第38話 三文ミステリー
「これ、一体どういうことなんでしょう」
レモンの呟き。オサムは呼応する。BBと草食は静かなにらみ合いをしている。もちろんまだ疑いの段階だ。迷って死ぬ場面ではない。BBは慎重に事を運ぶ必要があると判断。下手すればチーム内の地位の問題に発展する。
対して草食といえば。気楽なもんだった。もうすでに隠し通せると確信している。豊かな安心で、顔から緊張感が失せている。
「姉さん、余裕そうだね」
「そうかな」
「なんでこの危機でその余裕を? 犯人に心当たりがあるの?」
BBに問われ、しかし草食はこれが余裕でないことを知らなかった。これは慢心なのだ。それさえ解らぬ彼女は、得意気にBBを見る。
「一番疑いが深いのは、やっぱりラスルネの人だね」
身内を信じたいオサムにとってもこれは衝撃。ラストルネッサンスにはこの家の恩がある。その人々を責めるのには強いためらいがある。二つでせめぎ会う。
レモンとBBは冷静であり続けた。BBは草食の趣味を知ってる故、理由は想像できた。しかしレモンは、ラスルネに矛を向ける理由が解らない。だから聞く。
「草食さんは、なぜその人のせいだと思うんです?」
「そりゃあ、あの警備の人は、ずっとここにいたからね。犯行しやすいのはあの人、彼女だよ」
「でもあの人、草食さんがまたここに来た、と言ってました。まず手近な疑惑から晴らしましょう。草食さんは何をしていたんですか? ここに来て」
「うーん」
ちょっと困った。事実は言ってない。そして言ってないことを言うつもりはない。だが言うなら、嘘を吐かねば。ありったけの思考を割いて発言する。
「さっきも言ったじゃん。弾を取りに来たんだよ」
「なぜ弾を?」
「この街ではトウモロコシが通貨になっててね。でもあたしは持ってない。だから銃弾で払ってたワケ。皆もそうしといたほうがいいよ」
「なるほど。それで、弾をまた追加するほど熱中していたと」
「え、ま、まぁね。それなりに好きだし。スロット」
「ふむ」
レモンの中で、嫌な図式が成り立つ。草食はもしや、ハマりすぎて横領をしたのではないか。いやまさか。レモンの中で、草食はリーダーでありムードメーカーだ。確かにダメなところはある。しかしそんなセコいことをするような人ではない。
ない。が、それは勝手なイメージだ。そして現状、容疑者は二人。草食と、警備の人。もしくは例外。
BBをレモンは見た。そういえば彼はさっきから、いやずいぶん前から草食を軽く見ている節がある。よくも悪くも。何か知っているのではないか。だから疑り深く草食の言葉を聴いているのでは。
「ちょっとハチさんと話してきます」レモンはBBの方へ動く。
「おーっとちょい待った」草食がすぐ止めた。「それよりもさっきの人に聞いたほうが早い。さぁ行こうよ」
なぜそうも否定するのか。レモンはますます疑惑を深めた。BBもだんだん、察しをつけてきた。
「それは行くとして、だよ」BBが言う。「姉さん、今、弾を何発持ってる?」
「どしたのさ、そんなこと」
「いやぁ。何発使ったのか気になってね」
「あと、その前に何発あったかを聞かせてください」
レモンの援護にBBは内心感謝。そして草食。ようやく事態に気付く。何か、問い詰められている。追われている。
そのすかした態度で足を組むのをやめる。この時まで座り、足を組んでいたことさえ気が付かない。やっと思考が二人に追い付いていく。不味い。このまま嘘を言っても本当を言っても、実質詰みだ。銃を調べられれば、終わりだ。
だからこそうろたえるな。ここは、そこまで注ぎ込んじゃったごめんテヘ。なんて感じでやり過ごそう。
「いやぁ、持ってたのは三十発ぐらいかな。全部使っちゃったよアハハ! アハハ?」
「全部?」 レモンの声色が変色する。「全部ってことはですよ? これから戦いが起きた時、草食さんはどうするんですか?」
想定外の質問。心臓が高鳴る。空中に投げられた空中で説教されるよう。その驚きが顔に出た。レモンは追撃する。怒りを心頭に伸ばして。
「私は、どうするのかと聞いているんです。いや、答えなくてもいいでしょう。自分の命とも言えるものを売り飛ばすのですから。いいですか? この世界はいつ戦いが起こるか解らないんですよ? それで自分の武器を、弾を、ギャンブルに変える?」
レモンの目は尚も燃えたぎる。
「そんなことをするなら、組織の物を持っていく可能性があります。とはいえ、可能性ですがね。ですので、まずは銃を見せていただきましょうか。私の間違い勘違いなら、お詫びしますけどね。私は、貴方が全部使ったという言葉を、ジョークとして、今受け取っていますので」
その場にいる全員が、レモンの怒りに驚愕する。オサムは理由が理解できない。草食はビビりちらす。BBは何となく想像できた。これは、失望だろう。たとえ草食が倉庫泥棒の犯人でないとしても、評価は下がった。スロットに全額突っ込むお馬鹿と見られる。
弾は金になるが、金そのものではない。銃弾なしに早撃ちはできない。早撃ちのない草食は、カウボーイのコスプレをした、ただのモブだ。近接戦闘は当然BBやオサムに劣る。今この瞬間、草食は戦力外になるかもしれない。
「さぁ草食さん」レモンが手を伸ばす。「貴方の銃を。一発も入っていないことを。ないんですよね? それを証明してみてくださいよ。どうなんです?」
最早逃れようがない。草食に一つ、冷や汗が流れる。だがこれは、起死回生のチャンスだ。このミスで倉庫のことを有耶無耶にし、罪を逃れる。宿題を失くしたと嘘を言う小学生のようだ。だが彼女にはこれしかない。
「……ごめん」草食は頭を垂れる。「銃は渡すよ。でも、全部使った。ハマりすぎたのは、あたしの責任だね。これから自分で手に入れてくるよ。自分の手でね。三人は気にしなくていいよ」
「どれどれ」
レモンは渡されたリボルバーの弾倉を横にずらす。全て空なのを見る。薬莢さえない。オサムもそれを見る。草食への目付きが呆れに変わった。BBはため息で感情を表すにとどめた。
「正直に言ってくださって、ありがとうございます」
レモンの声の調子が戻った。草食も喜びを隠さない。あとは何とか離席してこの場を逃げる。それが草食の、いつもの行動だった。
「それで」顔も声も黒く変わるレモン。「倉庫については何か知りません?」
完全に疑われている。変わりなく。草食は依然崖っぷちだ。死刑囚の気分を体験した。冷や汗は今や氷河を成している。だがこの草食、このような金銭トラブルは慣れっこだ。その傲慢な強欲の肉体が、海に落ちるのを許さない。
BBは顔を手で覆う。もうレモンに見放されている。かわいそうな草食。これでカリスマも威厳も地に落ちた。あったかどうかは別として。
BBはオサムを見る。彼女も草食を見る目が、悲しいものだ。疑っている。もう逃げ場はないようだ。物理的に逃げても、草食の脚力ではオサムに追い付かれる。
草食は必死に抵抗する。
「いや、いや、知らないよ」これでも必死である。
「なぜ知らないんですか?」レモンは冷酷に抉る。
「だって、知らないし」半笑い。
「なぜ? と問うているのですが」
「待ってよ。こういうの推定無罪っていうのだよね。よくないと思うなぁ証拠もなしにぃ?」
「いやいや」BBは失笑を抑える。「推定無罪かはともかく、姉さんが一番信用ないからね?」
万事休す。だが彼女には最後の砦がある。オサムだ。彼女はまだ疑っている段階。レモンやBBは倉庫の犯人が草食であると確信している。しかしオサムなら。彼女にレモンへの反発を引き出せれば状況は好転する。
「お、オサムはどう思うのさ? こんなに疑ってきて、ちょっと酷いと思うなぁ」
「皆あれこれ言い合っているけどさ」
全員がオサムに注目する。その中でも草食の期待は過大である。言ってくれ。クモの糸となる言葉を。
「草食さんが行ってた店の人に聞けば解決しない?」
「あ」「あ」「あ」
レモンとBBはなるほどと手を打つ。彼らはそれだけ。草食は、心が折れた。ビルが折れるぐらいに巨大に。そのショックが、まさに致命の一撃。
「それもそうだね。まずは店に行こう」BBは頷く。
「そうですね。それがてっとり早い。サムさん、ナイスです」レモンはサムズアップする。
オサムも何か言いたげ。だが言わず、三人は外へ出ようと移動する。草食は懐かしさを覚えた。
この瞬間に酷似していたのをよくよく見た。それは、彼女がスロットに金を注ぎ込み過ぎて、親が調べようと家を出る時のこと。あぁ懐かしや。懐古で胃がキリキリする。
もう救いはない。ならば助命嘆願といこう。
「待って、待って」家の扉を開けようとする三人へ、床へ手をついて言う。右手を三人に伸ばす。「あたしが悪かった。全部あたしのせいなんだ。だから、そんな処刑みたいなことはしないでよ。いやしないでください。ほら、罪は認めたし、まずはお茶をどうぞ」
三人はゆっくりと草食に目を向ける。お気に入りのコップについた埃を見る目。
「姉さん」軽蔑を込めに込めた声と目。それを発したのは、レモンだった。
「お茶、ありましたか? あったならいただきたいのですが」
「ごめん、ごめんって」土下座に近い体勢の草食。「あの、働いて返すから。ね? あたし、頑張るとすごいよ?」
BBは長いため息を吐いた。こんな醜い人種久しぶりに見た。オサムに見せてはならない奴だ。BBは草食以外へ視線を移動する。
「あのさ。あの倉庫は皆の物なんだし、皆で返すしかないでしょ」
「え」「ハチさん! それは」
「いや、姉さんだけで返せたり、取り返せたりするものではないでしょ。あの量は。皆でやらないと。あと仕事も貰わないと。良い点を一つ挙げるなら、トウモロコシを貰えることぐらいかな」
「では、プロペインさんにも話さないといけませんね」
草食はすっかり縮こまった。アリ地獄に吸われるアリのようだ。真面目な子が罪を犯した時の顔でさえ、ここまで深刻ではない。
今にも涙が流れそうだ。この絶望感。大の大人が泣くなんて。自分の失態で。贖罪のためでもなく。面子とかプライド以前の問題だ。
「ね、姉さん」
オサムの意外な呼び掛けにハッと顔を上げる。オサムの表情は、まさに女神。豊穣と慈愛の女神。後光さえ差しそうだ。もしかしたら、彼女は許してくれるかもしれない。ここまで来て、許されるかどうかなんて考えるのに、人間性が見える。
「姉さんのことは許せないけどさ、真面目になったら、皆許してくれるよ」
BBも聞いていた。なんだこの下手くそなフォローは。フォローにも何にもなっていない。ただ草食を責めただけだ。
実際草食は無間地獄に落とされた。大体姉さん呼びも(多分)BB以外は蔑称だ。それでいて、何とか哀れもうとされている。粗相をした幼児を褒めようとするのに似ている。オサムからは怒られていない。それ故に苦しい。何もかも、自業自得だが。
プロペインは家の空気を察していた。それでもゆっくり扉を開ける。扉を目の前にしたレモンと、振り返ってオサムと草食を見るBB。優しい顔のオサム。土下座の体勢で顔を上げ、呆然自失の草食。
「……何があったんだ?」
レモンは私情を挟まず淡々と情報を渡した。聞いていく内に、プロペインの顔が落胆に近付いていく。
プロペインは今の状況を把握した。一つため息をして、頭の中で整理。
「ラストルネッサンスに頼ろう。彼らには恩を売っているからな。何か仕事をくれるかもしれない」
「では、皆で行きましょう。皆で、ね」
レモンは先に外へ。あとは任せるとBBはプロペインに目配り。レモンを追う。プロペインは了解したらしく、外に出たがらない草食をなだめ始めた。
「レモン」外でBBが話しかける。
「どうしました?」
「怒るのは解るよ。でも、姉さんはまだ利用できることを忘れないでね」
「利用、ですか」
「そう、利用。そう考えたほうが物事は楽だよ」
BBの発言はレモンを感心させた。同時に、その考え方に疑問を抱く。ともかく、今日は厄日だ。




