開拓村:礼拝
村の生活にもそろそろ慣れてはきた。ただ、まだまだ馴染めてはいない。
「今週は礼拝に行きませんか」
金曜日に突然辻野さんがそう口を開いた。参加すること自体考えもしていなかったことで、唐突な提案に聞こえた。他の人も同様なのだろう。全員辻野さんの顔をまじまじと見ながら次の言葉を待っている。
「宗教っていうと日本人からしたらなんとなく拒否感があるのは分かっているのですが……」
辻野さんが説明しづらそうに言葉を繋ぐ。
「途上国の農村とかの共同体だと精神的な支柱になっているだけでなく、村長以上の影響力を持っていたりするんだよね。村で何かやりたい場合にはまず司祭に話を通しておくとうまくいくみたいな」
日本の昔のお寺を想像すれば多少は理解できそうな話ではある。
「ただ、実利を求めて信者じゃない私たちが参加するってのもどうなんだろって思っちゃいます……そういうの信用されなそうで」
不安げに呟いた山田さんの言葉も理解できる。
「逆に考えた方がいいかも。無宗教っていう方が信用されないってことはよくあって、お前らは一体何を基準に善悪を判断してるんだって」
「いやいや、日本人は無宗教は多いですけど、道徳はあるじゃないですか」
高部君が少し食い気味に反論する。
「うん。自分も無宗教な日本人だから、そう思いますよ」
「あ、いや……」
まるで辻野さんに対して反論する口調になってしまった高部君が思わず口ごもっている。ただ、その気持ちはよく分かる。自分も典型的な日本人の一人で宗教がないからといって善悪の判断ができないなどと言われると、たとえ伝聞情報でも反発してしまう。
「宗教なんかなくとも自分たちの倫理観はしっかりしている、と言いたくなるけど、ただ、みんなで集まって祈りを捧げて、聖書かやら全員が同じものを広げてそれに基づいて話をする。そういう機会はそれはそれで意味があるんじゃないかと」
考えてもみなかった価値観ではあるが納得させられる。ただ、宗教行事への参加となると何か重たいもののように感じる。どう反応していいのかわからないでしばしいると、それを察したのか後藤さんが口を開いた。
「こう考えたらどうでしょう。隣の気のいい老夫婦が参加してみないかと言われた会合に出るだけだ、と」
年長者の後藤さんにそう言われれば、そういうものなのだと思うしかない気がしてきた。確かにあまりに警戒しすぎていたのかもしれない。皆の意見も参加する、という結論となった。
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参加してみた次の日曜日、まずは来ている人の服装に驚かされた。皆かなりかしこまった服装をしている。宮中晩餐会は言い過ぎにしても、その辺のかしこまった役人くらいの服装である。思い返してみれば、礼拝から帰ってくる人の服装も見ていたし、教会もパン焼き窯よりも早く修復に着手していた。それだけ礼拝を大事にしているという証拠なのだろう。それを考えれば当然のことなのかもしれないが、今までの野外作業の時の服装からの落差はひと際である。
言われるがまま席についたが、どうにも居心地が悪い。礼拝に誘ってくれたお隣の老夫婦は、隣に座れと誘ってくれたことからも歓迎してくれているようだが、その他大多数からは好奇心の視線、悪くとらえれば奇異の目で見られているように感じてしまう。その居心地の悪さは礼拝が始まるまでしばらく続いた。
礼拝は司祭らしき人が先導する祈りから入り、賛美歌へと続き、その後司祭の説教となった。その合間の2回寄付を募る籠が回ってきた。あくまで少額の寄付でよいらしいが、どの程度が適切なのか全くわからない。厳粛な空気の中であまりおしゃべりするのも憚られ、全員で視線を交わしながら戸惑ってしまう。
「銅貨1枚でええぞ」
その空気を察して老夫婦が小声で話しかけてくれた。それに従って、全員で銅貨1枚ずつを入れようとしたが、またも小声で止められた。
「ちゃうちゃう、全員で1枚で十分じゃ。あと1回回ってくるが、苦しい者はその時は入れずに飛ばしてもええことになっている」
会釈でお礼を表しつつ、1枚だけ入れた籠を隣に回した。この寄付を何に使うのかわからないが、教会であるからには何かの慈善事業だろうか。余裕のある人が小銀貨などを入れているようだが、籠の中はほぼ全てが銅貨であった。ささやかな寄付であり、たとえ毎週のこととは言え、そんな大したこともできないように感じる。
途中驚いたのは賛美歌を前で先導する一団にあのボルトラーミさんがおり、その大きな体を揺すりながら歌っていた。その似合わない姿に可笑しさを感じながら、真面目な説教を聞くというその落差で顔がニヤけていないかと不安になってしまう。
「……ということで、人を妬む心は我々罪深い人間の奥底に共通してあるものなのでしょう。だれの利益にもならず、平和ももたらさない。にも拘らず、です。だからこそ、我々は……」
今週のテーマは妬み、嫉妬であったようだ。たぶんこちらの世界でいう聖書のようなものであろうが、教書、と呼ばれる本からいくつか引用しながら10分くらい続いた。その引用された言葉にいくつか分かりづらいものもあったものの、概ね平易な言葉で語られていた。辻野さんのいうように、週に1回くらいこんな真面目な話を考える時間があってもいいのかもしれないと思える。
「それでは最後に神々に祈りを捧げて終わりましょう」
司祭がそう言うと全員起立し、祈りの言葉を唱え始めた。自分たちはそれが分からず、見よう見まねで胸に手を当てて立つだけしかできなかった。これも覚えなくてはいけないなと思いながら聞いていた。
「さて、今日は何が出品されるかの」
「魔物がいる地域だから家畜が出品されないのが残念だよなぁ」
三々五々教会を出ていくが、彼らの会話は教会の前の小さな広場で競り市に関してらしい。別に礼拝だけで帰ってもいいらしいが、もれなく全員が参加するようだ。入札するかはさておき、どんなものが出品されるのか気になるので自分たちも参加してみることにした。
広場で待っているとパリッセさんが先導した集団が何やら物品を持って現れた。どうやら競りのまとめ役はパリッセさんらしい。後ろには孫の姉妹がこれまた可愛らしいドレスを着て小さな荷物を持ってトコトコとついてきている。ちょっとしたお姫様のようだ。パリッセ夫妻は確か教会の世話係をやっていると言っており、今日の礼拝でも最前列にいた。村のリーダー格の1人のはずなのに大変なことだ。いや、だからこそその役目を負わないといけないのかもしれない。
「さて、初めはうちで漬けた野菜の酢漬けじゃ。ばあさんは今週こそ酒を出せと言っていたんじゃが、絶対に1本も出さないからな」
周囲から笑いが起きる。小さい樽、とは言いつつも片手では持つのにかなり難儀しそうなサイズである。野菜が足りなくなりそうな自分たちも入札をしようかと顔を見合わせる。
「2デナロ半から始めようかの。どうじゃ?」
そう思った矢先であるが、開始価格がすでに街で買うのと同じくらいな気がする。記憶が定かではないが、少し躊躇してしまう。
「3デナロ」
「3デナロと銅貨2枚」
「3デナロ半」
高いと思っている一方で値段はどんどんと吊り上がっていく。結局4デナロでの落札となった。驚いて少し目を白黒させていると、件の老夫婦が話しかけてきた。
「ここでの売り上げの半額は教会の寄付にまわされるからね」
「だから相場の倍近くで落札されるのが普通なのよ」
「確かパリッセのは毎回全額寄付に回していたはずじゃ」
なるほど、競りは儲けのためでなく寄付の色合いが強いのか、と納得した。次に出品されたのは薪であった。1人の人間で担げるかどうかという量であるがそこまで高値はつかない気がする。
「パオロが切り出して、風通しのいいとこで乾かしていたからもう使えるはずじゃ」
パオロと呼ばれたのは男の子のようだ。この村の子供の中で一番の年長で、たぶん現代での中学生か高校生になり立てくらいだろうか。
「これも全額寄付ってことでええんじゃな?銅貨5枚から」
「7枚」
「10枚」
こちらも値段が吊り上がっていく。子供がわざわざ教会のために用意したものだからご祝儀価格のようなものも含まれているのかもしれない。その後も大小さまざまなものが出品され飛ぶように売れていった。
「結構よさそうな酒だな」
「ああ、ローの町の近くに酒造りが盛んな場所があるらしい。船着き場が完成すれば買い付けられるんじゃないか」
出品される度にその品物に関連する話が周囲で囁かれる。どうやら情報交換の場にもなっているようだ。結局競りに出された品は10種を超え、その売り上げをざっと計算するだけでもかなりの金額になる。教会内で回された籠の合計額よりも高そうだ。
「さて、最後にじゃが、野菜の種を配る。人参と小松菜じゃ。今から撒けば秋の終わりには収穫できるじゃろ」
競りが終わったあとにパリッセさんが野菜の種を配り始めた。各家庭の庭先で栽培しろということらしい。多少なりとも野菜が補充できれば有難い。だが、始めてきた自分たちがもらってもいいものだろうか。そう思い遠慮をしようとした。
「何を言ってるんだ。今日礼拝に来てないのにも後で配る。野菜を食わないで体を壊されたら困る」
「これ目当てで来たとは誰も思いませんよ。よしんばそうだとしても、それを批判するのは『妬み』でしょう」
パリッセさんの脇にいた司祭役が援護射撃をしてきた。そう言われては仕方がない。有難く受け取ることにした。
その後昼すぎに帰宅したが、なんとなく礼拝の重要性を感じられたような気がする。まだまだ村の一員に認められたわけではないかもしれないが、少しずつなじめていけるような気がしていた。
初投稿につき、1つでもコメントいただけるとありがたいです
2月頭くらいまで忙しい。でも、なるべく週1投稿……たぶん……
どうみても本筋から脱線している気がする。
本格中世ファンタジーに早めに入りたい一方で、リアルな中世共同体の様子も書きたい。




