38話 迷羊
「ぐ……あぁ……いってぇ……!」
腹部を焼き付けるような激しい痛みが走る。
幸い内臓に損傷はなく、脇腹を掠めただけのようだ。
「あの野郎、めちゃくちゃ言いやがって……てか、なんで俺らのことを知ってんだ……」
俺は悪態を付きながら壁を支えに立ち上がる。
今は、一刻も早くトラスたちの元に行かなければ。
治癒を使いながら、壁伝いに迷宮を進む。
傷口から血が流れ、嫌でも頭が冷えた。
癪だが、あの幼女の言うことは正しい。
俺は浅はかだった。
ガイアに認められたと思って、調子に乗っていた。
自分は神にも届く存在だと、心のどこかで思い上がった。
……まだスタートラインに立っただけだというのに。
頭が冷えれば、自然と現実が見えてくる。
現状は最悪も最悪、だが、希望がないわけじゃない。
ルーリャは猶予は三日だと言った。
それまでに迷宮の最奥にいるだろうルーリャの元に行き、あいつの真意を確かめる。
とはいえ、この迷宮を三日以内に踏破するのはまず不可能だろう。
迷宮は面白いくらい広大で、今いるこの通路ですらどこまで続いているのかすらわからないほど遠くまで伸びていた。
……時間がない。
今は考えるよりとにかく動いて、情報を集めたい。
そうして俺が一歩を踏み出した瞬間。
甲高く不快な笑い声とともに、視界が暗転した。
――――――
「ねぇ葵、聞いてる?」
「ふぁ!?」
「なに間抜けな声出してるのよ」
――――そこは、日本だった。
汐藤葵の、俺の家だった。
俺の母親が、そこにいた。
「母さん……?なんで……」
「はぁ?急になに言ってるのよ。もう……さっさと食器片しなさいよ」
「あ、あぁ……」
言われるがまま、食器をまとめてシンクに置いた。
俺は曖昧な返事を返すと、逃げるように自分の……葵の部屋に飛び込んだ。
「なんで、いまさら……」
俺はベッドに寝転がり、独り言をつぶやく。
「ねぇ葵。あなた、いい加減学校どうするのか決めなさい」
母さんは俺が部屋に戻る前に、そんなことを言った。
たしか学校をサボるようになってから二ヶ月くらいのころ、よく言われていたような気がする。
まだ取り返しもつく時期だったし、母さんの中でも俺の中でも、現状を整理しきれていなかったころだ。
そのころから俺は家族とも関わりを持たなくなっていった。
行けと言われるのが嫌だったのか、サボりの罪悪感なのか。
焦燥感はあった。
明日こそ行かないとと思った。
早くいかないと本当に手遅れになる。
そんな思考は、確かにあった。
だが朝になれば、なぜだか胃がひっくり返るような吐き気がして、また休んだ。
母さんはそのことに少し怒っていたように思う。
それでも表には出さず、普通に接してくれていた。
ただ気まずくて、何となく嫌で、避け続けてきた。
そして俺はそのまま……。
「う、おぇ……」
吐いた。
胃が締め付けられるような気持ち悪さ。
手足が、頭が、鉛のように重く感じる。
立ち上がろうとしても、身体がうまく動かない。
そして激しい目眩に襲われ、意識が途切れた。




