第17話 ビジネスライク
「フゥー」
オールドスランガーズ本拠地、会議室。副隊長が息を吐いた。背筋を伸ばす。ひと仕事終えたよう。当然安心が幾重にも渡る。自慢げに肘を突いた。足を組み、周りに花でも咲いているような笑顔。
「飯テロとヒャッハーズは分離。飯テロは大量の弾を失ったためおそらく物資不足。継戦能力は著しく下がった。いやー! やっと私達に勝ち筋が。ねこ総隊長も喜ぶだろうな」
「副隊長、油断できません」いつものメガネが水を差す。彼の役割を知る副隊長の女は不快に思わない。
「じゃあ次の手はどうしようか」
「経済同盟内に潜む飯テロを探し出さなければなりません。工場を襲うことはすでに解り切っています。だから前回奇襲できた。そしたら、次は彼らも物を欲しがる頃。どこかの基地を襲わざるを得ないでしょう」
「ふむふむ」わざとらしく頬に手をあてた。
「察しの通り、あの工場付近の基地はオルスラが警備しています。マーイッカ、ブロンド、オイオイオイ、朕をそれぞれ付近の各基地に送りました。その他、部隊はいつでも出られるようにしています」
「万事おーけーだね。でも、ハチ公やれるの?」
「問題はそこです。あれだけは、弾なしで戦えます。一応オサムも。他三人をキルできれば、あとは焦土作戦でやれますが」
「いや上は焦土なんてしたくないでしょ。まぁ飢えでやれるか。そういや前線はどうなの」
「現在も同盟が有利です。懸案とされていたピースサイダーも、何とか食い止められています。とはいえ、被害報告は多いですが」
「よかった。じゃあ、やっぱ飯テロか。ともかくキルできれば、ウチらに箔がつくんだけど」
「そうすれば行政に関われるんですがね」
「ところでさ」「はい」
「何で二人で会話してんの」
「皆出動しましたから」
「じゎあ会議する必要なくない?」
「そうは言っても、予定では会議の時間ですし……」
なぜか変なところで役所気質なオルスラであった。
同盟のある基地。
「草食、弾を温存しろ! 逃げるだけなんだぞ!」
「でもサムが!」
「クソ、弾切れか」
プロペインが銃座にいる。そして弾切れ。バンの機銃はすでにお荷物になった。足を部位損傷し、BBに引きづられている。二人の背後から同盟軍及びオールドスランガーズ。BBは弾丸を斬って対抗。彼は後ろ歩きで逃げていた。オサムも腕は動くので応戦。
オサムが手榴弾を投げる。爆発。なおも攻撃止まらず。しかし車まで逃げることができた。装甲はグチャグチャだ。オサムを車に投げ込み、BBはバイクへ。プロペインは運転席へ。一気に走り出す。
「もう勝負ついてるから」
指揮官のブロンドは逃げる飯テロを鼻で笑う。追撃。堂々と玉座付きの車で。囲むはテクニカル。装甲はないが、だからなんだ。数でごり押せと車輪が鳴る。
レモンの狙撃。ヘルメットのわずかな隙間を縫ってヘッドショット。ブロンドがデス。指揮官を失い混乱が広まる。
「ブロンドが死んだ!」「この人でなし!」
飯テロはスモークを展開。最後のスモークだ。視界を切り、逃げ延びた。
車内でレモンがオサムに回復剤を注射。部位回復剤も刺す。HP全快。足も動かせるようになる。しかしオサムの顔はなお歪ませている。
物資の減少を恐れたまんぷくテロリストは、基地に潜入し奪うことにした。潜入員としてBBとオサムが行った。見つからず、物資だけ取る。その予定は、敵に見つかることで終わった。二人は戦士であり、潜み進むことは素人だ。プロペインも知っていること。負け戦とは、やりたくなくてもやるものなのだ。
「撒いたか」
口早にプロペインが言う。焦っている。草食は背後を見てわ誰も来ていないことを知る。
「いないよ」「よし、車を隠そう」
夜だから潜むことはできた。このゲームは基本開けた場所しかない。身を隠すにもひと苦労だ。
結局、荒野の真ん中に停車した。隠せていない。そうせざるを得なかった。ガソリンもそろそろ危険水域。苦肉の中でも酷い策だ。
休憩のため降車。ビルとオサムは緊張下から解放され、肩を揺らして倒れ込んだ。オサムは集まる仲間を目に写した。
「すみません……」
「いいんだよ、サム」草食が頭を撫でた。「どうしようもなかった」
その言葉でいくらか救われた。「休んでくださいね」とレモンからも言われる。天を仰いで目を閉じた。寝るつもりはない。
プロペイン、草食、レモンは集う。BB達に気を使わせないよう距離を置く。作戦は失敗。いつもならすぐ飛び出る案も、この時は不作だ。
「どうする」
プロペインは腕を組み、渋った。レモンも望まずに口を切った。
「物資的に、奇襲も無理です。私もあと二十発しかありません。弾を補充しない限りハチさんとサムさんに潜入してもらうしか。まぁ、刀の耐久値は減りますが」
「でも、サムはやらせるべきかな」草食は躊躇いがち。「プレッシャーとかあるし。何より、二人だと見つかる可能性が高くなる。その分多く持って帰れるけど」
「ハチに、任せるしかないか」
締める。プロペインの言葉に異論はなかった。いつもなら、全会一致は歓迎すべきだ。今は手札の少なさを恨む他ない。
「じゃああたしがサムに言う」
「いいのか、草食」
「憎まれ役まで二人に譲る気はないよ」
草食はオサムのもとへ行った。プロペインもレモンも、無力を実感した。自分達が何とかしなければ。そんな想いは、すでに海洋に挑むアリであった。アリ同然まで落ちた。その自覚が喉を絞める。
草食がオサムのそばで屈む。オサムは目を開けて彼女を見る。草食は、姉らしい瞳を向ける。向けられている方も、察した。言いづらいことを言われる。草食が口を開いた。
「次はハチ一人で基地に潜入するよ。だから、休んでね」
「……はい」
「サムが弱いからじゃないよ。一人のほうがリスクが少ないだけ。だから、気にしないで。ね?」
「……はい」
草食に自責がほとばしる。己を蔑む。目の前の彼女は悔しそうに、でも素直に言うことを聞いた。そんな可憐な彼女に恨まれもしない。自分のせいにしてくれれば、オサムの気も楽だろうに。頼れない大人として、自己評価は下がる。
オサムもまた、自己を嗤う。軽々しくも、場を盛り上げられる草食。そんな彼女に気を使わせた。無力のせいだ。だが誰も責めてこない。当たり前だ。責めてどうにかなる問題ではない。理解していても、だからこそなお苛立った。この状況でも頼りにされるBBに、醜い劣等感を抱いてしまう。今の自分は、髪先から爪先まで嫌いだった。
草食はハチに呼びかける。
「ハチ」「了解」
一言で理解された。BBは弱音も吐かず立ち上がるり確固とした意思を持ち、草食を見た。その目は闘士の目。夜に燃やされ輝いている。
BBは決意する。目的を達成すること。オサムを守ること。彼女は確かに強くなった。それは確か。だがまだ至らない部分がある。今回、それが解った。敵の気配を感じ取れず見つかり、精神的に参る。非難のつもりはなく、むしろ自分を轟々に中傷したい。彼女をフォローできなかったのだから。
休憩は短かった。全員車両に乗る。バンの機銃は使えない。その代わり、オサムはプロペインの機関銃を借りた。万が一の場合もこれで戦える。戦うというより、逃げるだが。
出発してしばらく。会話はない。明かりを見つけた。敵の基地だ。何の基地か調べる余裕はない。BBはバイクをおりる。岩の後ろへ隠した。岩が小さくて全部隠しきれなかった。
「頼む、ハチ」
プロペインが頭を下げた。BBも会釈。最悪、BBはデスする。そうなればもう終わりだ。彼の持つ高周波ブレードや、彼そのものの戦力を失う。デスすれば、彼は荒野で孤立する。
BBは見つからないよう匍匐で進む。岩と岩の間は中腰で走る。サーチライトが照らされていた。
基地は鉄柵で囲まれている。ブレードで切断。電流などは通っていない。中へ。足音を立てないよう移動。本音としては、高台に行きたい。高台には敵がいる。キルしてしまえば、リスして侵入に気付かれる。ゲームなのに、ゲームのようにはいかない。
建物と建物の間。そこから見えるのは、巡回中の兵士の多さだ。やけに多い。これは巡回ではなく移動だ。BBから見て左に行っている。
BBは狭い建物間を行く。兵士達とは逆の方向へ。まず見つからないこと。次に偵察。そしてやっと目的へ。偵察のために彼は動いている。
また基地内を見た。倉庫らしきものが見えた。あれは戦車を入れている。
補給基地ではなさそうだ。なら寝室を見つけなければ。兵士の私物を盗む他ない。特に弾。効率が悪く、リスクばかり。貧すれば鈍する。今の飯テロは全くその状態だ。
サーチライトがBBのほうへ。伏せて身を隠す。息を殺す。トラックが付近を通過。走行音で耳を潰される。通り過ぎた。見つかっていない。
「おい、そこで何をしている」
心が凍りつくより早く抜刀。振り返る。兵士、男。刃を構えて斬る。コンマ一秒未満のこと。だが避けられた。
「ま、待て、お前ハチ公か?」
素性が割れている。焦った。銃器は使えない。立ち詰め寄る。
「待て待て! 話がある!」
兵士も周りを気にしたのか、声は小さい。罠かもしれない。攻撃続行。腰を抜かし兵士は倒れる。
「本当に待て! 俺は、俺達は敵じゃない!」
そう言い、武器を捨てていく。降参の手を挙げた。BBは戸惑い、しかしキルを考える。無線機まで捨てた。
BBがさらに詰める。兵士は悲鳴を押し殺した。背中が地面につく。首の横にブレードが刺さった。刃を兵士の方向へ向ける。倒せば首は転がる。
「敵ではない、と」BBは低声で迫る。「味方でもない。なら」
「味方だ、味方だ」もう兵士は動けない。
「どういうことです?」
「俺達は……待て、人が来る。隠れろッ」
兵士が起きBBを背に隠す。基地の外周のほうへ行かせた。サーチライトが当たらない場所へ他の兵士が来る。
「あぁん? お客さん?」
「おつかれー。客はいないよ」BBを庇う兵士は平常通り対応。
「ありがとな。トシ」
「トシじゃないけど」
「いかん……いかん! 危ない危ない危ない危ない危ない危ない危ない……」
「確かにもう捜索隊の出る頃だな。お前らは巡回?」
「つらいのうヤス」
「巡回か。俺もだ。そんじゃな」
「ナイスでーす」
オルスラは言いたいことを言って去った。兵士は大きく呼吸した。難所は切り抜いたか。彼がBBにジェスチャー。ブレードを抜いたまま着いていく。兵士は武器を拾わなかった。拾えなかった、が正しいが。
「仲間に会おう」兵士が言う。
「その前に」
「解っている。俺達は連邦の味方だ。同盟とは手を切っている」
「裏切ったと?」思わず鋭くなってしまう。
「向こうから見たらそうかもな。だが俺達はPMCだ。金払いのいいほうにつくさ」
「それだと信用されないのでは?」サーチライトを避ける。
「信用も何も。同盟では連邦につく奴が増えてきているのさ。上もそれに従っただけよ。まだ残る奴は残るが。着いたぞ。ちょっと待て」
そこは倉庫の一つだった。BBは警戒で体をほぐす。いつでも斬れるよう、あえて殺意を隠す。
扉が開けられる。中へ。カードゲームで遊ぶ兵士達がいた。たまり場のようだ。BBは視線を受け、目を動かす。武装は全員同じ。倉庫内は木箱多め。弾薬か。食糧はない。
「え、ちょっと」女の兵士が叫声を堪える。「もしかしてハチ公?」
一緒にいた兵士が唇に人差し指を当てる。
「ヤバッ、俺知らせてくるよ」
一人の兵士が動き、BBが飛び出す。今知らされれば、こちらの存在がバレる。
「落ち着いてくれ、ハチ公」一緒の兵士に止められた。「言ったろ、仲間だ」
「何を証拠に」
「まだ攻撃してないだろ?」
ここは一旦引いた。兵士のが一人外へ出た。代表して、BBを連れていった兵士が喋る。
「俺達の企業は、同盟の経済戦争に見切りをつけた。他の企業も寝返ってるよ」
「なぜ?」BBは横目で睨む。
「買収されているのさ。連邦の政府にな。結局は企業だし、より優しいほうに着くのさ」
「政府が? 聞いてませんが」
「そりゃそうだ。つい最近始めたことだからな。あと聞かれる前に言っておくが、オルスラは最後までやるつもりだ。つまり俺達とは敵対している。まだ表には出てないが」
「それで、オレを助けてどうするんです。こういうのは影からやるべきでしょう。潜入しているオレと協力しても……」
「飯テロを助けたとなりゃ、評価もよくなる。納得してくれたか?」
「まずは仲間に知らせます。その間、武装を解除してください」
「いいよ。敵地だしな」
BBは無線機を取る。兵士から目を離さない。傍受の不安はあったが、通信する。
「こちらBB。聞こえますか」
「どうした、何があった」
「プロペインさん、基地の兵士がオルスラ以外こっちに寝返りました。今も目の前に同盟兵士がいます」
「罠じゃないのか?」
「可能性はあります。しかし、それにしてはバカに丁寧です。武装も解いています」
「そうか」しばらく間があった。「こちらからはまだ何もできん。どうするつもりなんだ、そいつらは」
BBの眼光に押され、兵士は説明する。
「上官へ連絡したあと、オルスラを基地から叩き出す。そして領内で暴れる、と思う。下っ端だから詳しくは知らない」
「だ、そうです」
プロペインは喋らず、嫌な沈黙が流れた。
「経過を観察してくれ」
「了解」
通信終わり。外に出た兵士を待つしかないようだ。ブレードは手に持ったまま。周りの者は困っていた。
「ね、ねぇハチ公」女兵士が尋ねる。「ピースサイダーってどんな感じ? 面白い人いる?」
しかしBBは黙り込む。
「あ、あはは。そうだよね。自社のこと迂闊に話せないよね。じゃあ、その、オルスラで強いと思った奴は誰?」
しかしBBは黙り込む。
「あ、あははははは。あー、うん。えー」
女兵士は周囲を見る。BBに対し会話を試みる愚か者はいない。しばらく同じ空気が流れた。




