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楽園のポストアポカリプス  作者: 平之和移
第1部の2 ファームシティ編
37/137

第37話 子供の瞳


プロペインが農場を見学し、子供達三人がダーツで遊んでいる頃。


草食は、大敗していた。


「クソ、このクソ台……! あたしから全てをこぎとろうとしているッ!」


そう言いながらスロットを回す姿はまさに滑稽。だが過熱された欲望が、回さないことを許さない。当たりを引くために何もかもを捨てねばならなかった。


そして全て消えた。手持ちのコインは全てが消費。一人悪態を吐きながら換金所に赴く。暇そうなスタッフが草食を目に止める。


「コインが欲しいんですか?」


「もちろん。さぁ弾はあるから。変えて」


高圧的な態度に飽き飽きとするスタッフ。まぁギャンブルにハマる奴なんてこんなものだと、草食の銃弾を受け取る。


「……これは老婆心というものなんですがね」スタッフが勘定をする。「負けもこんでいるんでいるようですし、今日はこの辺にしておいたほうが」


「まだ勝てる! 希望を捨てなければ、望みは叶うんだよ!」


良いことを言っている。しかしその希望が、ギャンブルに勝てるかどうかなのか、ということなのが台無し。救いようがない。


それでも仕事は仕事だ。カウンターの下にある銃を撫でる。安心した。この女が暴れても自衛はできる。弾を受け取り、コインに換算する。


「ちょっと、これだけ?」草食は受け取ったコインを見る。


「そう、それだけです。ですから、やめた方が」


「いや、これで勝てとの女神からの宣告だ! よし、これで今までの負けをひっくり返す!」


コインを受け取った草食は早速台へ座り回し始める。負け、敗け、コインは散る。


今日は運がなかったと思う。ハズだった。彼女はこの街に来て、一度も勝ったことがない。もちろんスロットの話。他の店も回ったが、全て負けた。根本的にギャンブルに向いてない。過去の成功体験が常に足を引っ張り、耳元で戯言を吐いていた。まだ勝てると。


草食は、世界の一つは救えそうなぐらい速く思考する。もう換金できるものはない。この服装は気に入っているから、これは変えられない。銃なんてもってのほか。まだ理性がある。


そこで、悪魔が囁く。自宅の倉庫から食糧を取って来て、それをコインにするんだ。取ってしまった物資は、勝った分のコインで手に入れればいい。


天使は呆れて自害した。故に、その結論を天才的だと褒め称えた。悪魔しかいないので彼女は悪魔だ。草食は席を立ち全力で駆けた。家へ。物資を横領するために。


家にはすぐ着いた。扉の前にはラスルネの隊員。警備している。


「お疲れ様でーす!」


「お疲れ様です、草食さん」


全く疑われず中へ入れた。当然。彼女は我らがヒーローまんぷくテロリストの長なのだから。草食は倉庫に行き大量の物資をポーチに納める。


そして家を飛び出た。怪しむ者はいない。歓楽街まで走り抜く。


「換金を!」


スタッフに物資をドッサリ渡す。怪訝な目で見られた。


「これは?」


「そんなのどうでもいいじゃん。ほら、コインをちょうだいな。次こそは勝ってみせる……」


ため息を吐き、スタッフはコインを渡す。出禁にしたほうが彼女のためではないか。スタッフは考える。だがそれを店長やらに言っても、格好のカモを逃がしたくはないだろう。最早哀れみさえ感じる。


そして彼女は負け続ける。負ける度に家に行き、物資をコインにあてる。その行いが、どれほど愚劣で、恥ずべきことなのか。草食はそれを考える脳さえなくなった。


そこへ、幸か不幸か。だんだんと勝ち始めた。


「お、おお?」


そんな声を漏らす草食。近くの客が引く。回しても回しても、勝つ。どんどん増えていくコイン。やった。ついにツキが回った。


ならばこのまま勝ち続ける。どんどん投入。幸福の神に飲まれんばかり。


だが、最盛の時は短い。すぐに負け始める。ハズレばかり。また一文無しになった。


だが敗北感はない。彼女には確かに、ツキがあった。女神はまだお笑いになっている。この期を逃すな。


彼女は誰にも知られず、家に全力ダッシュ。袋を手に、物資をガンガン詰める。その顔は、真に下品だ。


家の物資を半分以上持ち出し、店に戻る。スタッフはその袋にショックを隠せない。この女ここまでやるのか。狂っているのか。目撃者も、目を疑っている。


「あの、もうやめておいた方が」


「あたしが勝てばあたしが得をする。負ければあんたらが得をする。何も間違っていることはないッ」


「……私は知りませんからね」


草食の気持ち悪い早口。それに負け大量のコインを渡す。草食は受け取る。その顔の醜悪さといったら。ギャンブルなんて、やらないか、ほどほどにするべきだ。スタッフは教訓をしかと刻んだ。


手に余るほどの金属片、ツキ、強欲。もう彼女は無敵だった。何せ負ければ何もかも失うのだ。そりゃ無敵になる。


悲しいことにどんどん負ける。その度に理性は、より獣へ、より虫へ、近付く。


「クソ、畜生、何で、どうして7が揃わないッ」


そう言う草食は、目の前のことに過集中していた。だから、彼女の背後にいる者に気付かなかった。


「草食さん?」


儚げな声。娘の悪行を見つけ出した草食の母のよう。だから、草食も彼らを気にすることができた。


振り返る。ぎこちなく。オサムがいた。彼女の顔は、草食が想定していたより、甘い顔だった。


さて、BBはこの状況下に、草食以上の危機意識を持っていた。草食の趣味がバレた。だがまだ焦る時じゃない。パチスロやっている奴がすぐクズだとは限らない。先入観の観念でいえばそうだ。だが彼女はどうだろう。


挽回の余地はある。オサムが扉を開け、草食の醜い悪態を見聞きしまっているが。それでもまだ絶望への落下は始まっていない。ここでカバーすれば、難は逃れられる。リーダーを失うというピンチから。


「やぁ姉さん。盛り上がってるね」


固まっている草食に、BBは張り付いた笑顔で言う。そこには言外に、余計なことを喋るなと伝えてある。


「そ、そ、そうだね。つい熱入っちゃった。アハハ。みっともない姿見せちゃったねぇ。ほら、うん」


下手な言い訳だ。しないよりはマシだった。それでオサムとレモンはホッとした。BBはまだ緊張を解かない。オサムは好奇心のまま尋ねる。


「じゃあ、前にブラックジャックしてた時のコインって、やっぱりここら辺からだったんですね」


「そうなんだよ!」やけにテンションの高い草食。


「となると、あの時は結構、引き? が良かったんですね。今日はどんな感じですか?」


「いやーダメだね。危うく全敗だったよ」危うくではない。もう敗けている。


「ふーん。ところで、何ですけども」


「何? スロットのことならお姉さんに聞きなよ?」


「コインって、店外持ち出しOKなんですか?」


何てことない質問。パチスロに疎い子供達三人は、むしろ知的好奇心がくすぐられる。草食の返答を待った。


草食の目から、生気が溶けてなくなった。BBは、素直にヤバイと思う。別の話に変えるため画策。だが良い案がすぐ浮かばない。


「あ、こういう時はお店の人にルールを聞けばいいですね。まぁこんな世界だし、大丈夫でしょう」


レモンはそう言った。聞きに行こうとする。鈍感な言葉を綴る彼女へ、草食が手をがっしり掴んでくる。その握力は、臨戦態勢を作るのに充分だ。


「そ、それより」若干汗ばむ草食。「もう遊んだから、家に帰ろうかなぁって。ほらもうおひるも近いし」


レモンの目が一瞬鋭くなる。BBは草食への加勢を控えた。レモンは何となくだが勘づいているようだ。BBは、下手打ったら信用を失くすと考えた。


ここはあえて何も知らない振りをしよう。


「確かに、もう昼だね。オレは家でゴロゴロしたいし、帰ろうか」


「んー。まぁベッドで昼寝するのもいいかもね」オサムは呑気に言った。


ということで、四人は家に帰る。この時の草食の喜びようと言ったら。それはそれは、極上のものだった。今日はやはりツキがある。草食は一転、ピクニック気分で足を運んだ。


家に着く。扉の前のラスルネ隊員が四人を認める。その中に草食がいるのを発見した。


「お、草食さん。また何か持ってくんですか?」


「姉さん、何か外に出したの?」


しまった。またも草食に窮地。思い出せ。親に金を借りる時に吐いたあの嘘の軍団を。こんな子供達相手にするのは悪いが、ピンチから脱するのが先決だ。


「家に弾を置き忘れてね。あ、もう帰って大丈夫ですよ。お世話になりました」


「いえいえ、それじゃ」


やはり今日はついている。スロットでは散々負けたが、これで実質勝利だ。もう怖いものは何もない。全部身から出た錆なのだが。そんなことも案じず、堂々と家に入る。


ソファにどっかり座る。今、草食は大変ご機嫌だ。無敵だ。少なくとも彼女はそう考えている。草食は予定を立て始める。三人がまたどこかに行ったら、午後こそは勝ってみせよう。こんなにもツキがあるのだ。晩飯はまた肉屋を欺いて、ステーキにかじりつこう。なんて美味なる一日だ。


「じゃあオレ、食べ物取ってくるよ。何がいい?」BBが皆に聞く。


「ポークビーンズ以外なら何でも」「私も同じでお願いします」


オサム、レモンに続いて草食も答えようとする。目を見開く。BBが向かう先は倉庫。そして草食はそこから大量にパクっていった。殺人現場の周りに、犯人が立っているような迂闊さ。


誰にも悟られないように息を吐く。落ち着け。ここで騒げば自分が犯人だと言っているようなものだ。ここは見知らぬ、存在せぬ犯人をでっち上げる。自分は驚くだけ。自分を守るんだ。何も問題はない。


「姉さんはどうする?」


「あたしもポークビーンズ以外で」


表情は崩さない。態度も堂々と。


倉庫内に入ったBBは、まず目を疑った。朝まではあった食糧の大部分がなくなっていた。泥棒か? いやラスルネの人が見守っていたハズ。


ダイニングリビングに戻る。そして一言。


「倉庫から食糧が消えている」


レモンもオサムも言葉を失う。急いで倉庫へ。事実を確認する。今度は呼吸を失う。


「なくなってる? 本当に?」


草食に問われ、二人は頷いた。


「これは、ミステリーだね」


やけに冷静な草食。BBは違和感を覚える。もしなくなっているのを知ったら、我先に見て、絶望しそうなものだが。


そうだ。ラスルネの人は草食がよく出入りしていたと言っていた。現在容疑者は草食だ。


「姉さん、心当たりない?」


「ん? いや、ないよ」


その冷静さ、冷淡さが、よりBBの疑い強める。かくして心理戦は始まる。

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