避難行3晩目:宴会
なんとか安全圏の村にたどり着いた。今日は酒盛りである。このひと時だけは色々忘れて楽しもう。
夕暮れが近づき、どうやら市も閉幕のようである。川を見下ろす野営地に三々五々と人が戻ってきた。自分たちも紙を売ろうとしたが、こんな田舎で売るよりも街で売ったほうがいいと言われ、結局何も買わず何も売らずじまいで奢ってもらっただけだった。
どこに避難させられるのか、その後の生活がどのようになるのか想像だにつかず不安が押し寄せて来るが、まずは安全圏に入れたことを喜ぶべきだろう。何よりこの後酒盛りが待っている。そういえば、こっちに飛ばされてくる日には先輩たちと飲み会の予定だったことが思い出された。
「とりあえず、皆、今までご苦労だった」
炊き出しの前にアグスティナさんが、例のごとく前に立ちながら全員に呼びかけている。炊き出しといってもパリッセさんの奢りがあるため、今回は貰うつもりはなかった。自分たちの他にも余裕のある人たちは市で食料を手に入れてきたようで、今までよりも用意されている炊き出しの量も抑えられているように思える。
「何事もなく、とは行かなかったが、死者を出さずにここまで避難できたことは幸いだった」
ちらりと我々と隣にいるパリッセさんたちに目をやった。
「で、良い知らせがある。明日舟を手配した。家畜を連れていない者は全員舟でローの街までいける。家畜を連れている者も荷物だけは乗せていけるようにした」
ローの街とは最終目的地と言われている街のはずである。周囲からちょっとした歓声が上がる。
「明日歩かなくて済むなら、今日はしこたま飲むか」
隣でパリッセさんが嬉しがって声を上げた。
「安酒だが全員に少しずつ酒も用意した。多少なりともゆっくりしてくれ」
続けたアグスティナさんの声でさらに大きな歓声が上がり、パリッセさんはホクホク顔である。ただ、あれだけ酒を買い込んでいたのだから、別に貰わなくても良いのではとは思ってしまう。
お開きとなったあと自分たちの天幕付近に戻り、パリッセさんのグループと酒盛りを始めることにした。少し開けたところで焚き火を始め、隣には消火用とのことで大きな桶に水が用意されていた。なるほど、こうしておけば焚き火をしても問題ないのか、と納得しながら火を囲んだ。自分たちも含めると40人を超える大所帯となったが、これまでの経緯からパリッセ夫妻と同じ焚き火を囲むこととなった。パリッセさんが言う通りそれなりに蓄えはあるのだろう。屋台で買い揃えられた食べ物は他の焚き火を囲む人たちよりも豪勢に思える。とは言え、このグループの人たちで炊き出しを貰っている人は誰もおらず一般人よりもかなり裕福なようだ。
乾杯の音頭の後、さっそくの宴会となった。こちらの世界の中世と同じく、トマトやジャガイモなどの中南米原産の品物は見当たらない。今までの避難行の質素な炊き出しでこのやはり中世の一般の食事なんてこんなものかと思っていたが、今回のメニューは見ただけでひと味もふた味も違いそうだ。数種類のソーセージにパテ、さらには具沢山、大盛りのラザーニャがメインデッシュでのようだ。さらにはピクスルとチーズも酒のアテとして用意された
「美味しい……」
山田さんがホワイトソースたっぷりのラザーニャを一口食べて感慨深そうにつぶやいた。
中南米原産の品物もない。南アジア、東南アジア原産の香辛料もこの世界でも希少で一般庶民の口には入らない中世の食事は貧相なはずなのではという疑いは、あっと言う間に一掃された。
「いやー、こんな贅沢な飯は何ヶ月ぶりじゃろ」
「ちょっと今日は奮発した上に、こんな小さな街でもローの街と川でつながっていますから色々ありますね」
ただ、パリッセ夫妻のその会話からこんなご飯を毎日食べられるのかと思った希望は一瞬で打ち砕かれてしまった。だが、それでもこの今ひと時の味は何にも代えがたい。この世界に来てから唯一食べた濃い味はジャンクフードで、その塩辛い味とはまた違った濃厚な味はほっとした味がした。この濃厚な味は牛乳の質が高いのだろうか。そこまでグルメではないため、よく分からないし、もしかしたら、美味しい食事が久しぶりなことや、今までの緊張から解き放たれたことによる精神的な部分も大きいのかもしれない。
「ところで、魔法ってあれは我々にも使えるのですか?」
宴会が始まってしばらくして、辻野さんが恐る恐るパリッセさんに聞いた。
「おお、基本的には誰にでも使えるぞい。もちろん、向き不向きはあるし、鍛錬を積む必要はあるがの」
誰にでも使える、との言葉を聞いて全員が目を輝かせている。自分もあんなことができるのであればと想像するとワクワクしてしまう。
「今日はもう暗いし、何より酒じゃ。明日舟で下るにしてもどっかで落ち合うことができるじゃろ。そんときに初歩の手ほどきくらいはしてやるわ」
そんな我々の表情を見てパリッセさんが胸を叩きながら指南を請け負ってくれた。その代わりなのかはわからないが、どうやら大酒飲みのパリッセさんに付き合わなくてはいけない空気がいよいよ濃くなってきた。
酒が進む中でお互いの身の上話も進んだが、自分たちの話を理解してもらうのはかなり難しいようである。大学、という存在を10分以上は話したはずだが、たぶん半分も伝わらなかったはずである。現代の科学技術などを話すのはさらに難しそうでホラ吹きに思われるかと思い話すのを早々に諦めた。
パリッセさんたちは爵位もない一般人だったが、魔法や武術に優れた傭兵として魔物討伐でそこそこ名前を売った存在であること、息子世代に現役を譲り渡した後に地方に移住してそこでさらに安定した定住を目指したことは分かったが、なぜあんな地方に移住したのかはあまり理解できなかった。1つ理解できたことは、この世界ではこうした魔物の発生による避難はそれなりにあることで、大半の地方住民は人生で1度か2度は経験することらしい。
「姉ちゃん無事で良かったなぁ」
「でも、ちょっと傷跡が残っちゃったみたいで……」
滝本さんにずっとじゃれていた姉妹が寝た後で、いかついおっさんが滝本さんに近づいて話しかけていた。パリッセさんの奥さんが心配そうに滝本さんの肩をさすりながら心配そうに呟いた。
「おお……若い娘っ子なのに……」
「腕が動かなくなったわけでもなく、ちょっとした傷跡がなんですか。全然気にしてませんよ。それよりもっと飲みましょう」
滝本さんは豪快に笑い飛ばしながらワインを煽っている。さらに隣では小谷君がおっさんどもにはやし立てられて、上半身裸になって何やら怪しい踊りを踊っており、さらには、そこに辻野さんが加わり始めた。一番たちの悪いのは山田さんだった。どうやら泣き上戸らしく、パリッセさんを捕まえて愚痴をこぼしている。自分はというと高部君と松田君とわけのわからないカードゲームに誘われ、負けるたびにワインを飲まされていた。
「ランタン持って来い」
こちらの世界のトランプと全く同じで1から13まであり、ハート、スペード、エース、クローバという呼称でなく、サラマンダー、シルフ、ウンディーネ、ノームになっていることだけが違いのようだ。自分たちの世界のカードゲームと同じであることに困惑しながらもプレーしているがなかなか難しい。ハンデを付けてもらっているが、かなり負け込んでいる。それに気分を良くしたのかおっさんどもは上機嫌で明かりを灯して勝負を続けたがる。
ついにはワインよりも強い酒が出され始めた。
「これはグラッパ?美味しいですねぇ」
どうやら小谷さんや辻野さんに加わっていたらしい上半身裸の後藤さんが戻ってきて、それをあおり始めた。一口飲んでみたが、どうみても40度以上ありそうな強さである。罰ゲームのお酒をこれにしようというおっさんどもの提案をその奥さんたちらしき人が出てきて止めてくれたのには心底ホッとした。
松田君と高部君が半分潰れてしまい、残るは自分1人となりカードゲームをしながらふと隣を見るとグラッパを煽る人が1人増えている。滝本さんが豪快にグラスを一気飲みしている。
「いけますねー、これ」
「お、姉ちゃんいける口だな」
うわばみがここにもいる、と思ったのが最後のまともな記憶であった。その後、滝本さんがおっさんたちに混じって騒いでいるのをなんとなく覚えながら眠りについた。いや、眠りについたというよりも酔いつぶれたというべきだろう……
基本週1くらいで投稿していきます。
完全初投稿なので、意見が1つでもいただけたらうれしいです。
途上国の農村に行ったことのある人ならわかると思いますけど、たまに出される豪華な料理はうまいですよね。塩と豚肉だけでごちそうです。
6/2追記 入院中・・・下手したら6月中更新なかったり。失踪はしないです




