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開拓村:"食文化"

単調な作業が続いていくこと以上に、単調な食生活の方が重荷になり始めていた。

「うーん、こんなもんっすかね」


 全員の注目が集まる中、小谷君が呟いて手を止めた。


「まとまってはいます……かね」


 そう言いながら山田さんが不安げに見つめていた。


 今日は日曜日で休みである。黒パンとオートミールと豆類の繰り返しで、そこに少しの副菜が付くだけの単調な食事に少しでも色を加えようと、ライ麦粉と小麦粉に塩を加えてこねてうどんを作ろうとしている。麵つゆは当然、醤油やら鰹節などは手に入らなかったのだが、市場で見かけた魚醤を買ってきた。


――コトコト


 隣ではお湯が鍋に沸かされている。先週は黒パンに使うとのことのライ麦粉を少しだけ貰ってきて挑戦したものの、うどんというより出来の悪いすいとんとライ麦粥の相の子魚醤風味になってしまった。今回は自分たちで買ってきた貴重な小麦を挽いてふるいにかけ白い小麦粉を作って混ぜている。


「……」


 全員無言で鍋の中で揺れる「うどん」を眺めている。


「崩れては……いないかな」

「大丈夫そう?なら良かった」


 高部君が不安と安堵交じりに眺めながら呟いたのに、隣で汁を作っている瀧本さんがこれまた不安と安堵交じりに聞き返してきた。今回は魚醤に加えてさらに貴重な砂糖と白ワインまで使っている。


「うーん、こんなもんかな」


 瀧本さんの味見が終わったところで、切り終えたネギを投入した。少し癖のある匂いではあるが、それらしい香りが漂ってくる。


「できましたか?」


 外で作業していた後藤さんと辻野さんが戻ってきた。廃材とくぎを使って燻製器を作っていたのが完成したのだろう。最初木材で燻製器を作ると聞いたときはぎょっとしたが、どうやら段ボールの燻製器なるものもあるらしく、火の管理さえしっかりすればなんとかなるらしい。


「お、いい匂い」


 後ろから続いた辻野さんも上機嫌で戻ってきた。上機嫌なのは彼らだけではない。この村に来てほぼ1か月、見張り番に就くことが多かった自分たちは夜だれかしらが当番という日が続いていた。その分労働時間を減らされていたので不満はなかったが、それに気づいたボルトラーミさんが取り計らってくれたのである。ということで今日は少し遅めの昼食をすませて、日課の軽い運動と魔法の訓練をした後で酒盛りをしようということになっていた。


「さて、完成です」


 瀧本さんが少しおどけて、まるで執事のように片手をお腹にやりながらお辞儀をした。山田さんが後ろで盛り付けている間に美人がやると様になるなぁと眺めていた。


「わぁ」


 木製のお椀に盛り付けられたうどんを目の前にして、一同から小さな歓声が上がる。とりもなおさず全員で食卓を囲んで、うどんを啜った。


「ちょっと癖はあるけど、いけるね」


 辻野さんが舌鼓を打ちながら感心した様子で言った。


「これなら大丈夫」


 先週、魚醤の癖のある味がダメかもしれないと言っていた高部君も納得の味のようである。自分も苦手とまではいかないが、少しその癖の強さは気になっていたが、大分それが隠されている。麺の方もうどんにしてはかなり腰の弱いが十分な出来であるように思える。


「ところで、小麦とライ麦の配分はどれくらいですか?」

「それが、結局半々くらいっすねぇ……」


 後藤さんの問いかけに小谷君が答えた。それを聞いて、少し考え込んでしまう。周りも同様である。というのも、小麦の価格が高いからである。市場をぱっと見て回った限りライ麦の4、5倍が相場のようだった。


「まぁでも、たまの贅沢と思えば次は全部小麦でやってもいいかもですね」


 満足感と物足りなさを同時に感じてしまう。やはりもちもちとした食感はほしいところであり、それを口に出す。


「そうですね。たまの贅沢にケチっても仕方ないかもですね」


 瀧本さんも最後の麵を啜った後にそう言ってくれた。よくよく考えてみると、単なるうどんがたまの贅沢というのは何か寂しい気がするが、数か月ぶりの味は、たとえ「もどき」であろうとその気持ちをかき消してくれる。


「値段もですが、小麦粉を作るのも手間っすねえ」


 村にある石臼は黒パンを作るのに昼間はフル稼働で、夜の間に借りて挽いたが、かなりの重労働であった。今水車小屋が修復されているようだが、かなり手間取っているようで、まだ時間がかかりそうである。さらには、挽いた後ふすまを取り除くのにふるいにかけるのもさらに手間であった。


「そう考えると商売としては難しいのかもかぁ」


 なぜ、休日の昼食でこんな真面目に話しているかは、もし自分たちが商売をするとして真っ先に思いつくのが食堂やらで、やると決まったわけでもないのに、辻野さんが言うように商売として成り立つのかどうかをついつい考えてしまう。


「それを考えると魚醤も問題ですよね。値段もそれなりだし、何よりも好みが分かれそう」


 高部君の言う通りで市場で買う時にもそれは言われた。魚醤がこちらで作られていることも驚きであったが、作られているのは海沿いのごく一部の地域で、その地域ですら好みが分かれるらしい。発酵食品に慣れている日本人でも拒否感を持つ人もいるわけでさもありなんというところである。


「お醤油……作れないんですかね」


 山田さんが寂しげに呟いた。


「確か、元の世界だと大豆は東アジア原産でヨーロッパでは土壌か何かの問題で栽培には向かなかったはずですね」


 そう話す後藤さんはさすがに学者ならではの知識である。元の世界と同じかどうかは分からないが、気候や風土、食べられているものを見ると、当てはまりそうである。


「大豆以外のお豆は……」


 山田さんが不安な声でさらに続ける。


「どうなんすかね。確か醤油にはタンパク質が必要だったはずっすけど、豆がタンパク質多いといってもそれは穀物と比べての話で……」

「一番の問題は、醤油は必要な麹菌は東アジアにしかいないってことで……」


 小谷君と瀧本さんが次々と発言をした。食品関係に一番詳しそうなのはこの2人のようである。


「麹菌がいたとしても、それをどうやって集めるかですよね。通販で種麹っていうのを買って米麴を自分で作ったことあるんですけど……」

「確かイネ科の植物につくカビだったはず……」


 瀧本さんの料理知識にかぶせてどこかで聞きかじった知識を自分も披露する。みんな物知りで少しでも自分だけが知っている知識があって少しほっとする。だが、その知識があったところで、どうやって見つければいいのか全く見当がつかない。もしこの地域でとれるにしても悪いカビを間違って集めてお腹を壊す未来が見える気がする。


「マヨネーズ……」


 一言、松田君が呟いた。確かに異世界ものではよく聞く話である。


「……はサルモネラ菌」


 直後に自分で突っ込んでいた。こちらはちゃんと文章でしゃべれ、と突っ込みたくなる。


「生卵は現代でも食べられる国は少ないらしいね」


 辻野さんが補足する。


「でも加熱すればいけるってことですよね?」


 高部君が少し明るい表情で話す。確かにそうなのだろう。加熱必須となると何にでもかけられる万能調味料としての魅力は落ちてしまうが、それでも魚醤に比べれば万人受けしそうである。


「お酢と油は結構見たけど、卵は……」


 瀧本さんにそう言われ、こちらに来てからの今までを思い返してみるが、卵を見てないかもしれない。


「あるにはあったっすよ。あの初めの川沿いの町の屋台で卵料理売ってたんで」


 小谷君が彼らしくなくおずおずと話しだした。


「ただ、お高めな上に、『ここの特産品だ』って自慢してましたわ」


 そういえば、あの町の屋台に一番興味を持って色々見て回っていたのは彼だった気がする。「食へのあくなき探求心」というところだろうか。


「いやー……プロテインの代用には是非ほしかったんすけどねぇ」

「あ、そういうことか。ごめん。食いしん坊が色々屋台聞いて回ってるなって思ってた」

 

 瀧本さんが笑いながら突っ込んだが、なるほどそういう真面目な理由があったのかと思い直した。


「ちょっとひどくないっすか?いやまぁ半分食い意地からというのは否定しませんけどね」


 大きな笑いがおきる。その笑いが収まって冷静に考えてみると、卵というのは保存のしにくさ、壊れやすさから最も輸送に向きそうにない品の1つかもしれない。この世界の家畜の大切さとあわせて考えると高級食材というだけでなく、ごく一部の地域でしか手に入らない貴重な食材なのだろう。そうするとマヨネーズより先に養鶏を自分たちでしないといけないのだろうか。儲けるためのマヨネーズのために、特産品まで作らなくてはいけないと考えると何か本末転倒な気がしてくる。


「食文化ってのは、それぞれ地域の風土に根差した数百年、数千年の人類の知恵ってことで一朝一夕では革命は起こせないかもね」


 辻野さんがそうまとめた。壮大な話であるが、まさに今それを実感せざるを得ない。ただ、小谷君のおかげなのか、この後に待っている飲み会のおかげなのか、皆明るい表情でああでもないこうでもないと話し合いが続いた。一足飛びは無理でもみんなで話し合っていけば何かしら考えが出てくるかもしれない。そう思える空気であった。


完全初投稿なので1つでもコメント感想いただけるとありがたいです。

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