレゾナンスブレードは用途は不明ながら無害な器具と認識されたようで、特に没収されたりすることは無かった。

 しかし、ヒナが思ってもみなかった所持品がアステラメディカの職員達の反応を引き起こすことになった。


「おい待て、そのペンダントは……!」

「……?ええ、確かに私はモーリオンギ」


 手荷物として提示したギルド章を指さすヒューイにヒナが自分がギルドの人間だと名乗ろうとした瞬間だった。

 ヒューイは素早く傍らの装置のボタンを押し……途端に周囲に警報が鳴り響いた。


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