第63話 戦火の消火
「……潰れてるね」
「……潰れてるな」
草食とプロペインは、目の前にあるものに対して呟いた。
ファームシティには、まんぷくテロリストの家があった。ぷれいやのプレハブよりも生活感のある家だった。過去形が続くということはつまり、彼らの家は、文字通り潰れていた。
現在、ファームシティ。都市連合の攻撃によって壊滅していた。すでに敵部隊はマケメロン達によって退けられている。あとに残っていたのは街だったものだけだ。とても人の住める状態ではない。
「へぇー。ここがファームシティかぁ。見る影もないね」
呆然としている五人に向けてマケメロンが言った。それは挑発か。それとも空気を読めないだけなのか。ともかく五人の気分を損ねたのは確かだった。
「ここ、元はあたしらの家だったんだ」草食は視線を変えずに言う。
「あーあー。そいつはゴシューショーサマ。都市連合に文句言う理由ができたじゃないか」
「実際」プロペインが口を挟む。「どうなんだ。俺達はこれから何をするんだ」
彼の疑問は最もだ。ファームシティに着いたものの、ここは住民さえわずか。プレイヤーズの姿はどこにもない。都市連合もまた然り。ここで仲間達と出会うのが作戦。もういないとなれば、何のための強行軍か解らない。
「今、無線が繋がってねー。ヒトマルが来るらしいよ」
「なんだ」マケメロンの言葉を聞き、プロペインは安心した。てっきり要塞まで引いたのかとさえ思っていた。
「話はヒトマル達アウターセブンが来てからだね。それまでは私ゃらゴブジと飯テロでここを管理する。ってことだわ。ところで、この街って酒場ある? 酒貰いたいんだけど」
「ありますよ」レモンがマケメロンへ目を向ける。「……ところで、ラストルネッサンスはどこに? サンドロチェリーさんは?」
「ん? あぁ、この街の実質的なトップの奴ね。どーもベッドを大量破壊されちゃったみたいでね。前のベッドからやり直しでしょ。それがどこなのかは知らんけど」
状況は思ったより悪いらしい。ラスルネはほとんど壊滅。現在ここを守れるのはキーコード。
これは面倒だぞ。プロペインは舌をなめた。
「飯テロの皆は好きにしていいよ。特にサムハチはね。あんたら大活躍だし。いい加減休めや」
「そうだね」マケメロンに続く草食。「ハチとサムはもう休みなよ。特にハチ。昨日から寝てないでしょ」
「姉さんに気を使われるとはね。じゃあお言葉に甘えて寝るよ」
「じゃあハチ、行こうよ」
当然のようにサムも同行。二人はその場を去った。
元自宅が壊されたのになぜこんなに平常なのか。マケメロンは首を傾げる。何だかんだ、この家に住んでいたのは二ヶ月以上は前のことだ。そこまでとなれば愛着も薄れる。
二人は崩壊した街を歩いた。住民のプレイヤー達が、崩れた木々の破片を見てうんざりしている。かつての市場。そこは崩れた住宅街と様相が違わない。
恐らくは酒場だった場所の前に来た。ここで、かつてレモンと三人でダーツをしていた。BBが自分へいじわるしてきたのも、オサムは忘れていない。プレイヤーズに入隊してから日常らしい日常もない。オサムは寂しさを感じていた。訓練続きで、暇がない。
だから、こうした時間が愛おしかった。この崩れた街の中でもあっても。皮肉ではある。どうせなら前のままならロマンチックだろうに。
「ねぇ、ハチ」
オサムがたどたどしく甘い声を出す。BBを見た。彼は船を漕いでいる。何とか目覚めを維持しようと瞳を開けていた。抵抗は虚しい。
「……え、何? サム……」
彼の絞り出した声は、とても苦しそうだった。
考えてみれば、BBは一日中バイクを運転していた。それに合わせて前線で戦闘を繰り返していたのだ。むしろ過労で倒れなかったのがおかしな話。今まで張り詰めていた気力がついに切れたのだろう。
BBとしても、限界だった。だが彼の視点では、オサムも同等の疲労を有していると捉えている。ここで力尽きるワケにはいかない。そこにはオサムに対しての青いプライドがあった。だが、本人はそれを知らない。
オサムは気遣って声を優しくする。
「眠い?」
「……ちょっとね」
「ちょっととは思えないけど。そこら辺で横になろうか」
「サムも……横に」
「いいからいいから」
オサムに手を引かれ、日当たりのいい、建物の残骸がない地面へ行った。BBを座らせる。
もう会話も難しいのだろう。BBは半分眠っていた。オサムは、そんな少年らしい彼が可愛くて、スッと髪を撫でた。いつもならやり返すBBも、今は弱々しい。段々と庇護欲が湧いてきた。オサムにとって初めての感情。むず痒い。
それ故の畢竟で、オサムは正座。BBの頭部を優しく手で動かし、自分の太ももの上に置いた。BBはオサムに膝枕をされているのだ。本人は全く気付かない。オサムに撫でられるがままとなった。
「おやすみ。ハチ」
「……おや、す……」
み、を言えずそのまま寝入ってしまった。BBの顔はオサムの腹の方へ向いている。こっちのほうが撫でやすい。
オサムはまた過去を懐かしんだ。かつて、このファームシティに住んでいる時。BBの寝室に入ったことがあった。当たり前だがBBは寝ていた。しかし彼が起きると、侵入者たるオサムを拒絶した。そのことが、ショックだった。
だから、彼がもし起きた時。同じことをされる不安はあった。でも、今はそんなことはないと確信できる。BBは今の今まで弱みらしい弱みを見せたことはなかった。それが、今。こうして自分に向けて隙を晒している。そのことが、オサムの何かを満足させた。
オサムも眠気に誘われ始める。彼女も最前線で活躍したのは変わらない。BBとオサムで、テイル相手に大立ち回りしたのもある。夢へ導かれた。丁度、背にはもたれられる瓦礫もあった。
もっと眠るBBの顔が見たい。こう思うも結局睡魔には勝てず、オサムも眠った。
どのくらいたっただろうか。しかしオサムは自然と目が覚めた。徹夜して眠ると、どうしてか二時間ぐらいしか眠れない。いつもなら八時間なのだが。今回も同じことだ。そこまで長くは眠らず、太陽もまだ上にある。
太もものピリッとした痛み。BBの存在に気付く。まだ寝ている。赤子のような、あどけない寝顔。
周囲を見ると、プレイヤーズ隊員がいた。顔に星だのなんだのペイントを、していない。装備が充実している。アウターセブンだ。やっと到着したのか。もしくはもう着いたのか。寝過ごしただけなのか。ともかく、合流しないといけない。
そう思考しても、BBを起こすのは忍びない。寝顔が見たいだけでなく、彼の安眠を妨げたくはなかったからだ。どうすればいいのか解らない。とりあえず撫でておいた。
BBは微風を受け、目を開ける。意識はまだ覚醒せず、夢心地の中。この感じは妙だった。BBが目覚める時は大抵悪夢で後味が悪い。今は不味いコーヒーのようなそれはなく、ただ羽毛に包まれている。実に豊潤な安心感だ。
寝返りをうとうと顔を上げる。そこには優しげなオサムがいた。美人。それが今の彼女に対する形容だった。
「おはよ」
オサムの声で、目が覚める。そのまま飛び起きたい気持ちはあった。離れたくないという謎の感情に遮られ、そのまま。
「……おはよう」
すっとんきょうな声が出てしまった。自分は今、オサムの下にいる。下にいるとはどういうことか。目を移す。オサムの腹、手。撫でられている。
膝枕をされている。それを認識し、BBの顔が赤くなる。けれど拒絶感はなく、でも恥ずかしくて、それでもこのままでいたくて。耳まで赤くなる。オサムと目を合わさずそっぽを向く。
オサムは彼のその行動一つ一つに、ドギマギさせられている。女装が似合う美少年に変わりはないのだ。その所作が愛らしい。少なくともオサムの語彙では可愛いの一言が限界である。そして心の渇望に突き動かされ、彼の頬へ手を。触れて、彼の顔を自分の目と合わせる。
しまった。オサムはやってすぐ後悔。こういうものはBBが一番嫌いそうだ。しかし、BBは一瞬目を合わせてすぐそらす。顔は赤いまま。
それがしばらく続いた。まだ続いた。まだ。
「えーっと、お二人さん」
草食の声ですぐ我に帰る。BBはバネのように飛び起きる。オサムはフリーズしたまま。
「その、今後について話すから。元自宅前まで来てね。イヤ、ウン、急がなくてもいいよ。少年少女だからね。アハハハハ」
乾いた笑い。草食は去っていった。BBは草食を恨んだ。なぜ、恨んでかは自分でさえ解らず、困惑。とにかくもう行かねばならない。
そう思い立ち上がる。オサムを見ると、いってんして苦しそうな表情をしていた。今度はオサムへの罪悪感で満帆になる。長い間正座で膝枕したのだ。そうもなる。どうしてこんなところも現実に忠実なんだ。このゲームさえ恨む。
「はい」
BBが手を伸ばす。オサムはその手を取り、ゆっくりと立ち上がる。BBは彼女の肩に手をかけ担ぐようにする。彼女の回復を待ちながら、落ち着いて歩く。
BBは移動中、オサムのほっぺをつついた。疑問符の目で見られた。「さっきのお返し」と頬を赤くして答える。オサムは嬉しかった。寝てる間にそばにいても、彼に嫌がられることはないのだ。自然と顔は緩んだ。
元自宅まで戻る。ヒトマル、マケメロン、まんぷくテロリスト、そして、サンドロチェリーがいた。彼の装備だけ、初期のものだった。
自分で歩けるまでになれたオサム。チェリーを見て驚いた。
「チェリーさん……」
「あ、あぁオサムさんか。ちょっと待ってくれよ」
その待ってくれよはヒトマルに向けられたものだ。
「いえチェリーさん」ヒトマルは厳しい顔で挑む。「我々はただ、保護をするだけです。このファームシティは完全に崩壊した。そしてその支配者であるラストルネッサンスも、都市連合の攻撃により復活は困難。なら、しばらくこの街の主導は、プレイヤーズが行いましょう」
それは玉座からの追放だった。この戦争の開始前、プロペインとヒトマルが懸念していたことが現実となった。いかにプレイヤーズに対するファームシティの影響力を削るか。結果、この様だ。プレイヤーズが得をし、ラスルネは手痛い損をする。
これがゲン総長の狙いだったのか。レモンはそう推察する。随分と遠回りすぎて現実味がない。
「ボク達、ラストルネッサンスは……?」
「どうです? プレイヤーズの部隊として編入しましょうか。この街を立て直すのにも、人手と物資が必要でしょう。そこは我々の手を貸しましょう」
やはりこの街を仕切るために様々な苦労をしたであろうチェリー。飯テロの者は知らないことだが。でなければ、地位を奪われることに絶望などしない。何であれ、己の時間を割いたものは愛着が湧く。
プレイヤーズはラスルネを傘下に入れたいのだろう。そして巧妙なところは、ほとんど自分の手を用いていないこと。あくまでも街を滅ぼしたのは都市連合。街や文化を愛するサンドロチェリーにとって、その恨みはプレイヤーズに向かない。彼らは助けに来ているのだから。
だからこそ、次の言葉は効いた。
「それと、都市連合にとどめを刺せるチャンスは、これから一回限りでしょう。それをプレイヤーズがやるか、ラスルネがやるのかは……まかせますがね」
「……ボク達が?」
「我々の仲間になってくだされば、可能でしょう」
「なります」即答だった。
「そう、言ってくれますか」
「都市連合は今どうなっているんです? 仲間を集めて、攻撃します!」
「連合は今マケメロン……俺の副隊長のお陰で弱っています。もう一つ街を落とせば交渉に応じるでしょう」
「すぐに集めてきます。待っていてください」
そう言い残し彼は駆け出した。ラジオ塔は倒れている。あれで情報を共有することも、下らないゴシップを流すのも、もうできない。
「さて、まんぷくテロリスト」
ヒトマルが五人に向き合う。
「お互いの任務は終わりだ。あとは他に任せよう」
「いいんですか?」
「プロペイン。本来お前達の任務は金鉱山の確保であって、連合への攻撃ではない。しかしそれ以上の活躍をしたんだ。もう休んでいい。要塞に戻れ」
ヒトマルもその言葉を残し行ってしまう。
草食がだらしなくあくびをする。なんだかやりきれない。だがこれ以上やっても仕方ない。バンに乗った。
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