第20話 笑ってないけど笑みがある
ファームシティ。この街は、別のことであわただしかった。消化のため、貯めていた水を総動員。消防車なんてハイテクなものはない。消火器なんてモダンなものもない。手作業で消化する。
だがそれも、焼け石に、いや焼け木に水。とにかく効果がない。水をバケツに入れどれだけかけても、燃えるものは燃える。
まんぷくテロリストは車の荷物をそこらに引っ張りだした。代わりに水をたんまり入れた。ポリタンク満載。街中を駆けずり回る。人々に水を渡し、時に手伝う。
特に、農場方面への延焼は死守。ファームシティの生命線だ。これは個人のデス数を二乗にしてでも守らねばならない。だがそのために、市場はほとんど焼け滅んだ。
そして、朝日が昇る。誰もが疲れきっていた。なおも起きてはいた。まんぷくテロリストは不眠不休で水を配っていたため、中でもプロペインはクタクタだ。運転には意外と労力がかかる。
そのかいあって、街は致命傷を負いながらも生還した。誰も喜んではいない。燃えたハズの空気も冷めきっている。
「皆さん、ありがとうございました」
チェリーが頭を下げに来た。体力のない草食とレモンは倒れていた。BBが対応する。
「当然のことをしたまでです。ラストルネッサンスの皆さんは無事ですか」
「何とか。ボク達の家は焼けずに済んだ。でも……」
「できることをしました。それでいいじゃないですか」
慰めの言葉を口にしても、効果がない。そのことは解っていた。失ったものはそうそう手に戻らない。懐かしという感触はないのだ。
「その、BBくん」
「何でしょうか」
「前の街では、ごめん」
混乱している。BBは聡く気が付いた。街がボロボロになったショック。それで過去のことが嫌なほどつぶさに思い起こされている。罪悪感が息を吸うごとに押し寄せるのだ。
元より、もう責める理由も気もなくなった。許す許さないの領域は消えている。それでも、顔をほころばせて、彼の感情をやわらげる。
「もういいんですよ。オレも貴方を勘違いしていました。あの時は仕方がなかった。謝るのはオレの方です。いつまでも過去のことを引きずるなんて大人げない。すみませんでした」
「大人げないって、君はまだ大人ではないでしょう。でも、ありがとう」
BBは子供らしく微笑んだ。わざと。
「これからは、より良い関係を築いていきましょう」
その笑顔に、チェリーはしばし時を忘れた。
自覚はしてないのかしているのか。BBは可愛らしい顔つきをしている。それこそ、そういう性癖を持った者を惹き付けるものを。女装などはとても似合うだろう。
芸術家魂を揺さぶられた。だが今はそれどころじゃない。チェリーは今度女装してもらおうとは思いつつ、まずは情報の共有を急いだ。
「……そうだね。それで、これからのことなんだけど、話しても?」
「もちろんです」すぐに顔つきが変わる。キリッと。「どうします?」
すっかりショックから立ち直ったとまでは言えずとも、次のことは考えられた。
「すでにラスルネの偵察隊が辺りへ出ている。彼らの情報を元に作戦を考えようと思う。状況が変わったからね。あと、その前にこの街の防衛を考えないといけない。バリケードを作るにも資材が必要だ。だから、それを取りに行く」
「それで?」
「ボク達が所有している森林がある。そこで木材を調達して、守りを固めたい。その間に偵察隊は帰って来るだろう。君達には、森林までの護衛を頼みたいんだ」
「いい、ですけども。でも、メンバーも疲れきっています。一時間だけでも休ませてください」
「一時間でいいの?」「それ以上かけられません」
「よし。一時間後、森林に行こう。ボクも休むよ。ボクらから君らへ連絡するから。今は休んでくれ」
「はい。ではお気をつけて」
「君もね、BBくん」
去って行くチェリーの後ろ姿。それを眺め終えて振り返る。眠たげな目でBBを見る子供組のレモンとオサム。爆睡している大人組ことプロペインと草食。
「一時間休もう。寝てていいよ」
「了解です。おやすみなさい」
「おやすみ」
レモンは車の上に登りそこで眠った。オサムは地面に寝転ぶ。夢の中へ。BBというと、オサムのそばで。片足の膝を掴み、もう一方の足を伸ばし目を閉じた。
眠れなどしなかった。だが目を閉じれば回復する。BBはこの先に控えるオールドスランガーズとの戦いを予想した。しかしそのどれもが、プロペインやレモンの考えた通りの作戦になる。やはり自分に企画は向かない。ちょっとため息。納得。
一時間後。目を開いてHUDを見る。ぴったり一時間後。先に寝たばかりの二人も、爆睡している二人も、起こすのは気が引けた。
ザッと土を踏む音。BBの後方より。誰かが起きたのか。見ればレモンが立っていた。
「おはようございます」
「おはよう」
BBも立ち上がる。少しの伸びをして意識を覚ました。改めて眠っている仲間を見た。
「皆、おねむですね」
「起こさないと」
「このまま起こすのもしのびないですし、二人で行きませんか?」
その誘いに、すぐ頭が回る。レモンの言葉は、単に浅慮の内に発したものか。または他の意図があってのことか。前者であれば簡単だ。だが後者であれば不明となる。
「どうして?」あえて聞く。
「しのびないから、です」
あぁこれは後者だ。彼女とはまだ付き合いが浅い。だから適当な応対をとれない。対人関係のバランサーであるつもりのBB。ある意味、この申し出はありがたい。どういう人間かが、解るだろう。
「それもそうだね。チェリーさんの所へ行こうか」
「はい」
朝日はもうすぐ水平線を越える。空が自分の覇を唱えるのも時間の問題だ。
二人はラストルネッサンスの家に着いた。ノックをし、挨拶をして開ける。
「もう来たのかい」チェリーがいた。「いや、ボクが遅いんだね。ごめん」
チェリーは装備を整えている最中であった。武器はナイフとボルトアクションライフル。他の者もいて、準備している。手にはチェーンソー。多分、武器ではない。
「あれ、他の人達は?」
チェリーはBBらの後ろを見ていた。だがまんぷくテロリストはBBとレモンだけ。
「すみません。他のメンバーは疲れているので二人だけです。よろしいでしょうか」
道中敵に襲われる可能性もある。そもそも、森林とやらがオールドスランガーズに取られたかもしれない。BBの発言はリスキー極まる。自分で言って、思慮が足らないと嗤う。
「まぁいいよ。行こうか」
そのBBの考えに反し、チェリーはあっさり承諾した。そのままあれよあれよと森林に行き、着いた。見るようなものはなかった。
「ここが、これが、森林?」
「緑もピンクもオレンジもないですね」
BBとレモンが言った。その内容も無理のないもの。何せ全部枯れ木なのだから。広野の中にあったとして、これが木だと気付くだろうか。気付いたとして、森林と呼べるか。グレーの色合いは退廃を濃くしていた。
「じゃあ、ボク達はここで木を伐っているから。君達は周りを見ててくれ」
そう言って、彼らは鬱蒼ともしていない森へ行った。
レモンとBB。何気に二人になることはそうそうなかった。レモンは遠距離からの攻撃を主としている。畢竟、敵の近くで戦うBBとは一緒にならない。
しかし、レモンにとってはどうでもいい。彼女にとっては、コミュニケーションをとることに意識を向けたい。それはBBも同じ。
「ねぇ」「あの」
BBは肩をすくめる。ため息を堪えた。これではコミュ障だ。彼も人付き合いは苦手だ。だがそこまでではない。
「じゃあ、私からでいいですか?」
「お願いするよ」BBは彼女の復帰力を羨む。
「BBさんって運動得意なんですか? 銃弾斬ったり一人で無双してますけど」
レモンは言って、いやいや銃弾を斬るのと運動の上手さに関係はないだろう、と一人突っ込む。
「まぁ、できるかできないかだったら、できるかな」
「スゴいですよね。……いや、本当にスゴいです。何で銃弾斬れるんですか? アレ、物理的にできないかと思ってました」
「そう言われても。知らないうちにできちゃったんだよ」
「センスだけでできるんですか。その芸だけで一生食っていけますよ」
「ありがとう」やけに褒められる。「でも多分、ゲームの中だからだと思うよ」現実で失敗したら良くて致命傷だ。
「あ、それはあるかもですね」手をポンと叩く。「そういえばBBさんは何を聞こうと?」
「レモンの狙撃が上手だからさ。どこで習ったのかなって」
「私ですか? 私は他のゲームでスナイパーやってたんで。ここでも自然とスナイパーやってた感じですね」
「経験とセンスの賜物だね」
「そんなことないですよ。私運動できないから、必然的にスナイパーやってるんです」
「出せる手札で勝負するのは賢いと思うよ」
フフッとレモンが笑った。上品な笑い方だった。
「BBさんって、よく人を褒めますよね」
「レモンもね。ここまで言われるのは中々ないよ」
「お互い、いい所がいっぱいってことです」
「そのポジティブさ、見習いたいよ。ところで、情報収集してた時、オサムに何かあった?」
「いえ、何も。オサムさんのこと、気になりますか?」
「彼女とは閉鎖前からの付き合いでね。気になるよ」
レモンの笑みは尽きない。彼女は本当に、会話が楽しくて笑っている。BBのように、話すための仮面を着けない。今も笑顔の仮面を着けている。彼はレモンに対して、ほんのひとつまみ、警戒心を抱いた。
「BBさんって、仲間に対しては本当に優しいですよね」
「敵に容赦しないみたいな言い方だよそれ」
「しないじゃないですか」
後輩を持つとは、こんな感じなのだろうか。彼らのいる森林には、嘘みたいに穏やかな時が流れた。
対して、街のほう。プロペインとオサムが目覚めた。オサムはプロペインにいない二人の行き先を教えた。どうやら自分は置いていかれたらしい。甘えん坊な子猫のように気分が沈んだ。
「ところで、プロペインさん」
オサムは膝を抱え、自身の気分とそぐわない空を睨む。プロペインはやっていた腕立て伏せをやめた。
「どうした?」
「BB、どうでした?」
何のことかすぐには判らなかった。BBがチェリーに向けていた殺意のことだろう。そう察した。オサムが見た所もう殺意はない。しかし気になる。
プロペインは座りこんだ。
「BBは、裏切りが嫌いなのさ」
「BB、チェリーさんに騙されたんですか?」驚き急かす。
「ただの食糧争いだとさ。それでもBBには信用問題に直結する。俺もあいつのプリンを食べないようにしないとな。ハハハ」
BBは裏切りを嫌う。なぜだろう。確かにあの時は食事事情に困っていた。あそこまで苛立つものだろうか。BBにとって、信頼に背かれるのは、それほど嫌なのか。
だとしたら、自分はどうなのだろう。彼の信頼に答えられているだろうか。そもそも信じられているのだろうか。いつもいつも彼には守られている自覚がある。自分が、オサムが一番そばにいた。なのに、今じゃ遠くにいる。
オサムはただ寂しかった。こんなに人がいるのに独りぼっちだ。彼女にとって、孤独は何より耐え難い。特に家族のいないこの世界では。BBとは、そこが違った。




