避難キャンプ:高級鍋
行先も決まったところで買い出しにいくことになりそうだ。庶民の月収の数倍は手持ちがあるわけだから、ある程度は準備できるだろう……
衛兵の初任給が月に金貨1枚半ということは、それが大卒初任給あたりと考えればいいのだろうか。そうすると金貨1枚で十数万円から20万円弱、20枚で金貨1枚分のソルドは1万円を切るくらいと考えればいいのか。いや、ある程度の実力と身分でないとなれないであろう衛兵の給料はもう少し高いと考えた方がいいのかもしれない。とは言え、これだけの大きさのベーコンが大銀貨1枚分は、現代より食肉産業が発展していないからには妥当な価格なのかもしれない。こんな巨大なベーコンは実物を見たことすらなく現代の価格がよく分からないのだが。
「やっぱお肉は高いっすね」
「庶民の食材ではなさそうですね。でも、燻製とかの加工肉は手間もかかるし仕方ないですね」
肉の値段の話になったのはきっと2人も同じことを考えていたのであろう。ソーセージの箱も現代のスーパーに陳列している中でも相当に立派な部類に入るのが40、50本は入っている。それでも、週末にだけ食べるとしても8人ではどれだけ持つのか不安である。まぁ調理器具を買って余ったお金で買い足せばいいだろう。そう思いながら調理器具の売り場を探した。
食品売り場と違って、集まっている店の数が少ないせいか、探すのに少し苦労したがなんとか金物屋らしきものを見つけ出した。行ってみると雰囲気が食料品の店が集まった一角とは違う。客の往来が少ないだけでなく、店員と客との活気というか会話がかなり少なく、少しピリピリした空気が漂っているように思えた。
少し警戒しながら近寄って、売っているものを眺めてみる。普通の鉄製に加えていわゆる鋳鉄製のものもかなりある。鉄が鈍く光る中で、黒々とした調理器具も並んでいる。
「手持ちもあまりないし、ちょっと考えるわ」
「まぁまた覗きに来てくれよ」
自分たちが来る前に小声で店員と話していた客が何も買わずに離れていくようである。それを横目で見ながら、品定めをしていると先の店員が話しかけてきた。
「何をお探しで?」
「ええと……」
思わず口ごもってしまった。まず包丁は絶対に買わなくてはいけないだろう。8人ということを考えると少し大きめの鍋とフライパンあたりが欲しいところだろうか。飲み水のことを考えるとやかんも必要にも思える。
「これはいくらですか?」
考えもまとまらないので、とりあえず目についた大きめの鍋を指さして尋ねてみた。
「それは5ソルド半だな」
「え!?」
思わず声が出てしまった。他の2人も目を白黒させて驚いている。確かに慌てていたため一般家庭ではまず見ないくらいの大きな鍋を指さしてしまった。だが、先ほどの計算だと1ソルドは1万円くらい。そう考えると5万円以上の鍋ということになる。
「おいおい、大げさだなぁ。確かに最近金属の値段は上がっているが」
店員の反応はこちらの反応にさらに驚いているようで、ぼったくっている様子はないように感じる。
「あの……金属の価格が上がっているとは?」
「ああ、ここ数年魔物の大発生が結構多かったじゃろ?さらに悪いことにそれが鉄鉱山の地域に集中していたからな」
瀧本さんが質問を続ける。
「数年前だといくらくらいだったんですか?」
「一番安い時でこれだと……そうさのぉ。4ソルドくらいだったかな」
それでも十分に高いように思える。そんな反応を見てか、今度は店員から尋ねてきた。
「お前さんたち異世界人だよな?お前さんたちの世界だといくらくらいだ?」
こんなでかい鍋の値段などわからない。そう思いながら返答に困り2人を見返す。瀧本さんも同じように困っていたが、小谷君が答え始めた。
「そうっすねえ。この燻製肉より安いんじゃないっすかね」
今度は店員が驚く番だった。
「その燻製肉より!?……まぁ、ならさっきの反応も頷けるか」
納得してもらえたようだが、値段が高いのはどうしようもないらしい。店員は親切にもほかの店も見てくることを勧めてくれたが、他の店に行っても価格は似たり寄ったりであった。3人で持ってきたお金は15ソルドで、すでに4ソルド食料に使っている。調理器具はどう見ても必需品で買わないわけにはいかなそうだ。
包丁2本に少し大きめのフライパン、そしてヤカンを購入した。全体的に高かったが、ヤカンは特に高く、3ソルド半もした。金属だけでなく工程数も多いからには仕方ないのかもしれない。飲み水を確保するにも絶対的に必要な気がしたので買わざるをえなかった。一方、鍋は陶器製もあり、さらに貧乏な人は土器やそれに類するもので我慢するらしく、鍋はいったん諦めることにした。それでも合計7ソルドかかってしまった。
「庶民の一か月分の給料より大分多く使って、ようやく最低限の調理道具が揃ったってことっすか……」
「ぼったくられてる感じはしなかったから、これが適正価格なのかもしれないけど……」
「というか、あのパリッセさんからの鍋、もらったのか借りたのか曖昧なままっすけど、こんだけ高いと返さないとっすね……」
すぐ近くにあった木工製品を売っている所でまな板やおたま、籠を1ソルド分買った帰りに小谷君と愚痴りあいながらとぼとぼと歩いていた。隣にいる瀧本さんはというと、残った貴重な残った3ソルドを握りしめつつ、お酒が並んでいる店を恨めしそうに眺めて無言で歩いていた。
「紙が売れたらまた買いに来ましょう」
「そうですね!……あ、いや、お酒がどうしても買いたいってわけでは……」
声をかけると恥ずかしそうにはにかみながらそう答えた。ただ、その顔には「どうしてもお酒が買いたい」という文字が浮かんできそうな表情が浮かんでいた。
キャンプへ帰ってしばらくするともう1班も丁度帰ってきた。
「いやー……思ったより物価が高くて」
帰ってくるなり開口一番、後藤さんがそう口を開いた。首尾を聞いてみると、ランタン2つに蝋燭をいくつか買ったが、人数分のシーツに薄い掛布団らしきものを買おうとしたが、品質がよさそうなものを人数分買うと20ソルド以上してしまい、予算内に収めるにはだいぶ寝心地が悪そうなのしかなく、迷ったあげく戻ってきたらしい。そもそも品質の悪いものを買っても手持ちの金では秋冬用の毛布は諦めざるを得ない値段だったらしい。
「紙ちゃんと売れるといいですね」
山田さんが不安と期待半々という感じで呟いた。何を買うのかはさておき、持ってきた紙は100枚入りが35束。1束5ソルドだと175ソルド、10ソルドだとすると350ソルド。後者だとすると庶民の年収の優に3倍近いはずだが、今日のちょっとした準備でも30ソルドでは足りていなかった。この先さらに何が必要になるのかもわからないが、思っていたよりも手持ちのお金は少ないように感じてきた。
「この時代だと使い道が限られているだろうから、庶民の現金収入は少なくても済むんだろうけど……」
辻野さんがそう呟いた。そう考えるといったん準備してしまえば、あとの生活費はあまりかからないということだろうか。確かに大学生の自分の支出の中で一番大きいのは家賃で、毎月、食費光熱費以外にゲームやら飲み代やらで結構な支出をしているが、それがかからないと考えれば、そうなのかもしれない。ただ、そうだとしてもお金の不安は消えない上に、そうだとするならば余暇に何をしていいのかがさっぱり思いつかない。余暇の話は所詮は余暇、生き死にには関係ないのでどうでもいい話なのかもしれない。
「パリッセさん待つしかないですね」
高部君の言う通り、手持ちのお金では身動きがとれなそうだ。待つほか仕方なさそうだが、まだ午後も早い時間、少し遅めの昼食をとる以外何もできなそうだ。魔物の襲撃に怯える日々が来ようとも早く開拓村に行きたいとすら思えてきてしまった。
週1投稿とは……
物価の設定が難しい。15世紀か16世紀あたりを念頭に考えているが、この世界の特殊性を考え始めるとまた違う物価になるのかなぁ。歴史や自分の経験した途上国の経済を考えながら、最終的には「後で調整すればいいか」に逃げ出すことにした。
完全初投稿なので、1つでも意見感想もらえるとありがたいです。




