第29話 ねこ総隊長
岩が転がる荒野。さっきまで戦闘があったこの辺りに三人の男女がいた。彼らは岩に隠れ、遠くにある巨大な扉を凝視していた。彼らはあの混乱を生き延びたオールドスランガーズ隊員。逃げようにも本隊のほうへラストルネッサンスが行ったので、帰るに帰れない。
扉に動きはない。あの中に、四天王の一人パロットが行った。その後音沙汰がない。扉が開かれる様子もない。あれを開けられるカギを持っているのは……誰だったか。三人はねこ総隊長以外思い浮かばなかった。
土を踏み進む音。背後から間違いなく近付いてくる。三人は気付かない。目の前にある危険を、人を見る狼のように眺めていた。
「どうだ様子は?」
その渋い声をかけられ、やっと気付いた。「あっ」と言って振り返る。
そこには筋骨隆々な男がいた。ハゲ頭にサングラスをつけている。簡単な装甲を見にまとい、強者の凄みがある。最後のは隊員の私見だが。
「隊長!」
それは、オールドスランガーズ総隊長、ねこだった。本当のプレイヤーネームは名無しだが、みなそう呼ぶ。
「パロットの部隊を全滅させたまんぷくテロリストはどこだ?」
ニヤリと自信ありげな笑み。隊員達を安心させた。隊員は立ち無造作に敬礼をする。
「は、はい。あちらの扉の中に」
「ご苦労」さらに笑みが深くなる。「あとは私がやる」
「隊長自らが?」思わず敬礼を解いた。
「これ以上お前達に犠牲が出ては困るのでな」
ガシガシと土を踏みつけて、ねこは扉へ向かった。
「さすがだぁ」
すっかり安心しきった隊員達。それぞれが顔を見合わせて「隊長にかなうプレイヤーなどいるワケが……」などと言って盛り上がっていた。
そんな彼らをよそにねこは扉の前に着く。カギ、いやカードキーを使って扉のロックを解除。両手で開き、地下への道を進む。電光がねこ一人だけを照らした。彼はもう一個の扉にも到着。またカードキーを使う。
光を背に両手で開ける。中は薄暗かった。電球が的確に破壊されているのが解った。
一歩。二歩。進んでいく。
コロコロコロ。何かが転がってきた。目を凝らす。フラッシュバンだった。
「ぬう!」
反応してももう遅い。閃光が目と耳を潰し外界を探ることができない。ショットガンでも向けられたら終わりだ。即座に跳んで転がって何かを避ける。
視界が回復した。そして視覚が存在を認知。一人の、ショットガンをリロードしている美少年だった。BBだ。
ねこは刀を抜いた。彼の長身にあったサイズの打刀。BBのよりも長い。BBの刀を見ても、ねこは特に何も思わなかった。
BBは間髪入れずねこに銃口を向ける。が、ショットガンに火花が散る。撃ち落とされた。ねこは拳銃をホルスターにしまう。
「ドーモ、ハジメマシテ。ねこです。よろしくおねがいします」
ねこ。この大仰な自己紹介に、BBの緊張がレスポンス高めになる。ねこ。それは彼らの総隊長の名であったハズ。こいつが本人でなくとも、あっても、油断ならない。現に草食ほどではないが銃を抜くのは速い。さらに装甲。袈裟斬りで勝てる相手ではない。
「……BBですっ」
BBも挨拶を返す。同時にダッシュ。ジャンプ。空からねこを攻めあげる。嗤うように避けられる。斬ろうとして、銃が抜かれる。突きに切り替える。首。脇。股。狙うもわざと外し、顔を狙う。かわされた。
腰を落とし、下から斬り上げる、ように見せかけて股を狙う。がしかしその突きを見切られた。刀を踏みつけられる。首根っこを捕まれ地面に叩きつけられる。すんでのところで左手を地面につけ、バネのような動きでねこの顔面を蹴った。
クルリと宙を回転してBBは着地。ねこはいわゆる八相の構えで突撃。見え見えの上段だ。だが速い。防いだと思ったら次の攻撃が来る。シンプルに、刀の振りが速い。
横薙ぎの攻撃が来る。防ぐが吹き飛ばされる。ダメージはない。しかし着地を狙って銃を抜かれた。空中で体勢を立て直し、飛んでくる弾丸を斬った。ねこが信じられないものを見た、という目をBBに送る。
BBが着地の衝撃を使って一瞬で間合いを詰める。すでに懐の内。抱き込むように動くねこ。BBは跳んだ。顔を掴み、全体重を前へかける。ねこが倒れ始める。首へ突き。すかさずねこは、空いている手で刃の狙いをそらした。それでも深々と体に刺さった。
ねこはBBを殴り飛ばし立ち上がる。しかし立ち上がっている最中にBBは空中て斬撃。ダメージが更に通る。また地に着いて右へ左へ。駆け回り錯乱させる。BBの猛攻が始まる。
まず浅く斬ろうとする。弾かれる。浅く上から。弾かれる。だんだん二人の距離が近付く。離れようとすると銃を抜こうとする。させまいとねこが詰める。そこを脳天めがけて突き、弾き。その弾かれた衝撃のまま足を斬る。
それに構わず刺そうとしてくる。寸分の差で回避。ねこの脇を刃が通る。BBは下から突き上げる。跳んで跳んで、顎に刺そうとした。何とか頭をくねらせて避ける。刃が頬を撫でた。
BBの跳びが、顔面まで行く。腕まで行くと肘を曲げ鼻面に一撃。刀で追撃しようとして、ねこが後ろへ下がった。
おしまず攻撃。斜め上からフェイクをいれて脇へ滑りこみヒザ裏を狙う。浅く斬った。背後に回られた。ねこは素早く薙ぐも、跳躍したBBが先手を打つ。首を一閃。ねこは寸前で防ぐ。だがBBの刃は刀を撫でて上へ弾いた。そしてまた顔を浅く斬った。ねこを蹴り飛ばして距離をとる。
形勢はねこに不利。彼は後ろに跳び、撃ち落としたショットガンを拾おうとする。ショットガンが飛ばされた。BBの射撃。ねこにある銃は、もう空のマガジンが入った銃のみ。
また八相に構え、突撃。
「うおおおおお!」
威勢のいい叫びにも、BBは屈しない。駆けた。ねこは上から。BBは下から。それぞれ斬る。
お互い、刀を斬りきった。ねこの左腕が宙を舞う。それに気付いたねこ。わずかな逡巡。
「でぃやあああああ」
失笑を誘うほどの情けない声。勝敗は決した。BBはさっさととどめを刺そうと近付く。その足音は、プライドを食らうワニの足音に聞こえた。
そこへアサルトライフルの銃撃。BBは跳んで回避。フラッシュバンを投げる。閃光。その間にBBはショットガンを拾い外に出た。
光が薄まっていく。隊員達が見たのは、左腕を失った自分達の隊長だった。
「隊長、お体のほうは?」
はぁはぁと息を吐くねこ。やっと立ち上がり左肩を支える。トボトボ歩く姿が、何とも物悲しい。
「私を医療センターに連れていけ!」
どこがプレイヤー最強なのか。そう問いたいほど弱々しい声だった。
BBは荒野を走っていた。さっきのねことやらの乗り物はなかった。走って本拠地まで向かわないといけない。そう気付いたのは、待っていると期待していたバンがなかったからだ。
だがこういうことに文句をつけるつもりは、サラサラなかった。もう昼も過ぎている。急がねばならない。総隊長が動いたのなら尚更。
BBはひた走る。地獄のマラソン。
オサム達はすでに本拠地前に着いていた。
オサムはやっと戦車の操縦を手のものとしていた。だけどもこれを利用できる場面は少なそうだ。
ハッチをガンガン叩かれる。開けられた。そこにはレモンがいた。
「サムさんお疲れ様です。戦車はラストルネッサンスの人が使うらしいので、一度降車してください」
「りょーかい。これ砲台として使うの?」
「はい。この戦車で支援砲撃。それに乗じて突撃する算段です」
「ずいぶん力押しだね。勝てるの?」
「電撃戦ですからねぇ。我々がベッドルームを見つけ、破壊すれば勝利も同然なんですけど」
「そのベッドルームがどこにあるのかってワケか。……そういえば基地って広いの?」
「見てみてください」
オサムはハッチから出て戦車の上に立つ。
その刹那。夜景かと見間違えた。オサム達は小高い丘にいて、眼下に広がる基地を見ていた。そこには電球の光がある。どこかに発電機があるのだろうか。
そして何よりこの広さ。街一つ分はあるそこに収容されているのは全部戦闘人員なのだ。ここまでの勢力は強め、更に他にも基地があるということに、畏怖した。
今、己が対峙しているものは巨大すぎる。BBがいれば。オサムは理由もなくそう思ってしまう。BBがいたからどうなのだ。彼一人でこの基地をどうにかできるのか? だがそう考えてしまうほど、BBに対して信頼のようなものがあった。
傍にいるレモンか、虚空へか。オサムは呟く。
「勝てるの、これ」
「プロペインさんが言ってました。定石では無理だと。実際、敵より少数の城攻めなんて、ちゃんちゃらおかしいでしょうね」
「策は?」
「うーん。戦車砲がカギを握るかと。おそらく他に戦車はないでしょうし、あったとしてもそんなに多くは動かせません。ガソリンやらオイルが足りません。前のラスルネ偵察隊からも、油田の情報はありませんし」
「だから、さっき言ったみたいに、一つの傷から広げるんだね」
「そのまま退路を塞がれる可能性もあります。危険ですね」
夜景とはいったが、今は夕方だ。それでも電気の量は凄まじい。彼女は、自身らが位置してる場所を夜と思えたのだろう。
ラストルネッサンスの隊員がやってきた。彼らに戦車を引き渡す。オサムとレモンは自分達のバンへ戻る。
草食は気楽そうに、車の上で仮眠していた。気に入っているのだろうか。プロペインはしなしなのポテトチップスをつまんでいる。オサムはそれを見て空腹ゲージを確認する。
かなりギリギリだった。車の収納スペースから食糧を取る。ついでにレモンへコーンスープの缶を投げ渡す。レモンは受け取るのに失敗して落とした。オサムに被害はない。コーンスープも無事。
「ごめん」
「いえ、私の運動音痴が悪いですよ。それより、ありがとうございます」
オサムはイワシの缶詰めを開ける。ナイフで突き刺し口に含んだ。味がしない。緊張しているのだと判った。
今、BBはどうしているだろう。オサムの考えていることといったらそればかりだ。こんな形で距離を置くのは初めてか。
自分で決断したことなのに、あの山の基地を壊したことを恐れた。BBに裏切られたと思われたら。だから、それを身に受ける覚悟をしたんじゃないか。頭を振る。自分がしっかりしないと。この戦いに負けるかもしれない。
少し腹が立ち、イワシを口に放り込む。今度は味がした。おいしくない。これは水煮だ。そりゃ味もしない。味付けすれば話は別だが。だけど、それさえも今は許容できそうだった。
どうせ、BBとは合流する。彼は義理堅いから、一度は助けてくれるだろう。もしくはその必要もないか。彼のことは未来の自分に任せる。今の自分の知ったことではない。
オサムは自棄っぱちな考えで締めくくる。次の缶へ。今度は……またポークビーンズだ。オサムの表情が歪んだ。これが嫌いになるほど食べている。
何とかアレンジしてみよう。また車の荷物を漁る。乾パンが出てきた。一つ取り出して、ポークビーンズに浸けて食べた。不味くはない。でもおいしくもない。
クラッカーがあった。これでポークビーンズをサンドしてみる。まぁいける。リピートしたくなる味ではないが。
だんだんと舌が苛立ち始める。いつか食べた鳥を食べさせろ。そんな訴えが頭に届く。 またBBとの思い出だ。別れたワケでもないのに。今は思い出したくない。
そうだ。彼女は自分への報酬を考える。もしかしたらあの基地には肉が、採りたての肉がある、かも、しれない。より戦う理由ができた。
そんなすぐ忘れる理由で、寂しさを埋めようとした。




