42話 不穏
身体の芯に響くような爆音とともに目が覚める。
ごうごうと地響きのような轟音が、迷宮に鳴り響いていた。
辺りを見回せば、壁は崩れ、天井には裂けるような亀裂が走っていた。
ぱらぱらと、砂埃が舞い落ちてくる。
もう間もなくここが崩れることは明白だった。
後方の壁が、音を立てて崩れ始める。
それに連鎖するように天井の亀裂が急速に広がり、部屋全体が崩壊を始めた。
「おいおいおいマジかよ!」
俺は天井を見上げ、とっさに走り出した。
同時に、あの笑い声が脳裏をよぎる。
しまった。
今意識を失うのはまずい。
そのままぺしゃんこでお陀仏、なんてことになってしまう。
―――だが、その心配は杞憂に終わったようだ。
いくら足を踏み出しても、何も起きる気配はなかった。
ドォォォォン…………
大きな揺れとともに、背後から崩壊の音が聞こえた。
間一髪だった。
ほっとしたのも束の間、今度は別の場所から崩壊する音が響いた。
どうやら、迷宮全体が崩壊しつつあるようだ。
また、壁がピシッという嫌な音を鳴らす。
俺は亀裂の少ない方へ少ない方へと、迷宮内を走り続けた。
「くそっ!おい!ルーリャ!見てるんだろ!返事してくれ!」
走りながらルーリャに呼びかける。
しかし彼女からの返事はなく、轟音だけが響いた。
まさか、ここまで完全に崩壊を始めるだなんて。
崩れる音が聞こえる度に、自責の念に苛まれる。
こうなった原因なんて、俺の暴走以外にないだろう。
そんなことは、火を見るより明らかだった。
「おい!ルーリャ!トラス!クルト!どこにいるんだ!返事をしてくれ!」
俺の声が届いたのか、脳内にルーリャの声が響いた。
「ちっ……相も変わらずやかましい方ですね……。
今あなたに構っている暇なんてないのですよ。
っぐ……あぁそうだ。調子に乗られても不快ですから、これだけ先に言っておきますが、今起きていることはあなたの力ではありません……はぁ、はぁ、ちっ……。
お前程度の力で、ルゥの迷宮が壊れるわけないでしょうっ......思い上がらないでください!」
だが、聞こえてきたルーリャの呼吸は、酷く荒かった。
「あ、あぁ……でも、なら、なんでこんな、こんなことになってんだ」
「しつこい……あなたには関係ありません。……ぐっ……」
「でも、ルーリャお前……」
俺が言いかけた直後。
背筋が凍りつくような、禍々しいマナの濁流が押し寄せた。
吐き気を催すほどの悪意が、マナを介して伝わってくる。
さらに、少し遅れてルーリャのマナが届く。
二つのマナは互いにぶつかり合い、無数の爆発音が響いた。
「な……!?おい、ルーリャ!ルーリャ!……くそっ!」
ルーリャからの返事はない。
だが、その代わりとでも言うかのように、戦闘音は激しさを増していった。
―――――
『バライム!バライム聞こえる!?』
しばらくの間、ルーリャに呼びかけながら走り続けていると、突然脳内に聞き馴染みのある声が響いた。
『トラス!あぁ、聞こえてる。そっちは無事か?』
『良かった、私は無事。でもクルトが……』
『なっ……まさか……無事なんだよな!?』
『安心して、ちゃんと生きてるから。
……けど、さっきからずっと変なんだよ。急にマナの流れが強くなったり弱くなったり……クルトに何かあったんじゃないかって……私、不安で……』
トラスの声が、次第に弱々しくなっていく。
『……いったん、合流しよう。こうして念話が繋がるなら、すぐ近くのはずだ。』
『わかった。けど、道が難しすぎてどう進めばいいのか……』
『そうだな……どうしたもんか……』
俺が首を傾げたその時。
急激にあの邪悪なマナの気配が強まったかと思うと、黒い塊が壁を突き破りながら俺の頬を掠めるように吹っ飛んできた。
そして、それはそのまま背後の壁に激突した。
衝撃で壁が崩れ、砂埃が舞い上がる。
驚く間もなく、それを追いかけるようにゆっくりと一つの影が壁の奥から姿を現した。
一目見るだけで邪悪なマナの元凶だとわかる、異形の化け物。
いくつもの目がぎょろりと見開かれ、口は顔を二分するように、縦に裂けている。
足は鳥のそれのように三股に割れ、腕を獣のような剛毛がびっしりと覆っていた。
「そんなものか、迷宮の神……」
化け物が声を発する。
しわがれていながら、腹の底にずっしりとのしかかるような、不気味な声だった。
「この……げほっ……げほっ……がはっ……」
砂埃が晴れ、瓦礫の山の中から小さな少女が姿を現す。
―――ボロボロに傷ついたルーリャが、そこにいた。




