第66話 誰にだって昔はある
ある朝。
プロペインはいつものように起き出した。起床ラッパが要塞にさえずり回る。これで何度、今日の朝に鳴ったのだろう。
ベッドから降りる。自衛隊ではベッドも色々片付けないといけない。幸いにもプレイヤーズにそのようなものはない。ボックスから装備を取り出す。服もだ。鍛えられた体にシャツが被さっていく。
その最中、ノックをされた。
「少し待ってくれ」
BBとオサムだを同じプレハブの同じ二階の住人。身体中にポーチだのをつけて、アサルトライフルを手にする。
扉をゆっくり開ける。見下ろすと、BBとオサムがいた。二人はまだ中学生だったか。背が低い。
「待たせたな」
「おはようございます」「おはようございます」
「あぁ、おはよう。草食起こしに行くか」
一階に降り、草食の部屋へ。扉の前にはレモンが立っていた。彼女が何度やっても起きない。今はもう、プロペインを待つだけになっていた。
「おはよう」「あ、おはようございます」
プロペインは扉をノックなしに開けた。帽子を顔の上に被せて眠る草食。遠慮なく担ぎ上げた。帽子が落ちBBが拾う。いつもの光景。誰も何も言わない。
草食を担いでプレハブを出る。眠たげな要塞勤務の兵士達。食堂へ足を伸ばす。もちろんまんぷくテロリストの五人もこれに倣う。
「今日の朝飯は何だと思う?」
BBが会話のとっかかりのために発言。スナイパーライフルは持っていないレモンがそれに答える。
「もうトウモロコシは出ないでしょうし。何でしょうね。カレーとか?」
「朝からカレーか」
「わたしは大歓迎だけどね」オサムは乗り気。
「そういえばずっと前にカレーで喜んでたね。好きなの?」
「結構好き。ハチは何が好き?」
「食べられるものなら大体は」
「え、じゃあ蛇とか食べられる?」
「いやなぜそこで蛇……」
そう言っているうちに食堂に着いた。プロペインは草食を何度か揺らしてきた。起きる気配はない。
中に入り、トレーを持つ。プロペインの肩に草食。両手にトレーの体勢で配膳を受ける。最初こそ奇異の目で見られていたが、今や日常として溶け込んでいた。
「おはようイタミちゃん」配膳をする男性がプロペインに話しかける。イタミちゃんとは彼のことだ「今日はなんとベーコンエッグとシリアル! いいでしょう?」
「おおありがたい。皆、今日はあたりだぞ」
「まるでハズレがあるみたいな言葉やめてよねー。はい、ハッちゃんもどうぞ」
この男性は毎日ここで働いている。見た目がオカマのお姉さんなので、誰もが憶える人物。
その後、席を確保し、草食を席に降ろす。BBが頭に帽子を乗せてやる。食事の匂いで彼女は目を覚ました。
「お、目玉焼きじゃん!」
「その前に感謝ぐらいしてくれよ草食」
「プロペインは力持ちだからいいでしょ。いただきます」
すでに食べようとしていたBB。フォークを慌てて置き、草食に倣う。レモンは自然と。オサムは義務的に。
「いただきます、と」
プロペインも食べ始めた。
「そういえばレモンとハチ。お前達、最近どんな訓練してるんだ。俺ずっと撃ってたから知らなくてな」
「そういえば見ないね」射撃訓練場で、という意味だ。オサムも疑問符。
「ああそれなら。オレはヒトマルさんに格闘術を教えてもらってる。レモンは走り込み」
「ヒトマルさんにか」プロペインはBBの上昇志向に感心する。意識が高い。この前にバイクを習ったばかりだというのに。
「私はグラウンド三週できるようになったんですよ」レモンが得意そうに言った。「やっぱ一緒に走る人がいると、走れますね」
「いいじゃないか」
とは言うものの、プロペインは三週程度余裕だ。これ以上褒め言葉が思い付かない。オサムもそのぐらいは楽勝。生暖かい目で見守る。
BBが草食に目を向けた。「ところで、姉さんって何の訓練してるの? 訓練場で見ないんだけど」
ギクッ。……なんてことはしない。草食はマケメロンと、すでに対策という嘘を考えている。
「あたしはメロンと一緒に作戦のシュミレーションをね。あたしリーダーなのに指揮しないから。その練習」
「……ふーん」
一応注意はしておこう。BBは頭に留めておいた。
そんなこんなで食事は終わり、各自訓練へ。草食は司令部に行った。他は訓練場へ。
プロペインはいつものように的当てをすることに。自分のアサルトライフルを持ち、ストックを肩に当て、撃つ。こういうのは筋トレと同じ。積み重ねだ。
しかし筋トレもそうだが、単純作業だ。時に思考が迷子になり、どうでもいいことを思い浮かべる。彼の場合、今は遠く離れた過去に、それが向いた。
プロペインは、脱出したかった。これは全く本心から。彼は幼い頃に母親に先立たれる。男手一人、育てられた。別に昭和でもないから、雷親父ではなかった。それでも厳しい時は厳しい。だが、あの怒り方の下手さといったら。怒鳴りたくはないが、しかし怒鳴る以外で怒りの表明を知らない。けれど絶対怒鳴らない。言葉を尽くして間違いを指摘してくれた。
プロペインはそれがありがたかった。人前では言えないが、愛情を注いでくれたと自信を持てる。家庭の財政状況もよろしくなかったが、父は頑張ってくれた。とはいえ、他の貧民と違い戸籍もあるし学校にもいけるぐらいの財政だ。
早く帰って、親孝行をしたい。そのために頑張るのだ。
「プロペインさん、おっす」
いつの間にか引き金から指が離れていた。そして顔馴染みの兵士が話しかけてきた。いつも訓練する時に挨拶する仲の者。名前は知らない。
「なんか考え事っすか。珍しいっすね」
その男は高校生ぐらいの背丈。実際に高校生らしく、よく訓練しながらプライバシーを晒している。
「まぁな。おじさんはよく考え事をするもんだよ」
「プロペインさんはそんな老けてないっしょ。しかし、最近旨くなりましたねぇ。オカマの人も気前いいし。キーコードが何かしたんですか?」
「都市連合の接収とファームシティその他農村の頑張りのお陰だろうな。俺達はそんなに関わっていない」
二人は銃撃を始めた。声も比例して大きくなっていく。
「プレイヤーズも大きくなりましたねぇ。北のリベルタリアに近づいてるんじゃないんすかね」
「リベルタリアか。名前は最近聞くんだがな」
「なんでも、ポストアポカリプス唯一の国家とか言ってるらしいっすよ。選挙でもやってるんすかね」
「おいおい共和国か。文民統制されてるのかね」
「文民? 何のことすか。まぁともかく、あいつら南に来てるらしいっすから、困りますね」
「ゲーム的に言えば、イベントが起こるから嬉しいがな」
「ハハハ! 違いませんね」
その後も二人は喋った。さらに他の人も加わり、平和な時間が過ぎた。
プロペインはポストアポカリプスというこのゲームで、気付いたことがある。それは、未成年が多いことだ。プレイヤーズには結構いる。そして、笑っている。この世界に閉じ込められたというのに、絶望感がまるでない。目的である脱出でさえも、ほとんど話題に挙がらない。かつて、マケメロンは脱出したくないと言った。もしかしたら、末端は同じような思想なのかもしれない。
「お、プロペインの兄貴じゃん。オッスオッス」
挨拶してきた者を見る。彼女は顔にペイントをつけていた。ゴブジのメンバーだ。キーコードも普通に訓練をする。挨拶ぐらいするものだ。
「やぁどうも。兄貴なんて柄じゃないけどな」
「へへへ。まぁいいじゃん。ところで、ハチ公のこと見ないの? ヒトマルと訓練してるよ」
「そうか。まぁ様子見がてら見に行くか。ありがとな」
「どういたしましてー」
近接訓練場へ行く。走り込みをする兵士達に遅れて、レモンも走っていた。フォームはぶれて、クタクタになっている。
「レモン! 頑張れよ!」
「はぁ、はぁっいぃ」
返事もままならないが、応答はした。前方のメンバーも時々心配そうに振り返る。レモンは見守られていた。
そうして目的地に着いた。人だかりができている。まさかヒトマルと戦っているのか。BBのことだからありえる。プロペインは小走りで向かう。
しかし立っているのはBBとオサムだった。いつものように斬り合ってはいない。ヒトマルに指導されていた。BBがオサムに技をかけられている。
「こうやって腕を伸ばして固定したら、あとは背中の部位をプスプス刺せば、もう終わりよ」
「へぇーそうなんですね。ハチ、動ける?」
「いたいいたーい。って言いたいけど痛みはないからね。ゲームの仕様に感謝だよ」
「動けはしないんだ。ふーん。でもここからだと狙い放題だね」
「今までの動きに取り入れられる?」
「うーん、動きの基礎はいけそう。こういった動きはするかなぁ?」片眉を上げるオサム。「ヒトマルさん、BBにさっきやった地面に落とす奴、やって下さい」
オサムげ離れ、ヒトマルとBBが対峙する。
「よし始めるぞ」
「よろしくお願いします」
ヒトマルがBBににじりよる。あくまでも技をかけられる前提。BBは何もしない。
「まずはこうしてだな」
BBの右腕を左手で掴み、足をひっかけ右手で胸を押す。一瞬無重力に包まれBBは落ちる。
「こうだ」
「なるほど」
プロペインから見たらよく解らない。知らないうちに倒れている。しかし本人が納得しているならそれでいいだろう。
「ま、普通素手で相対することなんてねぇけどな。小銃持って制圧するのが当たり前だ。あと、ハチ公。正直言うと素手で俺にかかってきたら俺が勝つ。お前をなめているワケじゃない。体格的に無理だ。背の差がな。だから、持ち味を活かせ。刀とかな」
「と言うと、ミリタリーなものは役に立たないと?」
「おっと焦るな。ナイフとかの動きは応用できる。それに、俺は一応古武道習ったからな。そこも教えられる」
「古武道?」
「昔からの武術だよ。ハチ公、お前の刀の振り方はどっちかってえと西洋的だ。腰を使ってない。そこを変えたらいいだろう。あとはハチ公らしくアレンジだな」今度はオサムを見る。「オサムはナイフをよく使うようだな。こういうのは後の先、カウンターだ。知っとけば楽になるぞ」
同じことをBBから言われた。やはりカウンターか。頷く。他の兵士達も三人を見て技術を盗もうとする。熱心なことだ。プロペインも、近接訓練をやろうか悩む。あまりやってこなかった。もし近付かれたら未経験の領域だ。やられるかもしれない。
「じゃあオレとオサムは二人でやってみますよ」
「まずはそれでいい。それじゃあ、俺と組む奴はいるか?」
訓練の誘いを、兵士達は嫌がった。経験者からの指南は役に立つ。しかし、こういった合理的に体を動かし殺す術、殺人術は見てて怖いのだ。本当に血が流れそうで痛々しい。特にこれまで見てきた者にはなおさら。痛覚はない。けど怖い。
プロペインは経過を見てなかった。警戒は薄く、故に前に進み出た。
「俺とやってくれませんか」
「おおプロペインか。いいぞ。やろう」
二人共大きな男だ。互いに木製のナイフを持つ。構える。プロペインは順手持ち。ヒトマルは逆手持ち。
睨み会う。ヒトマルは不動。業を煮やしたプロペインが攻撃。だが簡単にいなされた。気付いたら右手を掴まれ倒れていた。ナイフは手から離れた。
「言っただろう? 後の先って」
しばらく二人は揉み合った。プロペインが負けてばかりだが、ヒトマルの動きを真似していく。何をされたのか解ってくるようになる。
「そういえば、リベルタリアのことっね聞いてます?」
少し休憩中。ヒトマルと雑談を始める。
「あぁ。南下しているらしいな。金も手に入れて電子機械も作れるようになった。恐らく次は空が舞台だ」
「リベルタリアと戦うと」
「そうだろうな。そして、ヘリが使われる。総長は言ってないが、ヘリの設計図はスカベンジ班が確保している。使わないハズがない」
設計図は、クラフト画面から作れる物を増やしてくれる。
「対空兵器が必要ですね」
「スティンガーかなんか。RPGでいけるかもな」
プレイヤーズの日常はおおむねこんなもの。戦争は近付いている。それもまた、いつものこと。




