開拓村:愚痴からぼた餅
期待した異世界生活とは程遠い。まるで無為に時間が流れていくようだ
――パチパチ
見張り台について1時間近く経過しただろうか。隣ではかがり火が燃えている。季節が過ぎ、夜の時間も10時間を超え始めた。そのため、交代時間はここからさらに4時間後である。来週からは3交代制になるようで、それまでの辛抱ではある。ただ、3交代になるということはそれだけ当番の回数も増えそうだ。
「うーん……夜になると大分秋って感じですね」
瀧本さんが隣で伸びをしながらそう呟いた。その端正な横顔がかがり火に照らされている。夜は長袖が必須なくらいには涼しくなってきている。これまで魔物の襲撃らしい襲撃はなく、一度ゴブリンが数匹現れただけであった。その時は鐘を打ち鳴らしただけで逃げ去っていった。数匹のゴブリンに大げさかとは思ったが、油断したせいで壊滅した村の話などを何度も聞かされていたため、その時は躊躇なく鐘を打ち鳴らした。寝ぼけ眼で出てきた村人たちも夜中に起こされるのは当然という様子であった。見張り番としては何も考えずに少しでも怪しい動きがあったら知らせればいいだけで楽といえば楽である。一方で、魔物の襲撃が増えるこれからの夜長の秋を考えると叩き起こされる側は睡眠不足になりそうだ。
「そうですね……」
自分でもそれと分かるくらい気のない返事をしてしまった。考えていることは、夜長の秋でもなく、魔物の襲撃への恐怖でもない。なんとなく流れに流されているだけのこの状況に関してである。異世界に来たいと願ったのは一瞬の気の迷いではあるが、何を目標に生きているのかわからない閉塞感から湧いて出てきたもののはずであったのに、ここに来ても何も変わっていない。流れに流されているだけである。
「あの、どうかしました?」
「あ……えっと……?」
「なんか険しい顔をしているので……」
あまりに口数が少ない自分を訝しがった瀧本さんが問いかけてきた。自分の中でもまとまっていない中で、どうかしたのかという問いに対する答えが見つからない。
「ちょっと考え事を……」
こういうのが精一杯であった。役立たずと思われていること、明確な目的もない現状が原因であることは間違いないのだが、なぜそれがこんなに心に引っかかっているのか説明できない。職も住む場所もなく、あと一歩で小作農か鉱夫かというところだったことを考えればこの上なくうまく行っているはずなのに……。
今、村は「産業」を探している。剣も魔法も使えない自分たちにとって、役に立てる絶好の機会なはずに思えた。現代の知識を使って大儲けできるのではないかと期待をして色々と考えを巡らせて見たが、何も思いつかない。電気など比較的新しい技術は手も足も出そうにない。ならば、と火縄銃あたりを、と一瞬考えたが火薬とはどうやって作るのだろうか。確か硝石、硫黄を使うとかだったはずである。それに木炭を混ぜればいいのだろうか。硝石がない日本は戦国時代に小便からそれを作ったとかなんとかを聞いた気がするが、その製法はとんと分からない。原料は手に入るのだろうか。それが手に入って、火薬の製法が分かったとして、次は銃の製作だ。なんとなくの構造はわからないでもないが、それを作るまでにどれだけかかるのだろうか。作っている最中に暴発して怪我をする未来すら見えてくる。
「えーっと……その、やっぱ何かありました?」
「え……?」
「いつもと全然様子が違うから……何か悩みでも?」
何かあったかと聞かれたが、考えていることは産業が何かないかと考えているだけで悩んでいるわけではない。いや、それを何か考えないといけないという切迫感は悩みであるかもしれないが、こちらはなかなか言語化できそうにない。
「愚痴をこぼすのも時には必要なことですよ」
「そんなもんですかね」
「そんなもんですよ。溜め込むとよくないですよ」
確かにそんなものなのかもしれない。ただ、愚痴るにしてもうまく言えそうにない。
「逆に瀧本さんはなんか悩みあるんですか?」
うまくしゃべれない以上、こちらから聞いてみることにした。
「一番は湯あみですかねぇ。お湯で洗えるようにはなってきたけど、石鹸しかない上に、石鹸も貴重で毎回は使えないじゃないですか」
生活環境はテント暮らしよりはよくなったとは言え、まだまだである。瀧本さんはさらに続ける。
「あと、ご飯もやっぱ味気ないですよね……」
「お米が食べれないのはともかくとして、正直オートミールは美味しいとは……」
「ですよね!それ言っちゃうと贅沢者って言われそうだから口が裂けてもいえなかったけど」
やはり一番は食生活である。パスタやら肉やらがたまに食べられるだけでも喜ぶべきなのかもしれないが、正直オートミールにたまの黒パンは正直飽き飽きしていた。
「となるとやっぱお金ですよねぇ」
瀧本さんが当たり前の結論に到達した。先立つものはお金である。そして、そのためには……
「とりあえず今は我慢するしかないか」
「それなんですよね……」
「うん……先立つものはなんとやらか」
「いや、そうでなくて、愚痴がお金よりも瀧本さんのそれなんです」
「え?」
瀧本さんが何を言われているのかわからず目を白黒させている。自分でも何を言っているのか整理がついていない。当然相手に伝わるはずもなく、それを察した自分の顔も微妙に引きつっていくのがわかる。
「ええっと……」
「はい」
瀧本さんもそれを分かってくれているようで、こちらが言葉を紡ぐのを待ってくれている。
「こっちに来たからには何か現代人ならではの知識を活かして何かできるじゃないかと思ってたんですが……」
そのはずだった。
「結局、現代社会の利便性を捨てて、何者にもなれないという悪いとこだけ持ってきちゃったようで」
「うーん……」
瀧本さんも少し唸って空を仰いだ。
「さらに最近、自分も含めてみんなその状況に諦めモードに入ってる気が……色々考えたんですけどね」
「確かに否定できないかも……」
今度は二人揃って宙を見上げる。しばらく固まった後
「で、色々って何を考えていたの?」
「電気とかがっつり近代なのは無理にしても、もうちょい前の時代のものならって。例えば……」
今考えていた火縄銃のことを話す。銃を作ろうにも詳細な構造が分からない。それが分かっても正確な原材料が分からない。分かったとしても入手法がわからない。手に入ったとしても作り方を知らない。そして、たとえ作り方がわかったとしても量産にはさらにハードルがありそうだ。話しているうちにそんな結論になっていった。
「私ももっと単純なものってので瓶詰めとか考えたんだけどね」
瀧本さんも考えていたようだ。確かに、瓶詰めならいけそうだ。コルクか何かで密閉して湯煎すれば保存食の出来上がりだっただろうか。
「でも、それでちゃんと保存できるか、数ヶ月まず自分たちで確かめてからじゃないと売れないし」
「確かに」
「その上、売れるのは魔物の討伐が始まってから。売れたとしても、それが評判を呼ぶのは数カ月後って考えるとねー」
気の長い話である。その商売がうまくいったとしても、異世界に来てから生活の基盤が築かれるのに数年がかりである。自分の読んだ異世界ものでそんなに不幸な物語はなかったはずなのに、現実はうまくいかないものなのかもしれない。
「その上、ガラスが高そうなのがね。田舎なせいかもだけど、領主の館の窓ガラスですら小さくって、あとなんか丸っこいの組み合わせたやつだよね」
「あと四角くて透明度が悪いやつね。確かそれには理由があって中世の製法だと……」
そこまで言いかけた時、はっと思いついた。小学生の頃だっただろうか。家族で旅行をした時に、何かの博物館に入ってガラスの歴史を解説された気がする。確か中世の頃は棒の先に何かでつけたガラスを回転させて遠心力で丸い板にするのと、円筒状にした吹きガラスを切り開いて作るものの2種類があり、どちらも手間であるが前者はより手間がかかり、後者は厚く透明度も低かったはずである。ここまでの記憶は曖昧だが、確かそれを大きく進歩させた製法があり、小学生ながらそれに感銘を受けた記憶があった。
「理由って?」
「ああ、ごめん。えっと……」
そのことを思い出そうとまたも固まってしまっていた。
「……ってのが理由なんだけど、それを大きく変えた製法があって」
「大きく変えた?」
瀧本さんに今使われているであろう製法を話しながら、小学校の頃の記憶を手繰り寄せる。
「円筒状にするところまでは一緒なんだけど、深い溝をほってそこで振ることで重力と遠心力で、その円筒をずっと長いものにすることで大きな板ガラスができあがったとかだったはず」
「へー……ってそれいけそうじゃない?」
「うん。それが思いついて一瞬固まっていたんだけど」
「今中世にある製法に深い溝が足されるだけって……絶対いけるよ!」
自分でもそう思ったが、瀧本さんに言われるとさらに自信がついてくる。
「今度の会合で提案してみない?」
「して見る価値はあるかもしれない」
瀧本さんに提案するこをを後押しされて、どんどんその気になってきた。大きい窓ガラスは羨望の的であるはずだ。とするとかなりの実入りのいい産業になるのではないか。期待に胸を膨らませながら、ああでもない、こうでもないと話して見張りの時間が過ぎていった。
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