開拓村:魔法使いは斧使い
いよいよ魔法の習得である。
「さて、始めるかの」
パリッセさんが我々を向き直って話し始めた。ついに魔法を本格的に教えると言って期待して河原に集まったのだが、配られたものは我々がファンタジーで想像する杖でも魔法書でもなく斧と鉈であった。困惑している自分たちをよそに斧を持ったボルトラーミさんは一人部下を連れて隣でニコニコしながら立っている。
「ええっと、魔法を教えてもらえるんですよね?」
状況が呑み込めずに質問する。
「ああ、そのためにはまず伐採じゃ」
何を言われているのか全く分からず、一同、目を白黒させるしかなかった。パリッセさんはにやりと笑うと続けた。
「あそこに岩場があるじゃろ?」
パリッセさんが顎をしゃくった先の対岸にはゴツゴツとした岩場があった。
「当たり前だが練習で人がいるところに魔法は打てん。打ち込むのには川の向こう岸がええじゃろ?」
確かに向こう岸には今のところ誰も用事はない。魔法を練習するのにも納得の場所ではある。
「それで、えっとこの斧は?」
岩場が練習場所だと言うのが分かっても持たされた斧の意味が分からない。その疑問を高部君が口にした。
「ははっ。打ち込むのに逸れた魔法が後ろの木に当たってダメにしたら大事な木材がもったいない。まずは、それを伐採じゃ」
ようやく合点がいった。合点はいったのだが……
「パリッセさん……分からないうちらを見て反応を楽しんでましたよね?」
それを瀧本さんが少し不満げに聞き返した。
「お?分かったか?」
ケラケラ笑いながら答えられた。パリッセさんはお茶目なところがある。瀧本さんも口をとがらせながら冗談半分で文句を言っている。周囲からも囃し立てる声が聞こえる。
「まぁ、冗談はここまでにして、お前さんらに野良仕事を覚えてもらわにゃ困るってのは本音じゃ」
真顔になったパリッセさんと野良仕事という言葉にはっとさせられる。村の中での立場を考えたら魔法を覚えるより大事なことの気がしてきた。
「川べりで細い木ばかりだから初めてには最適じゃ」
「とは言え、伐採は気を抜くと事故がおきるから注意しろよ?」
パリッセさんの説明にボルトラーミさんが横から被せる。いよいよ真面目にやらないといけなそうだ。
ギィギィと音を立てながらボートが川を往復する。川幅は本格的な秋になって雨も降り、渇水期が過ぎたようだ。歩いて渡れないことはないが胸あたりまで水に浸かりそうである。
「さて、早速始めるか。まずは藪と低木を切り開こうか。伐採はその後だな」
作業を主に指示するのはボルトラーミさんである。一方、足が多少不自由なパリッセさんまでも作業に加わっており、これはサボるわけにはいかなそうだ。
「多少おしゃべりはしてもいいが、鉈から絶対に目を離すなよ?」
念を押されて作業を続ける。
結局周囲の藪やら細い低木を切り開くだけで午前中一杯かかってしまった。「こんなのでも薪にはなる」と言われて枝のように細い木々をボートに積んで村に戻って昼飯となった。
「どうじゃった?」
「思ったより大変ですね」
パリッセさんの問いかけに山田さんが手を擦りながら答える。手に布を巻いていたのにちょっとした切り傷や刺さった跡ができてしまった。今までやらされていた野良仕事がいかにおままごとだったかを認識せざるを得ない。いや、おままごとに思えたのはおんぶにだっこされていたからなのだろう。
「それくらいは我慢じゃの」
「そうですね」
弱音を言うわけにもいかずそう答える。
「あと藪やらなんやらのせいか、虫が大変ですね」
小谷くんが答える。秋になり涼しくなり、ミントの精油が虫除けになるとのことで振りかけてもらったにも関わらず、少し虫に悩まされた。
「そうじゃな。ただ、蚊に食われたのはお前さんとボルトラーミだけじゃな。お前さんたちが引き寄せてくれたおかげで楽だったわい」
「ったく、お前ら体が冷え切っとんのと違うか」
体温の高い二人が引き寄せてくれたようだ。
「さ、その蚊がうるさくなる夕方前には切り上げんといかんから、向こう岸へ戻ろう」
ボルトラーミさんは黒パンの残りを口に押し込むとそう言い立ち上がった。小谷くんもそれを聞いて大慌てでパンを口に詰め込んでいる。
その後、向こう岸に戻りまずは細い木から切り倒すことになった。
「まぁ、この程度の細さなら怪我はせんかもしらんが、それでもちゃんとしたやり方でやろう」
皆頷く。今ボルトラーミさんがペチペチ叩いている木は直径10cmちょっと、高さ4mというところだろうか。確かに倒れてきてもそう簡単には怪我はしなそうではある。
「まずは倒す方向を決める。この木はこっちに曲がってるし、何もないからこの方向でええだろ」
そういうとその方向に回って下辺が地面と平行な三角形の切れ込みを作った。
「これが受け口。だいたい、そうだな。太さの4分の1ちょっとあればいいかな」
あっという間に切り込みを入れると、裏に回った。
「で、反対側から追い口を入れる。受け口の上部あたりを狙ってなるべく真っすぐ横に……」
――メキメキ。木がきれいに最初に切り込みを入れた方向に、倒れていく。
「と、なるわけだな」
「おー」
あまりの早業に一同感嘆の声以外が出てこない。
「もう一本やるぞ」
そう言うともう一本同じくらいの細い木を切り倒し始めた。
「で、わざとやるが、追い口を真っすぐ切らないと……」
木が捻じれて倒れていく。
「こうなって倒したい方向に倒れないから注意しろよ」
「はい」
そう答えるものの、言うは易しで結構難しそうである。
「よし、さっそくやってみるか。お前さんはこっち……」
何はともあれやってみないことにはわからない。木を割り振られて、監督されながらやり始めることになった。いよいよ魔法を覚える、の前にもう一山必要なようである。
これまた必要のない回を書いてしまった気がするものの、やはり農村にいけば野良仕事はつきもの。野良仕事ができない現代人が農村にぶち込まれたら、あまりの自分のできなさに情けなくなるもの。
伐採を体験したことはないものの、畑の開墾には藪を切り開く必要があるんですよね。そういう藪はぱっとみ大したことなくてもジーンズすら貫通してくるトゲがやっかいだったり。ま、そんなもんだと思えればすぐに慣れますけどね。




