開拓村2年目:1周年
ついにこの世界にきて1年が経った。変わったような変わっていないような……
「おう、やっとんな」
作業後の筋トレをしていると村の外で作業の帰りがけの人たちが声をかけてきた。村内の鍛冶場での作業の自分たちはその分早めに自由時間がとれるという特権を享受している。
「そろそろ水浴びにいったら?」
「あとちょ……っとだ……」
「さっさと交代してくれよ」
ボルトラーミさんが息も絶え絶えという感じで答えた。鍛冶場で汗だくになった後の筋トレはなかなか堪えるものがある。すでに季節は初夏になり、この後の暑さを考えるとこれが特権なのかどうかは疑問に思われた。
「で、ガラスの方の調子はどうだ?」
「いやー……ぼちぼちですかね」
ガラス作りを始めて1か月以上経つがまだ基礎的なガラス作りの練習段階で新しい手法を試す段階まで来ていない。というよりは、幼少期にガラス作りの経験のあるフゼルさんは当たり前として、他の鍛冶屋の人たちもかなりガラスが吹けるようになっている中で自分たちはまだ成功と失敗とを繰り返している。それを考えると暗い表情でそう答えるしかなかった。
「まぁゆっくりやればええさ。」
帰ってきた男たちは筋トレを続けるボルトラーミさんと小谷君をどかそうとしながら、そう慰めてきた。しかし、ガラス作りを始めとしてかなりの人たちから疑いの目を向けられていた時を考えるとずいぶんと変わったものである。喜ばしいことは間違いないのだが、戸惑ってしまう。
「よいっしょっと」
そういって懸垂台から山田さんが降りてきた。戸惑ってしまうのは周囲の反応だけではない。怠惰な大学生活を送っていたとは言え高校時代はそれなりに部活に打ち込んでいた。全国大会常連校に当たれば負けてしまうものの、公立校の中では強い部類の野球部で中軸を張っていた。その変なプライドからか無理をして少し腰をやってしまい自分だけ筋トレをセーブ中である。補助がなければ懸垂ができなかった山田さんが今や軽々と自力でやっているのを見ると焦りを感じてしまう。中学高校と文化系で運動とは無縁だったらしい女子に対抗心を感じてしまうのはいかがなものかとは自分でも思う。周囲に気づかれない程度の溜息ついて一足先に水浴びに向かうことにした。
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「わしもちょっとだけ……」
「ダメです。今日はあの子たちだけでって話しましたよね?」
「1杯だけじゃ……」
「ダメです。そもそも最近飲みすぎですよ!」
一緒に飲もうとするパリッセさんが奥さんに引きずられて自室に引っ込んでいった。何度も見た光景でもはや誰も気にも留めなかった。
「さて、飲みましょうか」
一番呑兵衛側であるはずの滝本さんも舌なめずりしながらそう言うだけで全く同情していない。消えていくパリッセさんを一瞥しただけである。
今日はどうやら自分たちがこの世界にきて一周年らしい。これをお祝いしていいことなのかどうなのかは分からないが、気を使ってもらったようで全員見張り番からは外されている。
「いやー、うまいっすねぇ」
「やっぱお酒にはがっつりいきたいよね」
食いしん坊の小谷君と呑兵衛の滝本さんは久しぶりのご馳走に上機嫌である。今日のメニューのメインはシモーネさんに教えてもらっているミートパイと一緒に開発した鶏肉のハニーマスタードである。マスタードは少々値が張ったが月に1品くらい新しい食材や調味料を調達して新作料理に挑戦するのが恒例になりつつあった。それを前に、2人だけでなく全員自然と上機嫌になってしまう。
「ハニーマスタードうまいなぁ」
「ニンニクにたっぷり漬け込んだのが正解だったね」
高部君が舌鼓を打つのに辻野さんが答える。新作料理と言っても結局のところ元の世界で自分たちが食べたことのある西洋料理をベースにしてシモーネさんに相談して作るのに落ち着いていた。和食などこっちの世界で見たことも聞いたこともない料理を生み出そうにも材料がネックとなってしまう。それでも飽食の現代、素人の考えた料理でも結構好評で意外に料理上手な若者たち、という程度の評価は貰えているようだ。
「ああ、そういえば、今年の夏は雨が少ないんじゃないかって」
「へぇ」
「川底が浅くなって2か月くらいは舟運が止まることも覚悟しておけって」
アルコールの力を借りつつも、食べ物と酒の話でしばらく盛り上がっていたが、少し沈黙が増えてきてしまった。話題に困って鍛冶場で聞きかじった話を振ってみた。
「なんの観測機器もコンピューターもないこの時代でも結構あたるから困りますねぇ」
「肉が尽きら豆だけの生活っすねぇ……」
後藤さんと小谷君が代わる代わる少し困った顔で呟く。もともと現代社会に比べて肉や魚が足りないのに筋トレブームが輪をかけて足りなく感じさせる。高校時代部活後の夕食に魚が出た時に母親に文句を言っていたのを今になって反省してしまう。
「……」
久しぶりの自分たちだけでの宴会がいまいち盛り上がらない。肉や魚の入手が一番の原因であろう。ただ、もう1つ原因があるはずだ。他の人は気づいているのだろうか。特段問題のことには思えなかったので、この時点では黙っておいた。




