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監察官ヒナ  作者: 羽生ルイ
Mission #2『紫晶の毒牙』アスクレピオス-災薬の惑星
10/19

#1

 惑星アストライアを出発し、星喰み(アバドン)の兆候がみられるという惑星アスクレピオスへ向かったヒナとマリエッタ。

 だが、アスクレピオスへの道のりは想像していたよりも困難な旅路だった。


「うう、10.7パーセクの旅がこんなに面倒なんて思ってませんでしたぁ。」

「贅沢だよね?ジャンプ3回……マリエッタの場合は6回だけど、それだけで33光年先へ到着するんだよ!?」


 2人が現在いるのはアスクレピオスへの向かう途上の2つめの中継点である、とある惑星の軌道ステーション。

 お洒落とは言いがたいが看板だけはカフェだと強く主張する機能性重視の休憩所で2人は向かい合って座り、おすすめと書かれていたケーキセットを挟んで補給作業の時間待ちをしている最中だ。


 マリエッタの乗るリュミエールは一度の跳躍では3パーセクしか跳躍しか跳躍できないが、2回連続で跳躍することが出来るし、恒星からの光でフォトンエネルギーを充填する機能を持つ。

 なので宇宙空間で待機すれば寄港無しでも目的地であるアスクレピオスへ到着することが可能だ。


 一方ヒナの乗るオンブルは一度の出航で5パーセクの距離を跳躍することができるが、エネルギー充填機構を持たないため毎回必ずどこかへ寄港する必要がある。


 つまり10.7パーセクの距離というのは、マリエッタにとっては無寄港のジャンプ4回で到達できる場所であるのに対して、ヒナにとっては2度の寄港を挟んだ3回のジャンプが必要になる。

 ……実に微妙な距離で、二人が行動を共にする以上マリエッタも半端なタイミングで寄港を余儀なくされる面倒な道行きだったのだ。


「アルカンシェルさんなら、ぴゃーって75パーセクも跳べるのにっ」

「いや、それ例外中の例外だよね?というかオンブルだって銀河の歴史を変えるレベルの偉大な発明品なんだからね!?」

「発明……?アリサさんはパクリって言ってましたっ!」


 マリエッタが言うように、ギルドが「開発」したオンブルは遺失技術(ロストテクノロジー)であるリュミエールの構造を模して作られた粗悪なコピー品だったのは事実だ。

 だがそれでも亜光速航行しか出来ない人類(ペルセウス腕)にとってオンブルは夢の超光速艇なのだ。


 つまり、この件については遺失技術(ロストテクノロジー)を日常的に利用していたマリエッタの感覚がずれているということになる。


 ただヒナとしては崇拝するアリサの言葉を持ち出されては反論することができなかったし、マリエッタにしてもヒナが誇りに思っている(オンブル)を、アリサがオンボロ呼ばわりしたり、モンキーモデル呼ばわりしていた事を話さないだけ、まだ慈悲の心があったと言えるだろう。


 ともあれ、そんな理由で2人はジャンプと寄港を繰り返し、補給の合間に軌道ステーションでこうやって雑談するはめになり、結果として随分と仲が良くなった。

 最初はどこかよそよそしく「マリエッタちゃん」「ヒナさん」と呼び合っていた2人だが、アストライアでの出来事と今回の航行を経て、互いに名前で呼び合う程度には親しくなったのだ。

 ただ、ヒナの側は自分の方が4つも年上なのに……という気持ちが無かったわけではないが、それでもマリエッタの機転と勇気、そして能力に敬意を払って年齢のことは口にしなかった。


 雑談の合間もマリエッタは携帯端末を操作する手を休めず、目的地であるアスクレピオスの状況についての調査を行っていた。

 メナが寄越した伝言には星喰み(アバドン)の兆候在りとは記されていたが詳細な情報は無かったから。


 アスクレピオスの基本的な情報についてはヒナも既に把握済みだった。

 鉱物資源が豊富な衛星を持つ、化学技術に優れた星。医薬品の研究開発が盛んで近隣星域の医療環境に貢献する惑星。古くから製薬を生業としているアステラメディカという名の優良企業が惑星管理を担当し、長期にわたり政情も安定。

 状況的にもアステラメディカはアスクレピオスを重要拠点として大事に管理していることは明白で、星喰み(アバドン)を企む理由は皆無。

 さらには管理企業が代わるという兆候も見られず、表面上のデータでは万事問題がないように見えた。


 だから……それ故にアストライアとは異なる形での星喰み(アバドン)が進んでいる可能性があるのではないかとヒナは懸念した。


 前回アストライアでヒナ達が最終段階とは言え星喰み(アバドン)へ介入することができたのは偶然のたまものだった。

 たまたま別件で立ち寄ったギルドの監察官が、別件の関係者が巻き込まれていた案件から事態の進行に気付くことができたに過ぎない。

 それはつまり、星喰み(アバドン)が最終段階に入るか、もしくは全てが終わって星がロストプラネット化するまで……メディアはおろかギルド統括局ですらその事実に気付くことが出来ていなかったということを意味している。

 つまり、アスクレピオスが平穏無事に見えるということは、何も起きていないという証拠にはなり得ない。ヒナはそう考えた。


「でもっ、それを言ったらどの惑星も危ないってことにならない?」

「まぁ、それはそうだけどさ。……ホラ、師匠が言うからきっと何かあるんだよ」


 マリエッタの疑問はもっともだ。

 兆候を察知した理由を問う連絡にはまだ返事はなかったが、それでもヒナはメナの言葉を信じる。取材が忙しいのか、それとも亜光速航行へ入ってしまったのか……どちらにせよ、今は自分達で状況を探るしかない。


「で、マリエッタ?何か怪しいところは見つかった?」

「うーん、地元のニュースサイトとかも見たけど、特になにも……あっ、でも病院の稼働率が軒並み高くなってるよっ。あと製薬の総量は上がってる……かなっ?」

「それ、疫病か何かの初期兆候?」

「言われてみれば、病院の求人数が増えてるような……医師不足?」

「薬品とか『商品』の輸出量は?」

「輸出は薬品と……あれ?少数だけどC3も輸出してるよっ。薬の方は数量は微増……あれ、でも金額はかなり大きくなってるっ?」

「創薬が盛んな星だから、新薬でも出来たのかな?でもC3?ギルド支部はある筈だけど……ここってC3産出しないはずだよね……?」


 隣接宙域であるこの軌道ステーションには、アスクレピオスからの緊急事態を告げるコードレッド、つまり渡航禁止令は発令されていない。

 なのでマリエッタの言う病院関連の数値変化は深刻な状況ではないはずが……それでも疫病の流行時に見られる医療負荷が向上している状況のようにもみてとれた。

 これが普通の星なら季節性の軽い流行病でも発生しているのだろうと考えるのが妥当だとヒナは思う。


 薬品の輸出は……好意的に解釈すれば、少量で効果のある新薬が開発されたと説明づけることはできる。

 C3の輸出については理解しがたい状況だが、製薬に使う機材で使った余剰品が再輸出されているのだろうか……?

 状況は完全に正常とは言い切れないが、それでも異常というレベルでもない。だが特に問題は無いという状況が逆に怪しいか……。


 そんな事を考えているうちに、ドックの係官からオンブルの補給が完了したという連絡があった。

 目的地の手前でうだうだ考えていても埒があかない。ヒナは悩むことを止め、カフェの席を立った。


「それで、今回も入星の時にギルドの人間ですっ!って言うのっ?」

「前回みたいにギルドにも裏切り者が混じってる可能性あるからね……観光客を名乗るにはお堅そうな星だし、薬学生でも名乗ってみよっか?」

「わたしは学位持ってるから大丈夫だけど、ヒナは薬学トークできるっ?メディカルジョーク言えるっ?」

「げ、何ソレ。薬の話でクスリと笑った!みたいな?」

「ヒナっそれは……おやじギャグだよっ!」


 結局、薬学トークなるものが良くわからないという事になり、2人は素直に旅行者を名乗ることにした。


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