避難キャンプ初日:職探し
街の近くに作られた避難キャンプに到着した。
当たり前だが、ここに長くはいられない。この世界でどうやって生活していけばいいのだろう。
「移住先探しに、職探しねぇ……」
「まぁとりあえず行ってみるしかないですかねぇ」
炊き出しの朝食である黒パンをもそもそ食べながら、不安と戸惑い混じりに高部くんと滝本さんが話している。炊き出しを受け取る際に、炊き出しは10日程度で打ち切られること、城門のそばの広場で移住先の紹介をやっていることを告げられた。手持ちのお金はせいぜい食費2、3ヶ月分程度だろうか。売却用に持ってきた品物が高値で売れればと期待してしまうが、それでも資金が10、20倍になることはないだろう。当然、自分たちで稼ぐ手段も見つけなくてはいけないし、住む場所も見つけなくてはいけないのは分かっていたことだった。それでも、具体的に何をするのかのイメージすら湧いてこない。
朝食のあと、早速移住先の斡旋場となっているという城壁の脇に行ってみることにした。早くに来たつもりが、どうやら我々と一緒に避難してきた集団以外にも難民集団がいるらしく、かなりの人数が集まっていた。掲示板がずらりと並んでいる場所に意外に人が少なく、まずはそれを眺めてみる。
「字……日本語じゃないですね……」
山田さんがと呟く。口語は日本語にも関わらず文字は全く違う。角張った文字が並んでいるだけだ。半分は予想していたが、途方に暮れて立ち尽くしてしまう。
「おー、お前も来てたか……ってお前文字読めるのか?」
隣に立っていた男に知り合いらしき男が話しかけている。
「読めるわけないだろ。なんとなく眺めていただけだ」
「だよな。ここにあるのはエリート様向けの募集だな」
どうやら識字率はあまり高くないようだ。
「ところで、どうするか決めたか」
「掲示板を眺める前にいくつか話は聞いてきたが……鉱山あたりかと思ってるんだが……」
「鉱山って……お前こないだ子どもも生まれたんじゃなかったか?連れていけるのか」
「そこは数年してある程度金が貯まるまでカミさんとで別のところで働いてもらって……」
「鉱山の金じゃどんだけかかるんだよ。その間に浮気されておしまいだな」
「この野郎!うちのがそんなことするか!まぁ、土地なし家畜なしの農夫に比べたら大分ましだろ」
なるほど、あちら側に多く集まっているのは文字が読めない人向けの対面の斡旋業者かと納得すると同時に、そんなに美味しい話が転がっているわけではないことも会話から理解できた。気乗りはしないものの現状できることは何もなく、仕方なくそちらに足を向ける。
「そこの美人の姉ちゃん」
真っ先に動いた滝本さんが怪しげな男たちに捕まっている。
「うちで働かないか。姉ちゃんほどの器量なら週に金貨1枚以上稼げるぞ」
「兄貴。こっちの女もなかなか。それに胸も結構……」
山田さんも目をつけられたらしい。どうみても怪しい夜の商売の勧誘だ。間に入ろうとしたが滝本さんがその話に食いついた。
「どんな仕事で、お給金はどれだけもらえるのかしら」
釣れたと思ったのか男は目を輝かせて説明を始める。
「一応酒場だ。希望があった客とは上に行ってもらって、その、まぁ、個別に接待してもらう。給金は1日1デナロで、客がついたら一人あたり最初は3デナロ。人気なら少しずつ上げていくし、客からも結構おひねりももらえる」
「少しずつ上げていくってどれくらいまで?」
「今うちで一番人気なのは8デナロだったかな」
「1日に何人くらい接待できるのかしら」
「姉ちゃんなら、やる気さえあれば5人くらいはいけるぞ」
「個別に接待」とは何を意味するのかは言わずもがなだろう。しかし、瀧本さんはかなり詳しく聞いている。本気で働くつもりなんだろうか。
「この人たちとも家族なんだけど、男も近くに住めるのかしら」
「うーん……街外れとは言え、ローの街の管轄だから手に職もってないと近くには住めないかな……」
「そうですか……他をちょっと探してみますね。また何かあったら」
「あっ、ちょっと……」
そうにこやかにいうと滝本さんは会話を切り上げて歩き出した。男たちは止めようとしたが、いかがわしい「酒場」業者は人が多いところに移動すると付いてこられないようだ。
「うーん……一応聞いてはみたものの、特殊すぎる職業だし、現代日本より格差があるとああいうのは買い叩かれそうだから、貨幣価値を把握するのにはあまり適切な職業じゃなかったですかね。アフリカとかだとどうなんですか?」
「え……ああ、いや、ちょっとそういう世界を見たことないのでわからないな」
「勧誘には稼ぎを当然盛って話すことを考えると、そういう仕事の上の方が週に金貨1枚ってとこなんでしょうね」
多少でも本気で「酒場」で働く気があるのかと思って目を白黒させている周囲を引き連れて滝本さんが辻野さんに質問をした。ようやく何がしたかったのかの合点がいった。
「ちょっとびっくりしましたよ!本気で一緒に働かなきゃいけないんじゃないかって」
山田さんだけでなく全員ちょっとホッとして一気に表情が緩んだ。
何やら人が集まっているところに行ってみると、いろんな声が飛び交っていた
「ローの街では船大工と鍛冶師を募集している。腕のいいものはそれなりの待遇を用意するし、城壁内にも住める」
「木工職人はおらんか?」
なんというか雑然としている。もう少し、列などを作っている整然とした募集を想像していたが、なんというか話に聞いた一昔前の日雇いの建設や港湾労働者の募集に近いものがある。
「鉱山労働者の募集。かなり田舎だが週に2ソルド3デナロ、週末の食事は白パンにエールをつけるぞ」
「ローの街の北の荘園だ。3時課を超える時には食事と1デナロを必ず付ける」
少し離れたところから聞こえてくるのは、いわゆる肉体労働の募集だ。なんとなく職種ごとに募集する位置が区分けされているようだ。たしか金貨1枚が1リラで、20ソルドで1リラ、12デナロで1ソルドということは……鉱山労働者は月に9ソルド。稼げる場末の売春婦の週給の4分の1というところか。しかしあまりに安い。食事には、ということは食事は雇い主持ちなのであろうが、それでは都市住民の1月の食費と聞いた額と同じではないか。そして、農夫募集には聞きなれない時間の単位が聞こえた。何より気になるのは、それを超えた場合1デナロと言っているが残業代だろうか。そうすると基本給はいくらだ?想像すらできない。よし、思い切って聞いてみよう。
「あの……農夫っていくらくらい給料が出るんですか?」
歩み寄って意を決して話しかけてみた。
「あ?給料お前は何を……ああ、その格好は異世界人か……冷やかしならお断りだよ」
「え、いや、そういうつもりではなく」
「地べたを這いずり回る仕事はお前らやらないって聞いているからな」
そういうとぷいっと顔を背けて離れて行ってしまった。かなりの気まずさにただただ立ち尽くすしかなかった。
「嫌われているとは聞いていましたが……これほどとは……」
「ほんとっすねぇ……まぁいいじゃないっすか。嫌われる理由の1つが肉体労働を嫌がるってことがわかっただけでもってことにしましょう」
後ろからやってきた後藤さんと小谷君が同じように困惑の表情をしてそう言った。全くもって自分に覚えのない敵意を向けられるとたじろいてしまうが、それにも慣れないといけないのかもしれない。
「あんちゃん達、あまり気にすんな」
気の良さそうな男が話しかけてきた。
「異世界人は『自分には知識があります』とかなんとか言って、地べたを這いずり回る仕事を嫌うらしく、それで嫌われてるのは間違いないらしい。だが、そもそも会ったことがないのがほとんどだ。俺も含めて異世界人に対しては珍しい、ってのが一番の感想だな」
さらに彼は言葉を続けた。
「あんな態度だったのはこういう募集の初日は相当おいしい仕事以外は様子見のヤツが多くて、冷やかし半分のヤツばっかが話しかけてきてイライラしてる。で、そこに到底農夫なんてやりそうにないお前さんたちの登場だ」
なるほど、自分たちの気にしすぎであったようだ。気の良さそうな彼は我々の疑問に答えてくれた。どうやら荘園の農夫は給料は出ず、土地を借りて地代を払うだけでなく週に何日か昼までは領主の農地で働く義務を負っているらしい。そのため生活は農業だけではカツカツで、自分たちの土地を買えるのは副業を成功させるしかないらしい。
「まぁ、国の募集も明日か明後日から始まるから、それまで様子見でいいと思うぞ」
「国からの募集の方が条件が良かったりします?」
高部君が恐る恐る聞いた。
「うーん、なんとも。国からの募集は打ち棄てられた村や開拓村など何十人で移住できるものがあって、数年後に自分の土地も貰えるようになっているものもある。でも、何もない土地だ。最初の数年は地獄だし、失敗して飢餓状態なんてこともある」
何もない所を開拓するのを想像してみたが、何から手をつけていいかすら思い浮かばない。そうそう美味しい話は転がっていないということだろう。気のいいあんちゃんに礼を言っていったん戻ることとした。
昼の炊き出しを待ちながらどうするかを話したが、話し合いが進展しなさそうなのは明らかだった。
「いやーそうだよなぁ。バイトも給料で簡単に比較できそうな現代社会ですら、実際に働いてみないと条件はわからないしなぁ」
高部君が呟く。
「アフリカの農村での現金収入なんて聞いても正確なのは本人ですら把握してなかったり農村の場合現金以外の収入があったりで実際にそこで生活してみないと貨幣価値の感覚ってのは掴めなかったりするからね。都市労働者との比較なんてさらに大変だったりするからなぁ」
辻野さんが解説を加えるがのごとく誰にともなく話した。確かに話を聞いても鉱山労働者と農夫どちらがいいのかなんて全く分からない。いや、そもそも選択肢がその2つくらいしかないのだろうか。きっと同じことを考えているのだろう。全員難しい顔をしながら無言になってしまった……
完全初投稿です。1つでも意見感想もらえるとありがたいです。
中世後期から近世あたりを書きたかったら地中海世界しかない、と思ってイタリアの固有名詞を使ったがも、イギリスのを使っておけばよかったとすでに超後悔している。今なら全部編集しなおせる……イメージは地中海世界のままで固有名詞だけイギリスとかありなのかな……




