第6話 ゲームにおける勝利
経済同盟と三千連邦における塹壕戦。その勝者は三千連邦。同盟は大規模な戦線の引き直しに迫られ、勢いは弱体化していた。ラジオでは日々戦勝報告がされている。
夜。そのラジオを聞きつつ、連邦の兵士達は休んでいた。戦争は今もなお続いている。だが勝利は祝わねば。ピースサイダーの者達はキャンプを作り騒いでいた。特に解放旅団が。
オサムは一人呆けていた。いつものBBはオーウェルに捕まり話し込んでいる。質問責めのほうが近いか。プロペインはハリーと交友し、レモンは草食と一緒にいる。こういう時、彼女は一人だ。孤独を愛するたちではないため、寂しい。
レモンが戻ってきた。オサムは彼女を発見。やっと安堵する。レモンはオサムの状況を察していたのだろう。コーラを二つ持っていた。隣に座る。焚き火が熱い。
「サムさんは他の人と話さないんですか」
「わたし、コミュ力低くて」
「もう。まず話してみないと解りませんよ」
「そうなんだけど。話の取っ掛かりが解らないし」
「そういうのは、何飲んでるのーとか聞けばいいんですよ。あとは流れで」
乾いた笑いしかでない。できる人はできる。できない人はできない。言い訳じみているが、オサムは真実だと思う。
「レモンは、現実では友達とかいるの」
「もちろんです。皆楽しい人ばかりですよ」
と、話を続ける。だがこれ以上踏み込むのはレモンの勘が許さない。恐らくオサムに友達はいなかったのだろう。そこに触れるのは慎重になるべきだ。
レモンはうつむくオサムに近付く。顔を覗き込みそっと微笑んだ。オサムも、諦めたように笑みを深める。萎れた花のような儚さ。
「わたしは、友達、いなかったな」
オサムは目を閉じ、述懐。レモンは驚きもせず、大きな同情もしない。ただ、頷いて聞く。
「よくいじめられててさ。何で標的にされたのか解らないけど。そんで、近付く人がいなかった。何でだろうね」
自嘲のため息。レモンが手を差し伸べる。
「可愛かったからじゃないですか?」
「え?」
オサムとレモンの目が合う。レモンは真面目な目付き。少したじろぐ。
「サムさんって、可愛いんですよ。嫌味がないというか。だから、嫉妬されたんじゃないでしょうか。いじめなんて、そんなおバカなことから始まるものでしょ」
「……そうだといいね」
その答えにレモンは不安。もしかしたら別の理由があったのかもしれない。しかしオサムは少しスッキリとした顔立ちになっていた。端正な表情は、どこか耽美的だ。
瓶を開けることにした。レモンは王冠を飛ばす。少し飲む。ぬるい。政府から貰ったと雫の言うコーラ。ケチな役人だ。
「実は、私もサムさんに嫉妬しているんです」
「何で?」
「だって、ハチさんとあんなに仲がいいんですもん。それなのに、なんだか進まなくって。モヤモヤしちゃいます」
「ハチのこと……嫉妬してるんだ」
それがどこか宣戦布告めいていて、恐怖する。レモンはそんな彼女を見て自身の髪を撫でる。
「そういうワケじゃないですよ。そういう視点でハチさんは見てないです。ハチさんも私相手ではそうだと思いますよ」
「別に、わたしもそういう目で見ているワケじゃ……」
「見てないんですか?」
驚愕で食い気味に聞く。
オサムは口を開けて閉じて、言葉を失う。本当にそう思っていると自覚している。その自覚を信じ、言葉を継ぐ。
「見て、ないよ」なぜか心に吹雪が舞う。「別に、そういうのじゃ」
「なら、何でそんな顔しているんですか」
さっぱりと言葉が消えていく。これ以上は来ないでほしかった。己の中の深淵が手を伸ばしてきそうだ。呼吸を止めそうだ。喉につまる異物のよう。それを放たれたくはない。
レモンも手を引こうと判断。そして、立入禁止だとも知った。でも、手紙を紙飛行機にして送ることはできるのではないか。
「サムさん。その刀、ハチさんのですか?」
「え? うん」
「貰えて嬉しかったですか?」
「まぁ、うん」
「じゃあその気持ちは大事にしないといけませんね」
「やめてよ。恥ずかしい」
オサムが顔を背けた。耳まで赤くなっている。レモンの目は暖かい。かえってより恥ずかしい。コーラを飲もうと瓶を開けた。炭酸が一気に吹き出る。地面にこぼれた。
二人は見合って、笑う。これ以上なく快く。この炭酸に乗って、悩みまで流れていきそうだ。
「私は」レモンは笑いを抑える。「サムさんともハチさんとも、親友になりたいんです」
先程までと違いオサムにも余裕がある。だから、親友になりたいという、嘘さえ考える直球
受け入れられた。
「そう言われても。わたし、友達か何かさえも知らないよ」
「これから知ればいいじゃないですか」
「そうかな。そうかもね」
オサムは、レモンとの間に何かを感じた。BBへのものとは違う。家庭料理に近く、フレンチとは別物。手を見る。コーラがある。これだ。オサムは弾ける炭酸と友情との、奇妙な一致を見た。
「じゃあさ」コーラを一口飲んだ。ぬるい。「今度、悩みがあったら言っていい?」
「もちろん。秘密は守りますから」
レモンにとって、自分は数ある友人の一人なのだろう。冷静に捉える。しかし、そこに優劣の差はない。一番にはなれないかもしれない。けれども、二番と三番はないのだ。悲哀はなく、残酷なまでの優しさがあるのだ。
そう思うと、レモンが別のものに見えてくる。彼女には彼女なりの矜持があり、それを元に動いている。本人は恵まれていると言った。確かに、その年で軸があるのは、恵まれている。
「レモンって、もしかしてモテる?」
オサムが下世話な笑みをしだしたので、レモンも調子を合わせる。ペロッと舌を出しておちゃらけた。
「モテるだなんて」
「告白されたりは?」
「されましたけど。何回か」
「じゃあやっぱりモテるじゃん」
「えー。あぁいうの怖いんですよー?」
二人はそうした恋バナに話が落ち着いた。それはまさしく友であり、オサムの心が癒えていった。
プロペインとハリーはチェスをしていた。やけに遊び道具が多い。全部解放旅団が持ってきたものだ。ゲームの中のゲーム。それがボードゲームともなるとより変だ。
二人は政府の役人から声をかけられていた。今回の戦闘で、ピースサイダー、その中の二組織、拳警隊も飯テロ。その二つがかなり注目されていた。特殊な作戦への参加を、政府は真面目に参画しているだろう。
「しかしだ」プロペインはクイーンを移動させる。「あの話は本当なのかねぇ」
「有澤火薬庫による巨大列車砲使用計画」ハリーが盤面を睨みながら呟く。「考えはわかるが」
「列車砲による攻撃で、敵の工業地帯を破壊する。ずいぶん手間がかかるな」
「仕方のない側面もある。このゲームには飛行機がない。あるのは各種ヘリだけだ」ポーンを移動させた。プロペインはノンアルウィスキーを飲む。話を続ける。
「だから、敵へ向かって爆撃ができない。できないから、そもそも補給を断つことができない。すると防衛が常に有利となり、攻める我々は補給が続かないと」
「補給は工夫すればいい。しかし、敵の補給を断てないなら、なんもとな」
「そこで列車砲の出番。射的距離まで近付き、ドカン。工場を破壊する。頭がいいんだか悪いんだか」
「だが……でかすぎやしないか。あの列車砲。聞いただけで頭痛がするぞ」
「そりゃそうだ。戦前ドイツのグスタフやらドーラが元ネタなんだから」
二人はため息を吐いた。
役人が話していたのは、有澤火薬庫という企業が造り上げた、巨大列車砲という兵器の運用についてだ。元ネタは二人の話した通りだ。
彼ら二人が列車砲に消極的なのは、当然砲弾のことだ。話に聞いたサイズのもので撃つとなると、一発何サウザント、いくらなのか。質問すると濁された。つまり、相当だということだ。
そうなると政府は撃つのを渋るだろう。小さな政府を自称するだけあって、税金はあまり取らず、結果税は寂しい。爆撃機がない以上、あれを撃ってくれないと現場は困る。
さらに運用も問題である。撃つにしても、標的がないといけない。そして目標は工場だ。それを見つけるためにどうすればいいのか。もちろん偵察だが、経済同盟の中で探せと。だだっ広い草原で四ツ葉のクローバーを探せと言うもの。見つけただけで運が尽きる。
「でも、どうせ俺達がやることになるだろうな」
プロペインはまたため息。チェスもだんだん追い込まれ始める。ハリーは本気でチェスをしていた。
「そうだろうな。政府へ勝ちたいからな。経済同盟の領土はそれだけで魅力的だ」
「だな。ところで、有澤火薬庫ってなんだ」
「バカな企業だ。大艦巨砲主義に酔っている。昔も装甲列車を大真面目に造って政府を呆れさせている。あと今もそうだが、移動要塞を造っている」
「移動要塞?」
「都市一つ分の多砲塔戦車らしい。ヘリポートもあるそうだ。クラフトアイテム欄に入ってないから、一から設計しているらしい」
「ずいぶんまぁ、楽しんでいる連中だな」
「残っているのが不思議なぐらいだ」
チェスはチェリーの勝利で終わった。
二人は外を歩きつつ酒を飲む。ハリーは頑なにジュースを飲んだ。プロペインは空を見た。
「この後どうなると思う?」
「また塹壕戦にはならないだろうが、少なくとも連邦が攻めるだろうな。そしていつか、飯テロが同盟に侵入し、偵察する。頑張りたまえ」
「拳察隊も活躍したじゃないか」
「キル数は劣る。どうせ飯テロは合計は百を超えてるだろう。そっちに任せる」
「俺はただ運転してただけなんだが」
プロペイン達が通った脇で、草食と解放旅団がブラックジャックをしていた。草食はまたも大敗。情けなく崩れ落ちているのを、雫が拾ってやった。
「全く。ちょっとのめりこみすぎよ。加減しないと」
「いけるハズだった。いけるハズだった!」
「二十からのダブルは強欲すぎると思うわ」
「だって二十一にしたいじゃん」
「あのねぇ」
呆れつつ椅子に座る。草食も隣に座る。渡されたビールを仰向けに飲む。
「草食って、ギャンブル好きなの?」
草食は一瞬で凍りつく。好きと答えれば、ダメな印象を与えてしまう。嫌いと言って、あとで嘘と知られれば信用を失う。普通と答えるべきか。しかしあの熱狂は大勢に見られた。
「隠さなくていいわよ」雫が頬をつついてくる。「好きなんでしょ」
「ハイ好きです」素直に言った。
「加減は知っておきなさいよ。友人に借金してどうこうとかはよく聞くけど、そうならないようにね」
もうなっている。幸いこの世界ではまだ借りていないが。現実では借りすぎて友人を失った。当たり前のように、マケメロンから借りていることを忘れていた。
「気を付けるよ」冷や汗が流れる。
「草食は熱心だからね」
ポジティブすぎる。草食は恐れをなした。ギャンブルにのめりこむ様子を、熱心と言えるのその瞳の有り様に、草食は恐怖する。自分がもう一人いたら殺人罪で逮捕されるだろう。
「そういえば雫」話をそらすために個人情報を探る。「言いたくなかったら言わなくてもいいけど、お子さんがいるんだよね。いくつ?」
「まだ一歳。とても元気な女の子なの」
「へぇー! かわいいじゃん!」
「うん。とてもかわいくてね。夫も頑張ってくれてね。彼とは何度も旅行したっけな」
「え、旅行?」
「うん。富士山とか、ハワイとかの王道には行ったよ。あとは軽井沢にも行ったかな。子供の時はよく連れていってくれたなぁ」
「へ、へぇー」
マウントを感じた。草食は改めて畏怖する。この女は、社会的に上の人物だ。このご時世旅行なんて気軽にはできない。テロや治安の悪化がある。
たとえできたとしても、この時代では良いところに行っている。草食は疑念の種を討つべく質問する。
「ねぇ、治安とか怖くないの?」
「いや? ガードさんがいるし」
警備がつけられていた。お嬢様だ。住んでいる世界が違う。このまま収入がいくらか聞いてみたいものだ。もちろん聞かない。格差で絶望しそうだ。
「それにしてもさ」雫が話題を変える。「まんぷくテロリストって本当にに強いわよね。わたし達では拳察隊が一番強かったから、感覚おかしくなっちゃう」
「まぁ、拳銃とは二度戦ったからね。二度目は参加しなかったけど」
「やっぱ強かった?」
「うーん、どうだろう。銃弾斬れるのがうちにはいるし、そんな強いイメージはないな。あ、このことはハリーには内緒で」
「いやいや、ハリーとは同じこと言ってた。相手が悪すぎるって。BBくんやオサムちゃんをよく言っているわ」
「あの二人は最強だからねぇ。あたしは勝てない。特にハチは無理だね」
「ハチ公って呼ばれるぐらいだしね。草食は戦ったことあるの?」
「ハチと? うーん、本格的にはないかな。一度あの子のショットガンを弾き飛ばしただけ」
「早撃ちで?」「うん」「やっぱすごいなぁ飯テロは。わたし達すぐやられちゃったし」
「どうも。でも、ピースサイダーの頭は解放旅団でしょ?」
「そ。いつか貴方達に変わるんじゃない?」
笑う。雫は純粋に笑い、草食は話題を変えてくれたことを喜んだ。
BBが戻ってきた。オーウェルにさんざん褒められ潰れた。彼を忌々しげに睨んでもどこ吹く風だ。
「いやー。ハチ公の名で特集を組めそうですよ」
自分の個人情報は守り抜いた。しかし戦歴は拐われた。もっといい雇い主がいるとも言われた。BBは困惑するだけだったが。




