第69話 出発前
BBはボックスから装備、弾を持ち出し、出発に備えていた。また、ゲンへの返答も同時に考える。夕方。夜までもう少し。
まんぷくテロリストが解散するか、BBがゲンのボディーガードになるか。なぜ、ボディーガードなんだ。ゲンはまんぷくテロリストそのものを利用するつもりか。だからって断ればチームは終わり。そして、自分がチームに残る理性的、合理的意味はない。
なのに、なぜ。BBは迷っていた。ゲンに言われてからずっと考えていた。答えは全く出ない。彼はウジウジ悩むのが嫌なたちだ。メリットとデメリットを比べ、すぐに判断しなければ。
アサルトライフルを肩にかけ、ショットガン、拳銃の弾も確認する。刀を抜き、ステータスを見る。ポップアップされた数字を目にし、問題なしと判断する。
BBは少し、あることが疑問となる。銃に問題はない。悩みのボディーガードの話。チームの解散については、それはチームの問題ではないか。自分一人が抱える問題ではない。BBはゲンの演説を思い出す。奴を嘘つきと罵ったのは自分だ。なら、あの話も嘘でと思え。
ドアから飛び出した。相談のために。
「あ、ハチ」
目の前にはオサム。丁度廊下を通っていた。押し開けられた扉に驚いている。彼女は首を傾げる。
「急ぎ?」
「え、あぁ、うん」
そう言って、終わる。笑顔を張り付けたまま。嫌な沈黙。BBの思考回路はどうしてかショート寸前。立ち止まったBBを、オサムは怪しむ。
「どしたの」
「いや、何でもないよ。ちょっと、出掛けてくる」
BBは言いきり、足を動かした。彼は今の己を何も信じられない。どうして相談しないのか。ここでチーム解散のことを話せば万事解決するのだ。言わない理由がない。けど言えない。
「ねぇちょっと」
オサムの脇を通ろうとして肩を掴まれる。できる限りいつもの表情で返事をしようと、振り返る。
彼女は深い心配を抱いている。BBは動揺した。
「……やっぱり、何かあったんだ」
オサムが確信する。BBは口を開いた。言葉が一切出てこない。図星と言ったらそうだった。しかし図星になったものが判らない。何の疑問も明確にならず、内心はパニックに沸く。疑問符の情報を処理できず。笑顔の内側に困惑の存在があった。
オサムも固まった。BBとしてはいつもの笑顔。彼女から見ると、仮面を被っているようにしか見えない。辛いことを我慢している顔だ。それがぁりにも痛ましい。見ていられなかった。特に目が。死にかけの電球みたいにハッキリしない。
「人には、言えない悩み?」
それでも彼女は直視する。
「……どうかな」
「判らない?」
「何も」
「何も判らないか。うん、解った」
BBはいつもしっかりして、余裕がある。それがオサムのBB観。そんな彼に余裕がなかったら。オサムは彼に失望などしなかった。ただ、自分が何とかしようと。そう思った。
「行こ」
オサムはBBの手を握る。引っ張っていく。
「どこへ行くのさ。オレは別に、何も」
「総長のところへ行く。直接聞き出す」
「オレに聞けばいいじゃないか」
「言える?」
オサムが階段前で立ち止まる。体を彼に向ける。
もし、苦しい時。他人に苦しみを打ち明けられるならそれに越したことはない。でも言えない時もある。オサムは自分の経験で知っていた。よく親の前で泣いたのだ。親は泣き終わるのを待ってくれた。一緒に解決してくれた。あんなにも忙しいのに。
BBだってオサムと同い年だ。同じような心の騒動も、あるだろうさ。
「別に……」
目線をそらし、しかし笑顔はそのまま。手を握る力は弱い。
「じゃあ行くよ」
オサムは手を引いて進む。階段を降りて玄関まで。そこに草食がいた。人の接近に気が付きすぐカジノのコインを隠す。
「よっすよっ……」
オサムの表情や空気から、ただ事ではないと見た草食。一転して目を尖らせる。連れていかれるのはBB。まさか修羅場か。勘弁してくれと思う。が、何もしないほど冷たくはない。
「何かあった?」草食が呼び止める。
「多分総長のこと。姉さん、プロペインさんとレモン呼んで」
「いや、ここはあたしがどうにかする。少なくとも時間稼ぎにはなるからサムが呼んできて。大人の話は大人がするよ」
「……任せたよ、姉さん」
オサムはBBを見る。優しく頷く。手をゆっくりと離し、走り出した。BBの空いた手は草食に握られる。彼女は無線機を取る。
「こちら草食。誰でもいいから答えて。リベルタリア攻撃までどのぐらい?」
「こちら広報部のモビウス。暇じゃないですけど答えます。日没後です。私用で無線を使わないでください。通信終わり」
「行くよハチ」
草食が走り出す。引かれるBBも足を動かす。
総長のこと。確実に昼呼ばれたことだろう。それでBBが悩むこととは。まさか引き抜きか。だがそれでBBがこうも悩むだろうか。オサムに気を使われるぐらいに。何か、抗えないことでも提示されたか。とにかく口八丁でいこう。
BBはされるがままの状況に、泣きたくなった。たかが自分のために、どうしてここまでしてくれるのか。しなくてもいいと彼は遠慮していた。罪悪感で潰れそうになる。
罪悪感とは。なんてバカなんだと自嘲する。人は利用するものだ。そこに罪はない。という考えが浮かぶ度、自分を殺したくなる。ファームシティで草食が、まんぷくテロリストの物資を全て使った際のことを思い出す。レモンに言った言葉が耳に響く。人を利用するだなんだと。
司令部に着く。警備を押し退けて二階へ。ゲンの部屋の前で泊止まり素早くノック。
「草食、入ります」
と言いつつ扉を開く。返事は聞かなかった。ゲンとマケメロンがいた。二人共目を点にしている。なぜこいつが、と。そして引っ張られてきたBB。どう見ても保護者とその子供だ。
「私は呼んだ憶えなどないのだがね」
「突然すみませんね総長。ですが、総長にハチが呼び出されてからハチは様子がおかしいんです」実際はついさっき気付いたが。「何を話されました?」
「それはBBと私の問題であって」
「何か話してたのは事実なんですね?」
「それはそうだ。でなければ呼ばない。それよりも」
「それよりもリベルタリア攻撃まで時間がありません。早急の返答を。何を話したのです?」
ゲンはマケメロンを横目で睨む。彼女は居心地悪そうに虚空を見た。計画倒れ。それが一番の無念として。ゲンは息と肩を落とす。
「今後のことを話していたのだよ。BBと、プレイヤーズのね。彼らには今後様々な場面で活躍することになってだね」
「BBはあたし達まんぷくテロリストの一員です。プレイヤーズの兵士である以前に」
「諸君は組織に属したのだ。わがままを言ってもらっては困る」
「もちろん。これはわがままです。しかし、それが通らないなら、あたしらはここを抜けるという選択肢もあります。そしたら、寒いところに行くかもしれませんね」
この場にいる全員が草食を注視した。BBもだ。
実は草食も心は震えている。言ってはならないことを言ってしまっているのではと。まんぷくテロリストはプレイヤーズの最精鋭。先の都市連合への勝利は彼らが握っていたと言って間違いではない。それが抜けるとしたら、プレイヤーズにとっては打撃だ。
ゲンは上目遣いで睨む。
「……君には責任というものがないのかね。草食くん」
「正当な報酬があれば、責任は果たしますよ。それよりBBに何を話したんですか?」
「だから彼とこの先のことを」
「それともう一つぐらいあるでしょう。ないと答えても構いませんよ? その場合は神隠しを目撃するでしょうね」
ゲンは己の甘さを呪った。そして諜報部の技量不足を悔やんだ。草食がこんなに果敢だとは知らなかった。そしてこの失敗は大きい。まんぷくテロリストに不信感を抱かれた。自分のナイフが逆らったかのような怖れ。
ゲンは引き際を誤らなかった。ここは敗戦処理といこう。
「……まんぷくテロリストを解散させることにしたのでよ。それが嫌だったら、私のボディーガードになれと、ハチ公殿に言ったのだ。あらかじめ言うがこれは決定だ。覆すことはできない。だから諸君には」
「そういうのはリーダーであるあたしとか、プロペインに話すことです。BBはどれだけ強くてもトップじゃないです。つまり、総長、貴方はまだ何かあるんじゃないですか?」
「何か、とは?」
「まぁまぁまぁまぁまぁ」
マケメロンがヘラヘラと絡んでくる。いつの間にか持っている団扇らしきものを煽り、ふざけた態度で接する。
「戦う前から仲間内でギスギスしてどうするんですかぁ。総長、ボディーガードのことは一旦なしにしましょう。確かにリベルタリアのスパイがるかもしれないのに、ガードが弱けりゃつらいでしょうよ。でも今はまぁそこまでにして。草食! あんたも仲間想いだ! 感動した! なんで、まぁここは互いに手打ちにしようぜ。ひとまず水に流して、皆脱出のために働きましょうや! ね? ね?」
室内に響くわざとらしいため息。その吐息で吐きそうなほど、マケメロンは冷や汗を流す。無線機からは「飯テロ及びマケメロン副隊長。まだですか」と急かす声。
「解った」ゲンは目を閉じた。「解散の話は置いておこう」
「承知しましたよ。戦果はたんまり持ってくるので心配なく。失礼しました」
そう言い残し、草食とBBは帰っていった。
ゲンはマケメロンを、阿呆の評価を下して見る。
「話が違うではないか。草食はもっとナヨナヨしているというのは、君の情報だ。そしてBBは仲間を頼ったぞ」
「いやぁあれは頼ったと言うよりは……。あ、いえいえ何でもないです。こちらの不手際でした」
「これで、奴らはより発言力を増す。議会を敷いてなくてよかったと思うよ。だが、英雄にはなるだろう。それはいけない。マケメロン。君にはテイルともう一つ、任務を授けたい」
マケメロンはこめかみの痙攣を抑えきれず「何ですか」と投げやりに聞いてしまう。
「飯テロをこれ以上活躍させないよう、とにかく妨害しろ。奴らの名声を地に落とせ。弱体化させろ。私は今まで奴らを甘く見ていた。今回で決めろ。あの戦力は私のものだ」
とんでもないおっさんに協力してしまった。しかし後悔はない。あるとしても、それは飯テロを騙してしまうことだ。
「では、私ゃも出撃してきます。何とかずり落としますから、バックアップはお願いしますよ」
マケメロンは退室した。
BBと草食は司令部から出た。プレハブの方向へ歩いていく。BBは何とか真顔を維持。笑顔になる場面ではないから。感謝をするべきだろう。助けてくれたから。自分を。何から?
「ハチ。自分で抱えこんでいるでしょ」
「抱え?」
「そ。ずっと一人で悩んでいたんでしょ」草食は行く先に目を向ける。「悪いとは言わないよ一人で考える必要もたくさんある。でもね、あんたは一人じゃない。仲間だから、って強いたりはしないけど、言える時は言って」
「それぐらい、知ってるよ」半笑いになる。
「そうだね。皆そんなの知っている。なのにできない。なんでかね。でもそこから一歩踏み出せば、まぁ、少し気楽になれるんじゃない?」
「……姉さんが大人っぽいこと言ってるよ」
「失礼な。あたしは大人ですよ。そこそこ人生経験とギャンブルしてますよ」
「今もしているの?」
「もちろん! ……いやいや休憩時間にね?」
「ならいいけど」
これ以上の追及を避けようと、彼女は口笛を吹く。そこへ三人の足音。駆けている。プロペイン、レモン、そしてオサム。どうやら集まったようだ。
「ハチ、大丈夫だった?」
オサムが駆け寄る。BBはまだ笑みを張り付けている。
「大丈夫。姉さんのお陰でね」
「何があったんだ」
プロペインの言葉は、草食ら二人以外にとって当然の疑問。草食が答える。
「危うくまんぷくテロリストが総長の手で解散させられるところだったんだ。それが嫌なら総長のボディーガードになれって話。何考えてんだか」
自信満々の草食を尻目に、プロペインとレモンは目を合わせる。どちらも難しい顔をしている。どうも、政治闘争に巻き込まれたらしい。厄介なことになったと認識した。
「ファームシティの次は、私達ですか」
「正確にはラスルネの次だな、レモン。俺達は総長にとって邪魔らしい。気は進まないが、根回ししたほうがいいな」
「プロペイン。あたしはそう思わない。戦果を大量に取ってくればあの人も黙るでしょ。とにかく暴れるんだよ」
草食の呑気な発言。「そうだといいが」プロペインはうつむいた。
オサムは影の差したBBの笑顔をじっと見ていた。美人の陰りは芸術的。そうであるが故に心に響く。
「大丈夫?」
「……ちょっと、大丈夫じゃない」
首を傾げて、誘うような瞳で笑う。オサムは安心した。笑顔のタイプが先までとは違う。
五人は待機している兵士達のもとへ急いだ。遅れをヒトマルに詫び、マケメロンを待つ。彼女がどうしてゲンといたのか、BBは頭を捻った。
BBへ、一人の男が来た。ファームシティで門衛をしていた男だ。
「あぁハチ公さん! やっと見つけた!」
「どうしたんです?」
「ファームシティが大変なことになっていて。プレイヤーズによって農場を無理やり拡大され、住民は兵士にされて、逆らったら物奪われて追放だ。もう街の機能はない。何とかできないですか?」
大きな声で言う。周りの兵士達が迷惑そうにしている。
「ラスルネもこの作戦に?」BBは逃げるように言う。
「そうです。工兵としての参加で……」
「さっきからうるさいぞ! 戻れ!」
男は兵士に連れられていく。何もせず、希望の眼差しをBBに向けただけだった。
草食が男を見送り言う。
「きな臭いね。プレイヤーズとやらは。どうする? プロペイン」
「お前の言う通り、戦果も挙げんとな。発言力を高めて、総長に物申す。この戦い、仲間内でワイワイとはいかなさそうだ」
五人は行く先の足元が気になった。




