第44話 晴天、星高く
ファームシティに変わらぬ朝が来た。人々は日常を営む。そこにかつての戦争の跡はない。と書けば悲劇を乗り越えたよう。誰一人として、物理的に死んだ者はいない。だから思い悩むワケはない。今もあの戦いは語り継がれている。
その街の一角。ラストルネッサンスの家で、まんぷくテロリストが集まっていた。外には車を停めてある。いかにも、旅支度といった具合。
「この街から去る、か」
チェリーの声は、少し寂寞と、打算故の悲壮があった。彼は体をのめりだし、説得の言葉を探す。
「この街に居続けるのはダメなのかい? ラジオも放送されているし、もしかしたら情報が来るかも」
「かも、しれない」返すのはいつもの如くプロペイン。「しかし、待ってはいられない。外には、この街ほど発展しているのか、怪しい世界が広がっている。俺達は世界を知らなすぎる。それに、手がかりもない。口を開けて待つより、歩いて探したい。だから、別れを言いに来た。急なことだがな」
プロペインの覚悟に押され、チェリーに言葉はない。まんぷくテロリストほどの戦力がいれば、この街は安泰だ。それが手から離れる。酷い損失だ。
けれど。そういう計算をするのはやめにした。彼は物事の利を極めるリーダーである以前に、感情を捉える芸術家だった。彼らの爆走の心理も、あっさり受け入れられる。
ふぅと一息いれる。そこには悪くない感情がたんまり。
「解った」
その一言で、五人は安心する。
「そもそも、君達は来訪者、客人だ。こちらからお願いばかりしたんだ。今度は、そっちが頼む番だ。でも、いいの? 家以上のお礼なんてできるかどうか」
「お礼なんていらないよ」草食がきっぱりと断った。
「……じゃあ、せめて我々で見送りを。本当は街全体で送るべきなんだろうけどね」
「そこまでされると恥ずかしいよ」
「そうか。でも、何か困り事があったら、いつでも戻ってよ。まだ街としてのお礼はできてないからね。ボク達を救ったのが皆であることも知らない人がいるぐらいだし」
多くの隊員と共に、まんぷくテロリストは外に出た。車に乗り込み、エンジンをかける。BBを除くメンバーは、程度の差こそあれ、感傷的になっていた。
「これまでお世話になりました」車の中からレモンが言った。
「えっと、忘れません、皆さんのこと」頬をかきつつのオサム。
「次はご馳走おごってねー」気楽な草食。
「じゃあな。またいつか」ハンドルに手を乗せ笑うプロペイン。
BBはただ、クスリと微笑んだだけだった。
「それでは皆さん、お元気で!」
手を振られ、車は発進した。朝日、狂いなき晴天であった。
あれから幾日か。全員一致で海に行こうと決めた。水の辺りには自然と人が集まるだろう。そう推測。川があればいいのだが、このゲーム、干上がった川しかない。だからオアシスを奪い合う。
この前も、敵対したプレイヤー集団に襲われた。車を狙っていた。まんぷくテロリストは水を求めただけだ。ともあれ、水は貯めてある。
「さて、毎日恒例オルスラ戦の体験談! 今回の送り主はエセックスさんから。なんと、オルスラの隊長が戦っている所を、この目で見たとのことです! ワーオ!」
ラジオの声。ファームシティの近況を伝えるニュースが流れている。五人は、車旅の暇潰しとして、この上ないものを手に入れていた。
流石に会話はない。何日も語るものがない。だからラジオを傾聴している。ここまで付き合いがあるから、会話なしでも苦にはならない。
「さて、オルスラの隊長、ねこの活躍ですが、なんと、あの飯テロのハチ公と戦ったそうです! 化け物揃いの飯テロの中でも、近接戦のことなら右に出る者はいない、あのハチ公とです!」
当人であるBBは、苦虫を何度も噛み潰したような顔をする。窓に近付き、ラジオを聞かないようにする。隣のオサムが愉快そうに見ていた。どうやら、まんぷくテロリストの活躍はファームシティで有名になったようだ。
BBはハチ公と呼ばれるのに嫌悪を覚えた。別に名が気にくわないのではない。ヤバイ奴扱いなのがイヤなのだ。
「さて、そんなねこですが、流石はオルスラ最強と自称しているだけあります。割りと善戦し、生き残ることができたそうです! 最後は変なポーズでデスした奴とは考えられませんね!」
「ハチさん、オールドスランガーズの総隊長と戦ったんですか」
レモンが意外を表明する。BB自身から武勇伝を聞くのは、稀だ。語りたがらない。その点で、ラジオは雄弁だった。BBについて知らないことを発信してくれる。
「まぁ、ね」BBは渋々という形で答える。「ラジオの通り逃がしたけど」
「どこで戦ったの?」オサムまで会話に参加してきた。
「あの、アリの巣みたいな基地。あそこの地下で」
「どうだった?」
「……別に。腕斬っただけ」
「おお! 強かったですか?」レモンが食いつく。
「まぁまぁ。勝てなくはない程度」
レモンのキラキラ光る目。それから逃れようと、車の中を見渡す。逃げ場なんてない。ため息を我慢した。オサムには見破られるが。
「流石はハチだね」オサムの悪い笑み。BBは褒め言葉に耳を塞ぎたくなる。「ハチって大体のことできるよねー。特に戦闘とかは無敵だよー」判りやすいおだて。「これから尊敬を込めてハチ公さんとかハチ公って呼んでいい?」
草食に似たものだ。BBは思考の内で発言する。しかし本当にそんなこと言ったら、誹謗中傷になるのでやめておく。それはそうと反撃はする。
「そういうサムも中々のもんだよ」
「え?」
「最初はゾンビ一匹なやっとだったのに。今じゃクマも簡単に平らげる。腕一本失っても戦い続ける意志の強さ。いつか越えられるね」
「そ、そんなこと……」突然褒められて、反撃もできない。オサムも褒められ慣れてはいない。
「それに、可愛くて良い子だしね」
「えっ」
オサムは更に思考が渦巻く。混乱した。草食は遠くを見始めた。また口説いている。彼女はちょっと言葉がない。彼は女相手に困り事があったらすぐ口説くのか。BBとオサムの未来が心配になる。片方は恋愛で大問題を起こし、片方はインチキ宗教に飲まれそうだ。
レモンといえば、微笑ましく見守るつもりだった。なのに、オサムが羨ましくて仕方ない。聡明な彼女はこの感情が何かすぐに判った。だが聡明であるがために受け入れるのは困難だった。
必死に、過去にすがった。レモンは、オサム以上にBBと肉体的接触を計った。でも、オサムと同列で語り合うのは自分の方が上だ。だから自分の方が……。
その言葉の先は理性で遮断した。それでも感情の台風は止まない。自分もあのように言葉で転がされたい。転がしたい。二人だけが二人だけであるのが、何よりずるい。
「そろそろ、休憩させてくれ」
ハンドルを手に、肩を伸ばすプロペイン。何もない荒野といえど、いつ襲われるか解らない。運転手の心理的負担は中々重かった。
「オッケー。じゃあ休もうか」
草食も同意した。ゆっくり車を停める。そして皆々外に出る。ラジオも外に出した。車を背にしリラックス。BBはオサムをいじったことから逃げるように、または満足したように、見張りに行った。
プロペインはわざわざ車の上に登り横になる。草食は付近と偵察へ行ってしまった。
実質、女の子二人だけが残った。現在雑談のネタには困らない。今ラジオで流れていることを駄弁ればいい。
「そういえば皆さん。我々、ラストルネッサンスの提供する衣服をご存知ですか? 多くの廃墟で、新品同様に保管されていたファッションの数々! それをお手頃価格で貸し出しいたします!」
「へぇー。衣服なんて全然気にしてなかった」オサムは胡座をかき、足首に手を置く。
「この世界でもファッションを楽しめますね」
「……そうだね。あはは」オサムにセンスはなかった。ラジオはなお流れる。
「さて、情報通の皆さんなら知っていますでしょう。花魁の美少女と長髪の美男子について。あの衣装は全て、ラストルネッサンスが用意したのです! 本当は彼らに宣伝を頼んだのですが、イチャつきましてねワッハッハ」
知っている話題。レモンは眉を上げて反応する。流石の観察力で、オサムはそれに気付く。
「話の二人について知ってるの?」
「というか、私達のことですね」
「私、達?」
「はい。私と、ハチさんの話ですね」
「ハチの。あれか。女装したの」
一人、納得。そして、周囲をチラリチラリと見た。BBがいないことを確認する。
「……ハチの女装、どうだった?」
辺りを憚る低声とはこのことだろう。期待と背徳に傾倒した囁きは、少女らに秘密を共有させた。
「……めっちゃ可愛かったです」レモンの簡単な感想。
「……花魁の姿なんだよね?」
「……そうです。肩出してました。いつもと違ってタジタジです。ギャップがヤバイです」
「……タジタジ? 何してたの?」
「……ちょっと強引に。壁に押し当てたり」
オサムは首を伸ばし、唇を舐めた。
「……やるね」若干、呆気にとられてはいた。本人に自覚はないが、土を含んだ水が、心にあった。
「……それほどでも」
本人が聞いてたら、それだけで縁を切られていた話だった。その後も少女達は好きに話を混ぜていた。プロペインは聞かなかったことにした。
件のBBは、車からそこそこ離れていた。見回りをしている。そこへ、草食が絡んできた。
「なに、姉さん。もう休憩終わり?」
「いや、少し遊ぼうかと思って」
「何で? ブラックジャック?」
「いや。えっとね。丁半っていう日本の伝統的なゲームなんだけど」
BBは少し感心した。この世界にそんなレトロなゲームがあるとは。そして、草食がそれに関心を持つとは。
「どんなゲーム?」
「サイコロの出目が偶数か奇数かを当てるゲーム」
「ふーん。単純だね。まさか賭けたりとかする?」
「するけど?」
BBの中でこの女の評価が一つ下がった。




