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41話 迷羊④

 


 あぁ、そうだった。

 謝らなくちゃいけないのは――俺だ。


 母さんの顔を見る。

 ちゃんと正面から向きあったのは、いったいいつぶりだろうか。

 涙でぐしゃぐしゃだ。

 久しぶりに見た母さんの顔は、なんだか随分しわが多かった。 


 思えば、なんて勝手な人生だったんだろう。

 迷惑ばかりかけてきたような気がする。

 辛いことから、嫌なことから、逃げてばかりだった。

 そのたびに母さんを困らせて、随分と苦労を掛けさせてしまった。


 学校から逃げた。

 話し合いから逃げた。

 家族からも、逃げてしまった。


 本当は、だめなことくらいわかっていた。

 わかっていたけど、勇気がでなくて言えなかった。

 失望されたくなくて、見放されたくなくて、言い出せずにいた。


 挙句の果てには、親よりも先に死んでしまった。

 どこまで親不孝者なのだろう。

 何もかも、申し訳なかった。


「ごめんなさい。母さん。

 沢山迷惑かけてごめん。逃げてばっかでごめん。先に死んじゃって、ごめん……。

 俺、変わるから。ちゃんとするから。だから……」


 言いかけて、言葉に詰まった。

 俺なんかがこんなこと言う資格は、果たしてあるんだろうか。

 身勝手な俺が今更許されようなんて、そんな勝手、良いのだろうか。


「あ……」


 温かい。

 懐かしい母さんの匂い。


「何馬鹿なこといってるのよ。あなたを迷惑に感じた事なんて、一度だってないに決まってるじゃない……」


 母さんは震えた声で、耳元でそっとささやいた。

 その声は優しくて、温かくて。

 俺はいつの間にか、泣いていた。


 母さんはポンと俺の背中を叩くと、しっかりと向き合った。


「そりゃ、困ったことは沢山あった。

 けどね葵、困ることと迷惑だと思うことは、全く別なんだよ。

 私達にとって、貴方が幸せであることが、何よりの幸せなんだから」

「うん……ごめん……ごめんなさい……」

「私はねぇ、無理に学校に行く必要なんてないと思ってる。葵のやりたいようにやってくれたら、それを全力で応援したいかな」


 そう言って母さんは、俺の頭を優しく撫でた。


「母さん。俺、いまやりたいことがあるんだ。

 こんな俺でも頼りにしてくれてる人がいるんだ。

 隣に立ちたいって、守りたいって言ってくれる人がいるんだ。俺はその期待に、応えたい。

 自己満足だって、邪魔だって言う人もいたんだ。それでも、やっていいのかな。進んでいいのかな」


「あったり前でしょう。葵が決めたことは、私にとっても夢なんだから。

 だから、胸を張っていなさい。もし葵の夢をバカにするやつがいたら、そいつに葵が負けそうになったなら、かわりに私が行ってぶっ飛ばしてあげるから」


 母さんは最後まで俺の話をうん、うんと聞くと、そういってニカッと自信満々そうに笑った。


 母さんだけじゃない。

 父さんにだって、俺は最後まで向きあうことができなかった。


「父さんも、ごめんなさい。ずっと、何度も俺のために動いてくれてたのに……何も出来なくて……」

「ん?気にするなそんなこと。親なんだ、そのくらい当たり前にするさ。

 お前の人生だ。最終的にお前が決めた事なら、それは全力で応援する。

 ……まぁ、疲れたらいつでも戻ってこい」


 父さんはそういうとぐびりと水を飲み干した。


 二人に背中を押されて、俺は静かに立ち上がった。

 ゆっくりと二人の顔を見つめる。


「ごめん、二人とも。多分俺はもう二人には会えない。けど、探すから。必ず、帰ってくる道を見つけるから。

 だから、それまで待ってて欲しい。

 それじゃあ……行って、きます」


 俺の言葉への二人の返事は、とても短かった。 

 だが確実に、俺に届いた。


「「行ってらっしゃい」」


 二人の声を背中に、扉を開ける。

 光が、世界を白く埋めつくした。



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