第16話:黒幕の正体、邪神の代行者
帝国の本陣。そこには、生きた人間とは思えぬ異様な圧力を放つ男が鎮座していた。
帝国宰相にして、邪神の教えを信奉する男――バルザス。彼の肌には数千の魔石が埋め込まれ、どす黒い魔力が血管のようにのたうち回っている。
「……ククク、よくぞここまで来たな、虫ケラども。魔法なき蛮勇、見事であったぞ」
バルザスが立ち上がると、周囲の空間が歪んだ。
彼を中心に展開されるのは、あらゆる干渉を無効化する絶対領域――『虚無の結界』。
「無駄ですよ、カイトさん!」
後方から追いついたルナが、震える声で叫ぶ。
「あの結界……物理的な質量も、魔力の波動も、すべて『無』に還しています! 触れることすら、存在することすら許されない領域です!」
「ほう、理解が早いな。私の領域に踏み込んだ瞬間、貴様の拳は原子レベルで分解され、消滅する。……さあ、どうする? 殴ってみるか?」
バルザスが嘲笑いながら両手を広げる。
バルトが石を投げつけるが、結界に触れた瞬間に煙すら出さずに消え去った。文字通りの「虚無」だ。
「……触れられない、か」
カイトは静かに、道着の帯を締め直した。
その瞳には、恐怖も絶望もない。ただ、これまで数万回、数十万回と繰り返してきた「突き」の残像だけが、脳裏で高速に回転していた。
「バルザス。お前は『無』だと言ったな。だが、この世に本当の意味で何もない場所など存在しない」
「強がりを。消滅を恐れぬなら、来るがいい!」
カイトが、ゆっくりと一歩を踏み出す。
結界の境界線。触れれば死ぬと言われる死線に、カイトは無造作に右拳を差し出した。
「なっ……正気か!? 腕が消えるぞ!」
ジジッ、と嫌な音が響く。
カイトの拳の表面が、結界の干渉を受けてわずかに削れる。だが、カイトは止まらない。
「――『息吹・極』」
カイトの全身が、これまで以上に濃密な黄金の気を放つ。
それは魔力ではない。
肉体、精神、そして魂を一つの「針」にまで研ぎ澄ませた、空手家としての全存在。
(物質を打つのではない……。その先にある『存在の芯』を打つ……!)
前世で、死の直前に見えた「理」。
空間を打つのではなく、空間を「構成する意思」そのものを打つという、武術の究極。
「――『正拳・虚空穿』」
カイトの拳が、結界に深く沈み込んだ。
次の瞬間。
――パリンッッッ!!!
空間が、まるでガラスのように砕け散る音が響いた。
絶対無敵のはずの『虚無の結界』に、巨大な亀裂が走る。カイトの拳は消滅するどころか、黄金の輝きを増しながらバルザスの胸板へと迫っていた。
「な、なぜだ……!? 私の虚無が、物理的な突きに撃ち破られるなど……ありえん! ありえんぞぉぉッ!」
「……空手をなめるな。俺たちの拳は、目に見えるものだけを壊すためにあるんじゃない」
ドォォォォォンッ!!!
結界を粉砕した衝撃波が、バルザスの体を貫通する。
邪神の力を得たはずの男が、ただの一撃で地面を転がり、血を吐き出した。
「……これが、俺の空手だ。神だろうが虚無だろうが、実体があるなら叩き割る」
カイトの背中には、もはや一人の武道家を超えた、神々しいまでの威厳が宿っていた。
だが、バルザスは血反吐を吐きながらも、不気味に笑い始めた。
「……ククク。いいぞ。ならば、この大陸ごと『邪神』の生贄にしてくれるわ!」
バルザスの体が膨張し始める。
物語は、概念を砕く拳から、世界を救う最後の一撃へと向かっていく。




