第24話 くらげなうたげ
プロペインが先導して被害状況の確認をしていた。中央に集まった人々は勝利に酔う。しかしまだまんぷくテロリストは気を抜かない。基地方面の情報がないから。
だが悲しめるほど被害は多くない。北は突破されたがBBとオサムがどうにかした。農場方面、東側も二人がどうにか。西の門は死守された。南ははなから攻撃を受けず、配属されたプレイヤーは退屈さえ食べれそうだ。損害はデスした程度。ロストしたアイテムも拾えた。
終わってみれば完勝と言えた。それもこれもまんぷくテロリストのBBとオサムの奮闘のため。ピンチを抑えたのはこの二人。その事実を、二人は受け取ろうとしなかった。
「皆さん、まだ警戒を解かないでください。俺が基地の様子を見てきます。それまでは待機してください」
プロペインは、全員に行き渡る声で告げた。その後、車に乗り基地へ向かった。気を抜くなと言われても、やはり守れたことは誇らしく、ちょっと無駄話はする。
BB、オサム、レモンは、そんな街の人々を見た。より身が引き締まった。なんだかんだ三人は真面目なのだ。言い付けを守り警備に徹する。
BBとオサムは南に来た。今おそらく最も気が抜けている場所。そこの者らは、いつの間にか戦闘が終わって気落ちしている。そんな士気の中、襲われたらたまらない。
だがじっと水平線を見ても敵は来ず。そして大活躍の英雄二人がいる。休まるものも休まらない。
二人はその場を離れた。また中央に戻る。フレアが上がるか、プロペインが来るか。どちらかを待つ。しかし流石に暇になってきた。
丁度その頃。門の先から歓声が湧く。喜びの声。
「草食さん達が帰って来ました!」
レモンが晴れやかに言う。レモンは高台から降り二人を促して迎えに行った。
「基地の様子はどうだった」
「全員撃ち抜いたよ。射的の気分だった」
プロペインと草食が会話。プロペインは固いインタビュアーのよう。草食は相変わらずヘラヘラ。その変わりようのなさに、レモンはかえって安心した。
「草食さん、お疲れ様です。どうでした」レモンが目を輝かせる。
「あたしの武勇伝が聞きたい? ありったけの弾ぶちこんで何十人もキルしたよ。キルレ見たらショックでデスするかもね」
「敵はどのぐらいでした?」
「うーん、あんまりかな。やっぱここが本隊だったみたい」
「……作戦成功、ですね」
「こりゃ宴を開かないとね」
傍らに現れたチェリーも頷く。プロペインも異存はない。
「皆さん!」チェリーが締めを飾る。「勝利を祝いましょう! 飲んで食べて休みましょう!」
それへの答えは、狂喜の雄叫び。まさにこの時を待っていたのだろう。
そして、貯めていた食料、ジュース、ノンアルなどが並べられた。全部好きにしていいらしい。暴れるように飲み食いされる。
BBはジュースと焼きトウモロコシを取る。ベンチに座った。
「お疲れ様、サム」
「そっちこそ。乾杯する?」
「乾杯」「乾杯」
二人はビンを軽くぶつけ鳴らした。チビチビ飲む。やけに旨い。もうすぐ朝になろうとしている。その空は色のミックスにより絵画のよう。
「今日はサムがMVPだね」
「やめてよ。わたしはできることをしただけ」
「それが助かるんだよ。サムはいつも頼りになるからね。プレゼントでもしたいけど、今はオシャレな物ないし」
「んじゃあ今度一緒に散歩しようよ。それでチャラにしてあげる」
「判った。じゃあオアシスでも探そうか」
「オアシス? 何で?」
「何でだと思う?」
その美少年の笑みには、サディスティックであった。BBにとっては、ただ距離の確認に過ぎないが。
オサムはそうとも気付かず顔を赤くする。
「……バカ」
「酷いなぁ。ただ一緒に泳ごうと思っただけなのに」
「水着ないじゃん」
「そうなんだよね。ラスルネの人に頼もうか」
「もう、散歩でいいってば」
「そうだね。サムはどこ歩きたい?」
その問いへの答えは窮した。どこでもよかった。でもそれを言うと、勘のいいBBのことだ。考えがバレる。
だから話を逸らすことにした。約束も、うやむやにする。
「それより、ハチから貰ったこのナタ。いつ返せばいい?」
「あげるよ。オレには刀があるし。それとも交換する?」
「いや」どうしてか、このナタは手放したくない。「いいよ」
「そっか。ところで、次はいつ撫でてほしい?」
飲んだジュースを吹き出しかけてむせる。この男、人をおちょくるのが相当好きらしい。
「べ、別に。もういいし」
「そうなの? 残念だよ。あれ好きなのに」
「そんなに好きならレモンにやれば」
言って、オサムは後悔する。これでは仲間を売っている。感情のままに話すもんじゃない。必死に言い訳を考える。そっと、BBが顔を近付ける。
「じゃあ、レモンのところに行こうかな」
「え……」声は悲壮に満ちていた。
「冗談だよ」
「……ハチって、ほんとサディスト。わたしじゃなかったらどうしてたの」
「君だからやってたんだけど。他の人にしてもつまらないよ」
もうオサムには、BBのことが解らない。なぜ自分にここまでこだわるのか。どうして口説いてくるのか。そこで『もしかしたら自分のことが好きなのかも』とは思い至らない。彼女の自尊心の欠如が窺える。
オサムは返答に窮していた。何を言おうにもBBの手の平の上。それが悔しいワケではない。でもやはり、彼に一歩先を行かれているように思える。リードしてくれてるような。だから、一言では表しきれないような、ごった煮のの感情が体を上下するのだ。
BBもBBで考える。自分が彼女をなぶるのは、サディズム以外に思い付かない。彼にとって、恋も愛も偽りだ。なるほど自分はオサムが好きなのかもしれない。しかしこの年頃の恋はただの遊びだ。BBはそう達観していた。
それになにより。恋愛は嘘の厚塗りだ。BBに熱はない。口説いていても。無情なほど、情が冷たかった。
「BBさん、オサムさん。ここにいたんですか」
二人が黙っているとレモンが来た。彼女も焼きトウモロコシとジュースを持つ。空いているベンチに座る。会話に加わり始める。おかげで先までの空気は払拭できた。
「お二人は大活躍でしたね。通りではお二人の話で持ちきりですよ」
「そうかい。ありがたいね」BBはニヒルに笑う。「でも、一番はオサムだよ」
「それもそうですね。オサムさんの手榴弾捌き、実に見事でしたね」
褒められ慣れてないオサムはそっぽを向く。悪い気持ちはないのだけれど。やはり恥ずかしい。
「ところで、何ですけども」身を乗り出して、「お二人はあだ名で呼びあっているんですか?」
「何でそれを知っているの?」
隠せぬ心の動きを見せるオサム。鎌にかけられた彼女へ、BBは優しく微笑む。しまったと口を塞いでいるオサム。それを見ると、どうしたって優しい気持ちになる。
「やっぱりそうだったんですね」
レモンの表情は嗜虐ではない。あるのは猫のような好奇心。別に隠すものではない。「そうだよ」とBBは易々答える。
オサムにとって、それは裏切りに近い行為。でもそんな約束をしたワケでなく。素直に秘密にそようと言わない自分。それを磔にするほど責めたいがもう遅い。
「じゃあ、私もあだ名で呼んでいいですか?」
「いいよ。オレはハチって呼ばれてる。オサムはサム」
「オサムさんがサムなのは判りますが、なぜハチ?」
「ビーだから」
「なるほど。憶えやすいですね」
「レモンのあだ名はどうする?」
会話から断絶が読み取れた。オサムにとって、その名で呼び会うのは特別だった。そう、考えていたのは自分だけだったのか。
彼女は、またBBから離されているような、親を失った赤子のような感情を味わった。
「レモン……。これで完成されているんじゃ?」
「そうですか? じゃあハチさん、サムさん、私はレモンのままで!」
レモンとBBは笑いあった。オサムも何とか笑った。その顔は痛々しい。泣いていないのに泣いている。
「お、三人共ここにいたんだ。いい遊び思い付いたから来てよ」
草食がノンアルをがぶ飲みしながらやって来た。
「遊び? 何ですか?」レモンが聞く。
「来てからのお楽しみ。さ、こっちこっち」
レモンはすぐに立ち上がる。草食は歩き始める。オサムはうなだれないよう自分を律する。そこへ、立ったBBの手が差しのべられる。
それを拒否しようとして、次の言葉に遮られた。
「オレは言葉じゃなくて、行動で示すから。安心して」
差しのばされた手はさらにのび、彼女の髪に触れる。スッと撫でた。髪を撫でながらさらに肩を撫でた。耽美であり、官能的な触感。オサムは心臓の高鳴りを実感した。
肩から離れようとする手を握る。相変わらず素直にならない表情。その頬の赤らみは少女性の具現か。BBも少し驚く。彼女がここまで来るとは思わなかった。もしや想像以上に好感を持たれているのか。ひねくれた性根は、この歩みよりに眼を開いた。
決して表には出さず、優しく手を引きオサムを立たせる。手と手が暖かく触れあっている。オサムは話さず握る。それが数秒続いた。
BBから手を離した。無意識に、離れた手を追うオサム。BBはそれに気付かないフリをする。爽やかに笑った。
「それじゃ、行こうか。良い見せ物になるよ」
彼が先導してレモン達を追う。オサムと背も大して変わらないのに、BBは後ろのオサムと歩幅を合わせた。
オサムはできる限り距離を開けないように歩いた。彼から離れたくない。だけどもその理由が解らない。なぜ自分はこうもBBを、ハチを信じているのか。何度も助けられたから? ずっと一緒に居たから? 気遣ってくれるから?
馬鹿げている。自嘲は止まらない。全部勘違いだ。自分だけに特別なんじゃない。そうだ。彼女は必死になって己を説得した。そうでなければ、もし裏切られた時に立ち直れない。
BBも似たようなことを考えていた。彼もまた、オサムの裏切りを、オサムのそれよりも警戒していた。彼にとっては人は信用ならざるもの。それがたとえ仲間でも。今はまだ兆候はない。だがいつか敵対する。不信による確信が、彼の中で大手を振っていた。
草食が着いたのは歓楽街。すでに噂を聞きつけて、誰もが眠らずに遊びとやらを見物しに来た。
チェリーが人垣から現れた。草食も人の波を通り抜け彼と向き合う。早撃ち勝負でもするのか。BBも含めのそ可能性を疑う。
ラストルネッサンスの一人が来た。ダウナーな、最初まんぷくテロリストを迎えた女性だ。何やら持ってきた。それを見た人々の表情。驚異のものである。なぜなら、その人はアサルトライフルを持ってきたのだから。
「これは見ての通り」チェリーが饒舌になる。「アサルトライフルです。オールドスランガーズが持っていました。今日は、これを賭けてまんぷくテロリストのリーダー、草食さんと戦いたいと思います!」
「おっとご安心ください!」草食が大げさに体を動かしアピール。「これはあたしの提案です」
「そして、この戦いのルール。簡単です」チェリーの言葉と共に、草食がガンプレイをしながらリボルバーを抜く。
「今日の勝負。ロシアンルーレットです!」
チェリーの宣言に、歓声があがる。大衆にとってどちらが勝ってもいいのだろう。BBとしては、ライフルは喉から手が出るほど欲しい。そもそも弾がないことに気付いた。どうでもよくなった。
「公平性のため、弾はこの場にいる皆さんの中から一人、やっていただきます。さぁそこの貴方、どうぞ」
女性が選ばれ、一発、リボルバーに弾を詰める。ハンマーを少し上げ、シリンダーを回した。
「それじゃ、あたしからだね。皆さん賭けでもしていてください!」
さらに盛り上がる。各々どちらかに賭けをした。草食かサンドロチェリーか。BBら二人はこの勝負を降りた。
「さ、いきますよぉ」
そう言って、草食は自分の頭に銃口を向ける。人々が静まるのを待つ。そして、引き金を引いた。
興醒めの一撃が、草食を貫いた。
人々が呆け、チェリーが困惑する中で、一人、BBだけが笑っていた。
つられて、人々も笑い出した。草食にとって災難な出来事であった。




