開拓村:口先だけの現代人
村の産業を提案してみよう。現代の知識を使ってあわよくば称賛が得られるのではないか。
2回目の会合の日となった。再来週に自分たちの船便が初めて来る。船便といっても河川舟運のため際限なく荷物が積めるわけではないらしく、今日の最大の目的は各人の欲しいものを取りまとめて発注することだ。
「国が送ってきたのがほんと安酒だらけだったわねぇ」
「ほんに。葡萄酒なしで麦酒と林檎酒だけだったなぁ」
会合に集まって来る人が話している。今週来た国からの補給でカラス麦とライ麦に豆などのちょっとした副菜に加えて、皆が楽しみにしていた酒も来た。ただ、その質と量は期待以下だったようだ。もともと期待していなかったのにも関わらず、期待以下ということは相当ひどいものだったということなのだろう。
「意外に美味しかったですけどねぇ」
「ですよね」
後藤さんの言葉に頷いてみた。林檎酒の方はまだ飲んでないが、昨日飲んだ麦酒はいわゆる現代でいうところのエールだろうか。自分は美味しく飲めたものの、独特の風味があって賛否両論であった。一口にエールとビールと言っても時代によって定義が違うらしく、瀧本さんいわく、中世ではホップが入っているのがビール、入っていないのがエールらしい。苦みもちゃんとあるためホップがちゃんと入っており、「中世のビール」という理解でいいらしい。現代との違いも何か話していた気がするがよく覚えていない。
「ただ、度数が低そうで飲みごたえは微妙だったなぁ」
覚えていない最大の理由は飲みごたえが足りないということで、瀧本さんがグラッパを持ち出したせいである。
「あまり注文しすぎないようにね」
大きな樽ごと買い込みそうな勢いの瀧本さんに対して高部君がやんわりと注意をする。我々の中にいわゆる下戸はいないものの、お酒の量には大分差がありそうだ。酒飲みは瀧本さんが断トツの筆頭で、次に後藤さん、そして、次が自分と言いたいところだったが、こちらの世界にきてから飲み始めた山田さんの方が飲めることが判明していた。
「代わりに、お砂糖と蜂蜜も買うからいいでしょ?」
瀧本さんが高部君に少し口を尖らせて反論する。高部君に松田君、小谷くん、辻野さんはどちらかというと甘党のようだ。酒飲みがお酒で金を使う分、甘味でバランスがとれているでしょうという意味らしい。
「いやいや、お金の問題じゃなく飲みすぎの方を心配されているのでは?」
「いや……」
辻野さんにさらに突っ込みを入れられたことで赤面して言葉に詰まらせている。
「もしかして、香織さん普段から毎晩飲んでました?」
「そんなことは……」
後輩の女子からも突っ込まれている。そしてその口ぶりから、そんなことは「ありそう」である。そんな会話を聞きながら自分は今日提案するつもりの板ガラス製作に関して、どのように切り出すかを考えていた。この提案をしてみる、と瀧本さん以外の人に伝えたが、そこまで皆乗り気でなく、言うだけなら損はしないからしてみたら、程度の反応だったのは残念だった。
「さて、始めるかの」
全員揃ったようでパリッセさんが見回しながら話し始めた。
「まず、野菜が不足しそうじゃから野菜の酢漬けを大量に買い込むつもりじゃが、大樽20樽で足りるかの」
買い込んだ野菜もあったし、村で野菜も栽培しているが、どうみても消費量に追いつかなそうだ。
「で、次は酒じゃな。今から回るから各自ほしい分を言ってくれ。ただ舟荷の関係もあるから最低限で頼む。余裕があったら後から付け足してくれ」
瀧本さんが身を乗り出して構える。話し合った結果として中くらいの樽のワインと素焼きの瓶に入ったグラッパを数本買って、余裕があったら買い足そうという話になっていたが、その姿を見るとその約束が守られるか不安に思えてきた。
「えっと、樽の大きさって――」
それを察してか辻野さんが注文を聞きに回ってきた人と率先して喋りだした。辻野さんの肩越しに瀧本さんが食いついて聞いている。周囲でも同じような注文の集計が行われており、かなり時間がかかりそうだ。
「次は肉あたりかの」
酒の注文の取りまとめだけで優に半時間はかかった。さらにこのあと肉類などと注文の取りまとめが続いてく。
「どうじゃ?」
「うーん。積荷をちょっと超えてしまいそうですね」
注文の取りまとめた一通り終わったところで問いかけられた会計係の女性が唸りながら呟いた。
「そうか。誰か注文減らしていいってのはおらんか?」
ここまでもかなり時間がかかったのに、さらに注文量を調整するようだ。個人的に一番の目的であるガラスの提案のための時間はあるのだろうかと不安になってきた。
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「これで、たぶん大丈夫でしょう」
「よし、まぁ今回注文しきれなかった分は来月に回してくれ」
3時間以上続いた注文の取りまとめがようやく終わった。話を切り出せるタイミングを伺っていると、さらに次の話があるようだ。
「初めのやりとりも落ち着いたし、今後は街への注文は順番に行ってもらう」
街に行くということはちょっとした買い物と息抜きができるということであり、ちょっとした特権である。
「ただ、馬に乗れない者は行かせられないが……」
その視線は我々の方に向く。馬に乗れない者は相当少数派であるようで、残念ながら我々は全員がそれに当てはまってしまう。仕方がないことである。全員で頷き返すしかなかった。その後一人がパリッセに問いかけた。
「で、パリッセはどうすんだい?その脚で野良仕事か?」
「いや、そろそろ子どもたちの学校を再開してやらないとな」
「ああ、そうか。そうだな」
元傭兵集団で荒っぽい人が多いが、そのイメージに反してかなりの割合で読み書きできる。さらに、孫世代に対しての教育熱も高そうである。この集団が特殊なのか、それともこの世界の特徴なのかはわからないが、自分たちの中世のイメージとはだいぶ程遠い。
「まぁこれで今日の話は終わりかな?」
話を切り出すタイミングがわからないまま会合が終わってしまいそうである。
「あ、あのっ」
意を決して手を上げてみた。
「お。そうじゃった。お前さんたちも学校に来るか?言葉は同じなのにお前さんたちのところの文字と違うらしいからな」
「はー、そうなんか。文字が別ねぇ」
知らなかった村人からちょっとした驚きの声が上がる。
「あ、ありがとうございます。確かに文字は覚えたいです」
「そうか、決まりじゃな。みなも、街に行けない分それで仕事を減らしてもええじゃろ?」
周囲は一斉に頷く。そういう意味で手を上げたのではないが、確かに文字は覚えておいて損はない。
「いや、えっと、でも、言おうとしたのはそうじゃなくて……」
「お、なんじゃ?」
勘違いされたことで言いづらい空気になってしまったが、ままよ、とばかりに話し始める。
「村の産業なんですが、ガラスとかどうですか?」
発言した瞬間あたりがざわつき始めたが、言い出してしまった以上止まれない。
「板ガラスを人間の身長とまではいかなくても、その半分以上の大きさのが作れるとしたらどうですか?その製法に心当たりがあるんですが……」
さらに周囲のざわめきが大きくなる。
「うーん……硝子かぁ……硝子なぁ……」
パリッセさんが言葉をつまらせながら悩んでいる。期待した反応とは少し違う。
「いやー、俺は反対だな」
ボルトラーミさんが立ち上がるとそう声を上げた。
「知っての通り、この開拓村の目的は近くの鉄鉱山だ。製鉄のためには木材が大量に必要だ。そして、悪いことに硝子は鉄の次に木材を消費する。相性が悪すぎる」
いつになく真面目に反論するボルトラーミさんにたじろいでしまう。しばしの沈黙の後一人の比較的若い男が立ち上がって発言した。
「いや、そんなに簡単に切り捨てるのはどうよ。それだけの大きさの板ガラスが作れるならかなりの儲けになるぞ」
その男の言葉を受けて周囲は一瞬考え込むように静まり返ったが、すぐにざわめきが戻ってきた。
「で、その製法というのは?」
「うろ覚えではあるんですが……」
そのざわめきの中で問われて説明をした。ひとしきり説明が終わった後にはさらにざわめきが大きくなった。もう一人の男が立ち上がって尋ねてきた。確かボルトラーミさんと一緒に鍛冶屋を営む男だったはずである。
「ところで、お前さんは硝子を作ったことがあるのか」
「いえ……」
「うーん……硝子の原料は知っとるのか?」
「いえ……」
「それで作れると言われてもにわかには信じられんなぁ……」
痛いところを付かれてしまった。ガラスの作り方もわからないのに「できます」と言っても信用されないのは当たり前かもしれない。そして、自分自身も作れるかどうかの自信がなくなってきた。
「異世界人はそうやってなんか大きなことを言って、結局できませんでした、って話は聞いたことがあるからな」
厳しい言葉も飛んできた。確かになんの技術もない現代人が思いつきでやってみたが、何もできないなんてありえる話である。それはガラスを思いついた晩に自分で悩んでいたことでもあった。周囲のざわめきが収まらない中でパリッセさんが話を打ち切った。
「今日はもう遅いし、また考えるとして、いったんこの話は終わりにしよう」
確かに注文の取りまとめに苦労してだいぶ長時間の会合となってしまっていた。一部賛成してくれる人もいたようだが、全体としては反対と疑いの声が大きく、失望と恥ずかしさで帰路につくことになってしまった。
誤字報告の通知、今更気が付きました。大量の誤字報告ありがとうございます。そしてクリック一発で適用できるとは……「現代文明は進んどる」
そして、日本語と同じ言語が話されている設定だと外来語をどうするか。設定的におかしいんだけど、硝子、ギヤマン、びいどろ、全て外来語なんですよね……困ったがこのままいくしかないかな。




