第43話 歩みの準備
ラジオ塔の建設開始から数日。すでに塔は完成。街中へラジオ放送が始まっていた。最初こそただの定期報告でつまらなかった。しかし街の住人からの要望により、質問コーナーやオリジナル楽曲(全てアカペラ)などが流れていた。
街の簡単なニュースも日々を彩る。ダーツが人気だの、先のラジオ塔の経緯、はたまたギャンブルで借金をした匿名の話など。情報化社会が垣間見えるようになる。
まんぷくテロリストはその間、ラジオなどの電子機器をスカベンジしていた。退屈で、花のない作業だった。
そんなある日の朝。皆で缶詰めを頬張っていた。プロペインが息を吐いて、ある事を話し始める。
「なぁ皆。そろそろまた旅に出ないか」
その言葉にいち早く反応したのは草食だった。
「どうして。この街でも上手くやれてるし、別にまた彷徨わなくても」
「いや、俺達の目的を思い出してほしい。俺達は、現実世界への脱出を目的としている。物資を集めることではなく」
「そうかもしれないけどさ。この街でラジオ放送を続けていれば、自然と人は集まるんじゃないの? のんびり待って、向こうから来るのを期待したほうが……」
「それは一理ある。ファームシティのラジオが聞き取れる範囲で動くのもいいだろう。だが、それでは狭い。そして、ここらでは脱出のだの字もない」
草食は苦虫を噛み潰したような顔つき。レモンとオサムは真剣に考え込む。BBといえば、あまり気にしていない。彼にとっては現実への帰還は関心事ではない。兵隊として、やることをやる。
「この街じゃ、脱出の情報はないのかな」
ボソッとオサムが呟く。弱気だ。ずっと大きなイベントを経験してきた。そして急に、現実のことを考えなければならず、戸惑った。
草食は何とかこの場に留まれるよう説得すべく、頭を回転させた。この街から出るメリットは、彼女の中にはない。挑戦ができない。数多の物資を見ても、現状維持をしたがるのは、はてさて逃げか。脳の片隅で考えた。
「私は、この街を出るべきだと思います」
意思の強い、ハッキリした声でレモンは言った。その意思に背を押され、オサムも続く。
「わたしも外で情報を探すべきだと思う。具体的なプランはないけど、待つくらいなら、動くほうがいい」
「そうです」レモンが重ねる。「それに、ラジオはこの街で聞くより、移動しながらのほうがいいです」
多数決でいえば旅立ちのほうが上。残るはBBの意思のみ。全員彼に意識が向く。
「オレも、賛成だね。現状、脱出の手がかりはゼロ。何から調べればいいかすら解らない。でも、だからこそ、細かく雑多なところも調べるべきだよ。それで、姉さんはどうなの?」
話を振られた草食。奥歯を噛み締めた。草食はこの街に居たかった。折角家も手に入れ、安定した生計を営んでいる。なのにリスクを背負いたくない。
だが建前として脱出を掲げているのは、草食だ。否定はできない。
「そうだね。外に出よう。ただ、収穫がなかったらこの街へ戻ろうよ。家もあることだしさ」
「そうだな」
プロペインが締め、全員一致。無言で頷きあう。この家を、街を離れ、どこか遠くへ旅をする。一見荒唐無稽なその策も、水、食糧があっても地図のない者には、最善策に思えた。
「ところで、なんですが」
レモンが手を上げる。食事を終わらせようとした手が空中で静止する。
「プロペインさんって、今は仮入隊じゃなかったですか? それって、今どうなっているのかなって」
「あー」
草食が天を仰ぎ、拳をポンと叩いた。プロペインもそんなこともあったとようやく思い出した。
「俺、もうメンバー入りしていたと思ってたぞ」
「まぁ別にいいんじゃないの?」草食が腕を組みもたれる。「もう仲間なのは明らかだし。ところでハチ。あんたも入隊は一ヶ月がどうこうとか言ってなかった?」
「……そういえばそうだったね。じゃあ無期限で続けるよ。いい? サム」
オサムは適当に頷いた。
「よしよし」草食は椅子の上で腰に手をあてた。「それじゃこれからよろしく」
「よろしく」
改めて、まんぷくテロリストに加入者が現れた。それに深い感動はなく、知らないアプリがアップデートされたような興味の薄さが残った。
「じゃあ」プロペインが缶詰めとスプーンを置く。「俺はラスルネの人にこの事を伝える。皆は好きにしててくれ」
「りょーかい」食べ終わった草食が椅子を揺らす。ハチが慈愛の瞳を向けてきた。
「姉さん。多分しばらくはスロットできないだろうから、今回はしてていいよ」
「マジ?」
「ただし常識の範囲でね」
よっしゃあと叫び後片付けもせず、草食は外に飛び出した。一同苦笑してそれを見送る。レモンだけ軽蔑の眼差し。
「ねぇハチ。訓練に付き合ってくれない?」
「いいよ。今回はどちらかがデスするまでやろうか」
BBとオサムはそう会話。その後皆で缶詰め等を片付け、農場の空き地へ向かった。レモンも着いて来た。曰く見学したいとのこと。
着いた。自然とレモンが審判役になる。
BBとオサムが武器を抜き、向き合う。縛りなし。武器は何を使ってもいい。真剣勝負。
「始め!」
レモンの掛け声。しかし両者動かない。オサムはカウンターで戦うスタイル。迂闊に攻めればダメージを貰う。さらにナイフを盾として使う。攻守共に隙がない。
だがBBとて攻め一点ではない。守りにも入れる。それでも決着はすぐつけるべきだ。そう闘争本能が声援する。
一歩踏み出す。オサムは動じない。成長したものだ。二歩目。刀も向けず、本当に歩くだけ。それだけで、空気を凍死させる緊張を生む。
ごくりと、レモンが唾を飲む。同時にBBが飛び出す。オサムは遅れず反応。振るわれる刃を避ける。すぐの銃撃をしかし貰う。刀はブラフ。そして距離を離したのが不味い。ショットガンに持ち替えて狙っている。
転がって避ける。銃声なし。後悔の時には銃口を向けられている。オサムは咄嗟にジャンプ。発砲。散弾はオサムに掠りもしない。だが空中でできることは少ない。大地に接触するところで、BBの乱舞がくる。
一刀のみの乱舞。それを二本の刃で辛うじて受け流す。あまりにも速かった。鉄と鉄の火花。その重低音は腹の底まで響き渡る。
上段から来る攻撃。しめた。右へ体をよじりナイフで大きく弾く。そこへナタで斬りかかる。BBは弾かれた勢いそのままに、足を回して蹴り。ナタを吹き飛ばす、ハズだった。
オサムは決してナタを離さなかった。よろめいてもナタは落とさず、追撃の突きも体を捻りナタで弾いた。
転がってBBの刀から逃れる。銃を抜く。そして引き金を何度も引いた。BBは全て斬り捨てた。だがこれは時間稼ぎ。その間に手榴弾を転がしていた。BBの背後に。
BBは気付いた瞬間にオサムの眼前へ。されど二重のトラップ。オサムは地面にもう一つ手榴弾を置いていた。逃げ場はBBにない。オサムは後ろへ身を投げた。
爆発。爆発。
土煙が舞う。気は緩めない。けれどもあの状態から抜け出す方法が解らない。ならば勝った。やった。マガジンを装填、キル確認をしようとする。
足音を出して歩いた。刹那の静寂が響いた。ナイフが来た。煙の中から飛んで。オサムの胸に刺さり、ダメージが加算される。
銃を撃つがもう遅い。上からBBが落ちてきた。ジャンプしたのだ。そして手にはショットガン。
躊躇なく撃ち込まれ、オサムはデスした。
BBは、手榴弾と手榴弾の間に上手く逃げたのだ。それでダメージを最小限にした。あとは足音を聞いてナイフを投げ、ジャンプしてキルした。果たして、あの爆音の後に足音なんて聞けたのか。BBは気配で察したのだろう。
だが彼も無傷ではない。破片によるダメージは貰った。それだけでも、オサムとしては一歩前進だ。
「相変わらず、ハチさんは強いですねー」
レモンはそう溢した。オサムがリスポーンして戻るまでの間、残る二人は雑談に勤しむ。
「いや、オサムも成長しているよ。二個の手榴弾は良い手だった。銃もちょっと使っているし。オレも対応しないとな」
「褒め言葉はオサムさんに。でも、これ以上ハチさんが強くなるって、何をすればいいんですかね」
「うーん。武術とか軍隊格闘術、とかを習うとか。自衛隊の人がこの世界にいたら教えてもらうのにな」
オサムが走ってきた。その表情は晴天。BBにダメージを与えられたことが嬉しかったのだろう。
嬉しそうな顔も、二人が褒め殺したお陰で真っ赤。でも、心は純粋に満ちて、清らかだ。
さて清らかでないのは草食。彼女はスロット屋に駆け込み、早速回していた。周囲の常連からは内心、カモがネギしょって鍋に身を投げているようにしか見えない。
だが、当たる当たる。コインが増えていき、草食の下品な笑みがギラギラ輝く。これを更に注ぎ込む。またまだ回す。
今回はツキがある。そう思うだけで草食は抱腹絶倒できる。もう誰にも止められない。今日は勝って豪遊だ。何を買おうか。牛の肉はないか。ご馳走に金を回そう。全く、ノンアルでない酒がないのが惜しい。これなら何杯でもいけるのに。
そうして勝ち続け、ふと仲間達の顔が浮かぶ。その顔は、哀れみや怒り、悲しみでできていた。自然と、手が止まる。
金を子供に管理されて。作戦を考えるのも人任せ。銃と弾がなければ何もできない。なのにギャンブルを楽しんでいる。こんなのがリーダーの姿か。
勝っているのに、どうでもよくなった。立ち上がり、コインをトウモロコシと交換する。受付スタッフが彼女を目で追う。宇宙人を見る目だ。
さて外に出たはいいが。何をしよう。スロットをやめても、他に興味がない。現実だったら酒がある。タバコはしない。この歓楽街を回ってみよう。
そして気付く。スロット以外のギャンブルの多さに。こんなに楽しそうなものが、ありありと建っていたなんて。草食はその中の一つ、丁半屋に入った。扉をくぐった。血の緊張が身に刺さる。この張り詰め方は実にそそる。
受付を済ませ、早速遊んでみる。ルールは単純。お椀の中にあるサイコロの出た目が、偶数か奇数かを賭ける。最低モロコシ二つ。最大十個。
親がお椀を握り、ボンと地面に叩きつける。
「はったはった!」
丁、半。どちらかを叫び賭ける。草食は丁に賭けた。出た目はピンゾロの丁、らしい。彼女に詳しいことは解らない。
気をよくして、博打打ちの吐く空気の下、彼女はまた賭けた。
しばらくして、外に出る。充実した時間だった。スロットよりいい。草食はスロットをやめる決意をした。これからは丁半だ。
ちなみに負けた。お小遣いは消えている。




