第1話 渚の道中
プレイヤーズから脱走して数日。一行は西へ進み続けた。もうプレイヤーズの追っ手は来ない。その安心がスピードに表れる。とはいえそろそろ退屈しているところだ。
休憩中にスコスコから聞いた話をBBは思い出す。三千連邦についてだ。
三千連邦は、グラフでいうところのその他らしい。プレイヤーズ、リベルタリア、経済同盟が現在の巨大組織。そのどれにも所属しなかった者が集まってできたのが三千連邦。小さな政府を自称しているというので、一応国家的な役割もあるそうだ。そこまで強くないらしいが。
では隣の経済同盟はどうなのか。これはまさしく企業同盟と言えるものという。金だの何だののために動くプレイヤーが集まるそうだ。三千連邦と対立し、戦争している。
なぜ戦争しているのか。そう聞くとスコスコは、ただ金のためと言った。どうも経済同盟は戦争で経済を動かしているらしい。
BBはどうしても、脱出に関わる人物がいるとは思えなかった。というより、脱出を標榜しているのはプレイヤーズぐらいなのだ。他のものは聞いたことがない。自分が知らないだけかもだけど。
アスファルトの上も砂利の上も走り続ける車の集団。そんか彼らの目に、街が映った。廃墟だろうか。物資補充の準備をする。
だがよくよく見ると、汚れはあるが朽ちてはいない。人の賑わいも見える。人がいそうだ。にわかにざわめく。
「よぉし! ようやく着いたぜ」
スコスコが腕を上げた。暴風神風は歓声をあげ、口笛を吹き喜ぶ。
周波数を変えた無線でプロペインが尋ねた。、
「スコスコ。目の前の街はなんだ?」
「ペイン、あれだよ。あれが連邦の首都だよ。長かったな」
「何? 本当か?」
「本当だよ。来いよ! まずは挨拶からだ」
首都は目前。その前に検問。大きい車列を見ていささか驚いている。
車に乗る誰もが物資を探した。だが緩いもので何も払わず通れた。スコスコら暴風神風と並んで走るBBは、そんなことより街のほうが大事件だ。
車道と歩道がある。信号機等はない。長いビルがある。人が大勢行き交っている。地面にはゴミまみれ。有り体に言えばスラムのよう。けれどもこの生活感、これが彼を驚愕させた。都市。攻めたことはある。だが平和な時を空気として受けとるのは、この世界で初のことだ。
「どうだ坊主。スゲーだろ」
半ば放心しているBBに、スコスコが自慢気に言った。「はい」と単純な答えをして笑われた。それもそうだ。田舎から上京した少年にしか見えないのだから。
「ちと汚いのが嫌なところかな。俺様は好きだが。リベルタリアはモダンでキレイだったなぁ」
そう言いつつ十字路を曲がる。また曲がる。曲がる。長い車列は渋滞を起こしている。BBはそんなことより車が走ってあることに感銘の至り。戦うためではなく、移動という生活の一部としての車。もしかしてゲームを間違えたかとさえ思えた。
案内された場所は駐車場だった。皆ここで車を降りた。プロペインは料金表を癖で探したが特にそういうものはない。
一行は街を歩いた。BBはオサムの下へ行き共に進む。まだ会話はない。車の群れを受け入れるように目をそこらへ配る。
「なんか」オサムが誰へ対してでもなく呟く。「アジアな感じ」
「確かに。あ、バスが走っているよ」
BBが指差した。そこにはバスに乗り降りする人々。バスといっても、日本でよく見られるような四角形のものではない。アメリカの通学バスであるようなもの。いわゆるボンネットバスだ。ちなみに右に運転席がある。BBなどの子供達は気にしなかったが、車は全て左側通行である。
歩道を大勢が歩く。まんぷくテロリスト、ラストルネッサンス、スマイリム、暴風神風。良い意味で注目されねい。人の顔を見てもすぐ忘れる。都会だ。
歩くこと数十分。ビルの前でスコスコが止まった。三階建てのビル。コンクリート製。昭和のような古臭さを携えている看板があった。「ピースサイダー」と書かれている。
「おーいペイン達」スコスコが振り向いて言ってくる。「着いてきてくれ。他の奴らはちょっと待て。まずは話を通さなきゃいかん」
言われた通りまんぷくテロリストがスコスコに着いていく。両開きの扉を開く。そこには警備員の男が一人いた。アサルトライフルを持っている。
「何者ですか。用があるならまぶアポを……」
「スコスコだ。河流に会いたい」
「スコスコ……? あぁ社長の友人さんですか。しかしアポなしだと通せませんよ」
「全くその通りだ。だが今日は緊急の客がいるんだよ。飯テロだ。会わせないと損するぞ」
「は? 飯テロ? 彼らはプレイヤーズにいるでしょう」
「そうだったんだよ。ところで通してくれよ。それとも袖の下をお望みか?」
「バカなこと言わないでください。ウチは賄賂禁止なんですよ。社長はそこ厳しいですから。ハイハイ、通しますよ」
「ありがとよ」
もう一つある扉のロックを警備が解除。何事もなく進む中、レモンは警備員に頭を下げた。
スコスコは、これまた彩りのない階段を上り二階へ。狭苦しい廊下を通り、社長室、と書かれた部屋の前に立つ。草食はスコスコへ目を移す。
「社長?」「そうだよ」「面接?」「そうだよ」「受かる?」「絶対な」
ノックもせず扉を開ける。黒いスーツと同じく黒いボーラーハットを被った小太りの男が、デスクを前に腰かけていた。
一瞬迷惑そうな顔をしていた。だがスコスコと解ると呆れが半分の微笑を見せる。ふくよかな体型と相まって、実に柔らかな印象。
「スコスコ君か。久しぶりだね。ノックの習慣はつけてくれと言ったじゃないか」文句は言いつつ笑顔。
「よう流。今日は客を連れてきたぜ」
「あー、後ろのみなさんかい? 噂に聞く飯テロみたいですね。すまないが、出せるようなお茶はなくてですね。ま、どうぞこちらへ」
社長室の中の応接間へ通された。「どうぞ」と座ることを促された。プロペイン達大人は「失礼します」と言い座る。オサムとレモンはそれに倣い着席。BBだけが座らず立っていた。オサムとレモンは目配せし座るよう求めるBBは首を振り拒否。
彼もこれが失礼にあたるとは無論知っている。しかし、初対面の相手にうかうかと撃たれるワケにはいかない。注意を張り巡らした。
河流と呼ばれた男は苦笑してBBを見た。訪ねておいて警戒されるとは思いもしなかった。面白いとポジティブに受けとる。
「さて、失礼ながら、貴方達のことを存じておりませんので。まずは自己紹介から。私は河流と言います。河川の河と、流れるの流です。小さいながら傭兵会社をやっていまして、このビルの看板にあったように、ピースサイダーという会社です。このご時世、悲しいですが成功する職です。みなさんはどのような要件で?」
「えーっと……」面接で落とされそうな弱々しさで草食が受け答えする。「あの、あたしらまんぷくテロリストと言いまして、その……」
「お待ちください。今、まんぷくテロリストと言いましたか?」
「え? あ、はい。そうですけど」
彼はスコスコを見た。笑っている。視線を五人に戻す。河流は目を真ん丸に開けている。
「では、まんぷくテロリストが脱走したというのは本当なんですか……」
「いや、待ってください」プロペインが介入する。「プレイヤーズでもそうだったのですが、俺達が偽物の可能性もあるんですよ。なぜそんな……」
「勿論そのことは判っております。しかし、情報通りの見た目で、あいや、びっくりしました。最初、そういうコスプレかと思って、ハハハ」
河流は帽子を被り直した。小匙一杯分の混乱を慰める。あのまんぷくテロリストが目の前にいる。たった五人で戦局をひっくり返す化け物集団相手に護衛なしだ。しかもあのハチ公に睨まれている。これはスコスコの脅しだろうか。冷や汗。
「さ、さて。本題に入りましょう。どうして、私のところへ?」
「それはスコスコからの紹介です」草食に代わりプロペインが話を進める。「三千連邦に、脱出を目指す人がいると聞きまして。それでここまで来たという流れです」
「スコスコ君からの。ではみなさんも脱出を?」
「はい。となると、河流さんも?」
河流はコクリと頷いた。表現と動きの割に、意味合いは重かった。
「……私は、見ての通りの男です」突然始まる自分語りを、BBは冷ややかに見る。「妻も娘もいます。娘は高校生でしてね。良い娘に育ちました。現実でも、私は経営をしてましてね。残されている人を思うとどうにも……」
「心中、お察しします」プロペインが話を合わせる。
「私は現実に帰らなければならんのです。そのために、微力ですが戦っている。まんぷくテロリストのみなさん。どうか、力を貸してはいただけないでしょうか」
頭を下げられた。妻子がいて、経営をしている。戻りたい動機としては充分だ。恵まれたやつ。大した情報なくBBは断定した。そこに軽蔑はなく、諦観に近しいものがあった。
「もちろん、脱出に関しては協力したいと思っています。その前に、どう協力するか、そこから合わせませんか」
プロペインの言葉に、河流は納得。彼はまた帽子を被り直す。
「失礼しました。つい感極まって。はい、みなさんのことなら紹介は不要です。プロペインさんと、オサムさんと、スナイパーのレモンさん、早撃ちの草食さん、ハチ公ことBBさんですね。間違いは?」「ありません」「そうですか。それはよかった。でしたら、まず、わが社と傭兵として契約していただけないでしょうか」
BBはプロペインを注視した。彼もBBの視線の意味は理解している。プレイヤーズの二の舞はごめんだ。
「傭兵として、というのは」
「わが社は傭兵派遣サービスをしてまして。登録した傭兵を送っているのです。その内の一つに、みなさんが加わるということです」
「書類は?」
「申し訳ございませんが、紙はまだ貴重も貴重なので……。こういった場ですら使えないのです。口頭での契約になるのですがよろしいでしょうか」
「解りました。ただ一つ、これだけは約束してください」
「何でしょう」
「まんぷくテロリストの解散はさせない。これだけは厳守していただきたい」
「解散なんて……いえ、そうですね。スコスコ君、証人になってくれ」
そうして、あれこれ言い合って雇用された。草食にとっては初の採用。トントン拍子で決まってしまい実感がなかった。これからはピースサイダーの社員だ。今までもプレイヤーズで出ていたが、給料が出ることに。三千連邦の通貨、サウザントというものだ。
五人と一人は社長室から出た。この後ラスルネやスマイリムとの話し合いもある。あと住居の問題も。寮はないので探すしかない。
そこへ、一人の男が立ちふさがった。
「久しぶりだな。まんぷくテロリスト」
拳銃警察隊の、ダーティハリーがそこにいた。
「なっ」オサムは思わずナタに手を伸ばす。
「待て。私は今日からお前達の味方だ。拳察隊は、ピースサイダーに登録した傭兵達だ。社員だ」
「ええっと、じゃあ、よろしく?」草食がふざけた。それに「あぁ、よろしく」と生真面目に返す。
気まずい沈黙。スコスコも介入できない。お互い敵として相対したのだ。今更仲良しこよしができるものか。それでも草食がこの空気を破壊しようとする。
「どうして、ここに?」
「以前一大勢力を築こうとしてお前達に負け、リベルタリアで政争に負け、前線に送られ、お前達に負け、責任を負って追放となり、ここで拾われた。目的は一致していたからな」
「……目的?」草食にも解る嫌な予感。
「あぁ。この世界に秩序をもたらし、そして脱出をする。そのために色々してたのさ。だが気にするな。運が悪かっただけ、という奴だ」
まんぷくテロリスト達はハリーに目を向けられず、仲間同士を見合った。
とんでもないことをしていた。目的が同じ者を滅多打ちにしていたとは。後味が悪すぎる。もしかしたら協力できたかもしれなかった。
「だから、気にするな」
ハリーはため息を交えて言った。
「あー、えっと」草食が話題を変えようと努力する。「他に傭兵はいるの?」
「いるさ。解放旅団という。我々よりも規模が大きい。しかし一流とは言えないな。リーダーは信用できる。挨拶するか?」
「い、いやぁ。まずは外の人達に報告しないと」
「そうか。まぁなんだ。よろしく」
「よろしく」
つくつぐ人の縁とは解らない。
第2部始まりです。




