第9話:学園の天才魔導師からの決闘状
「カイト・ハザマ! 前へ出ろ! 聖女様をたぶらかし、高貴なる魔道の庭を汚した罪、その身で償わせてやる!」
演習場に響き渡ったのは、若々しくも傲慢な叫びだった。
そこに立っていたのは、王立魔導学院の至宝、十代にして全属性の適性を持つ「現代の賢者」こと、ユリウス・フォン・アステリア。
彼の背後には、聖女セレスティーナを「守護」せんと息巻くエリート学生たちが大勢詰めかけていた。
「たぶらかした? 彼女が勝手に呼吸法を学びに来ているだけだ」
カイトはあくびを噛み殺しながら、道着の帯を締め直した。
その隣では、セレスティーナが困ったように眉を下げている。
「ユリウス様、おやめなさい。カイト様は私の師なのです」
「師だと!? 聖女様、目を覚ましてください! こんな魔力すら持たぬ男に、何が教えられるというのです。……カイト、決闘だ。私が勝てば、貴様は二度と聖女様に近づくな!」
ユリウスが豪華な装飾の杖を振ると、周囲に火、水、風、土――四つの魔力球が浮かび上がった。
「全属性同時展開」。学院の教師ですら数人しか成し得ない神業だ。
「……いいだろう。その『全属性』とやら、全部受けてやる。一歩でも動かせたらお前の勝ちだ」
「なめるなッ! 『四霊の裁き(エレメンタル・ジャッジメント)』!!」
ユリウスの叫びと共に、四つの魔法が合体し、巨大な破壊の奔流となってカイトへ襲いかかる。
直撃すれば、城壁すら消し飛ぶ威力。観衆からは悲鳴が上がった。
だが、カイトは動かない。
左足を引き、右手を円を描くように動かす。
「――『廻し受け』」
カイトの手のひらが、迫りくる魔法の濁流の「芯」に触れた。
物理的な質量を持たないはずの魔力の塊が、カイトの円運動に巻き込まれ、まるで意思を持っているかのように軌道を逸らされていく。
ズドォォォォォンッ!!
カイトの背後の地面が爆ぜ、巨大なクレーターが穿たれる。
しかし、カイト自身には、掠り傷一つ付いていなかった。
「……バカな!? 私の極大魔法を、手で払っただと!?」
「力には流れがある。ぶつかるから壊れるんだ。流せば、ただの風と変わらん」
「黙れ! まだだ! 『氷獄の棘』! 『雷神の槌』!」
次々と放たれる高位魔法。
しかし、カイトは静かに「三戦」の構えを維持し、最小限の手捌きですべてを逸らし、あるいは「締め」の肉体で無効化していく。
魔法が着弾するたびに衝撃波が巻き起こるが、カイトはその場に根を張った大樹のように、一ミリたりとも動かない。
「ハァ、ハァ……なぜだ……なぜ当たらない! なぜ死なない!!」
ユリウスの魔力が底を突き、杖を持つ手が震え始める。
全属性を操る天才が、たった一人の「動かない男」に絶望していた。
「……終わりか? なら、こっちの番だ」
カイトが、一歩だけ踏み出した。
その瞬間、演習場の空気がピシリと凍りつく。
ユリウスは、目の前の男が巨大な山に変わったかのような錯覚に陥り、恐怖で腰を抜かした。
「空手には『受け即攻撃』という言葉がある。……だが、お前にはその必要もなさそうだな」
カイトは突きを放つことすらなく、構えを解いた。
戦うまでもない。格の違いが、そこには厳然として存在していた。
「ユリウス。魔法を極めたつもりなら、まずは自分の足でしっかり立つ稽古から始めるんだな」
静まり返る演習場。
天才魔導師を「受け」だけで完封したカイトの噂は、この日、ついに王国の「外」へと広まり始めていた。




