第14話:一対多の極意『組手』
「結界が解けたぞ! 全軍、魔法を撃て! 奴を……あの白い悪魔を、塵一つ残さず焼き尽くせッ!」
敗走するヴォルガス将軍の絶叫が響く。結界が砕け、再び魔力を取り戻した帝国軍の魔導騎士団が一斉に杖を掲げた。
その数、およそ三千。対するカイトの前には、逃げ遅れた味方を守るバルトとルナ、そして聖女セレスティーナしかいない。
「カイトさん! さすがにこの数は……!」
バルトが冷や汗を流す。周囲を完全に包囲され、三六〇度全方位から極大魔法が放たれようとしていた。
「バルト、ルナ。……動くな。俺の後ろ(正中線)から一歩も出るなよ」
カイトは静かに膝を抜き、腰を落とした。
多人数取り――空手における「組手」の極意は、敵を一人ずつ「線」に並べることにある。
「『火炎の嵐』ッ!」
「『氷結の槍』ッ!」
同時に放たれた数百の魔法。
だが、カイトの体は、魔法が着弾する直前に「最小限の円」を描いて動いた。
「――『運足』」
カイトが敵の一人の懐に飛び込む。するとどうなるか。
他の敵から見れば、カイトの背後に「味方」が重なり、魔法を撃てなくなる。
「なっ……!? 奴が盾になった! 魔法を止めろ、味方に当たるぞ!」
「遅い」
カイトは盾にした兵士を突き飛ばし、その反動を利用して次の敵へ。
流れるようなステップ。一撃。また一撃。
カイトが動くたびに、帝国軍の包囲網は内側から「自分たちの重み」で崩れていく。
「バカな……三千の軍勢が、たった一人に翻弄されているというのか!?」
「一対多の戦いなど存在しない。俺にとっては、常に『一対一』の連続だ」
カイトの突きが、魔法の障壁を紙のように貫く。
敵が魔法を放とうとする「起こり」を叩き、術式が完成する前に沈める。あるいは、敵の放った魔法の陰に隠れ、死角から急所を突く。
それは、暴力という名の精密機械だった。
カイトが通った後には、一兵卒から高位魔導師までが、一様に喉を、あるいは水月を突かれて沈んでいた。
「ひ、ひぃぃっ! 来るな、来るなあああ!」
杖を投げ捨てて逃げ出す魔導騎士。
かつて魔法を万能の神と信じていた彼らにとって、魔法という理屈が通用しない「拳」の化身は、死神よりも恐ろしい存在となっていた。
「……セレスティーナ。これが『組手』だ。どんなに敵が多くても、自分の間合いを支配すれば、世界は俺の手の中に収まる」
返り血一つ浴びていないカイトが、静かに拳を引く。
三千の軍勢は、わずか数分で無力化されていた。
しかし、戦場の反対側で、別の悲鳴が上がる。
かつてカイトを捨てた元婚約者、エレン・フォン・ローゼンバーグが、帝国の「最後の手」に捕らえられようとしていた。




