第15話 平穏ならば記念日
夜が明けた。見れば見るほど眩しいばかり。天の目に当てられ、運転手のプロペインもそろそろ眠くなる。
助手席に座っている草食が光で目を覚ます。あくび。手を伸ばそうとした。車高の低さにげんなりする結果となる。疲れは半分ぐらいとれた。疲れというステータスが設定されていることをやっと確認できた。HUDにはないが。曲がりなりにも人工現実だから当たり前だ。
「おはよう」「おはよう」
草食とプロペインの挨拶。子供達はスヤスヤとご機嫌に寝ている。昨日の戦いなんてなかったかのような。悪夢にうなされる子はいないようだ。BBだけ、少し顔色が悪い。
運転席を草食は見る。プロペインはうつらうつらとしていた。運転手として危険な状態。
「プロペイン、そろそろ寝たら?」
「そうしたいが、運転できるか?」
「ごめん、できない。でも停めていいじゃん。今日はゆっくり休もう。車の中じゃとれる疲れもとれないよ」
「それもそうだな。じゃあここらで停めて、寝させてもらうよ」
車がスピードを落として止まる。やっと緊張からほどけ、睡魔に負けかける。草食は車を出て地面に寝袋を敷く。人数分。プロペインはなぜか眠気と戦う。そういえば研修中の身だ。彼の中では新人気分なのだろう。草食はその真面目さに快く笑う。
「プロペイン。寝袋敷いたから寝なよ」
「助かる」
車から降り寝袋の上で横に。あっさり寝落ち。スースー寝息をたてる。
草食はそこら辺に座り見張り。おそらく拳銃警察隊の支配地域からは脱した。だが警戒を解いてはいけない。いつか、何も気にせずに睡眠を貪れればいいのに。
朝日はノロマな蛇のように天空を昇る。草食は珍しく無表情で物思いに耽る。
彼女は、このゲームを楽しんでいた。閉鎖され、現実に帰れないこの日々を。それなのに脱出しようと公言。全く矛盾している。そのことは判っている。だが、それ以外に魅力的な勧誘方法が思い付かなかった。
今、ここにいるメンバーは皆自分の掲げた大義のためについてきてくれている。だが対して自分はどうだろう。現実に帰りたいか?
冷風が目の中に流れる。現実に帰って、どうなるというのだ。大学を出たのに就職はできず、スロットで財産を崩し、親からは毎日疎まれる。
さらに社会はゴミクズだ。二○五二年、親の話では、かつて日本は暴動とは無縁だったそうだ。三五年からおかしくなったとかどうとか。だがそんなの信じられない。暴動やテロは頻発するしAIのせいで仕事はない。社会はいつも大変なことになっている。それに対し政府や世界は有効策を打てなかった。
本当に、現実に戻れたとしてどうする。就職なんてできるハズもない。何十社も落ちといて今更だ。こうやって悩んでいるのは、まんぷくテロリストで自分でけなのか。周りに人がいるのに、草食は独りだった。
「おはようございます、姉さん」
思考からスルリと回復する。いつもの軽薄な表情でニッと笑う。話しかけてきたのはBBだ。
「おはよ」
返事は元気。しかし先までの顔を見られたのだろう。BBの目には意外な優しさがあった。
「寝袋敷いてくれたんですね。ありがとうございます」
「どういたしまして。それにしてもさ」
あぐらをかいてニヤニヤ。そんな草食の傍にBBも座る。
「何です」
「あたしのこと姉さんって呼ぶなら、敬語もやめてほしいなぁ」
「なぜです」
「BBって固いからさ。それにほら、戦闘している時敬語ってわずらわしいじゃん。特に、あたしらはまんぷくテロリストの主戦力。一緒に行動することもあるでしょう?それから」
「どうですかね。レモンは射撃の名手ですし、オサムも成長の余地があります。行動をずっと共にするとは思えませんが。まぁ、嫌だって言うならやめますけど」
「じゃあやだ」
しかめっ面になるところをBBは抑える。やはりこの女とは根本的に合わないのではないか。だが拒絶するつもりはない。
「じゃあ、はい、やめときます。じゃなくて、やめます。でもなくて、やめる。これでいいですか? ……いや、いい?」
「徐々に慣れていってね」
その会話でオサムは目を覚ました。彼らは小声で話し合っていたのだが。起きるのには足りる声量だったようだ。
車から降りる。横になるプロペイン、座る草食とBB。昨日の作戦、その主役達。オサムも活躍したのだが、本人にその気はない。
「おはようございます。BBもおはよう」
「おはよう」「おはよ」
焚き火はなかった。寒くはないし、朝食にはまだ早い。オサムもしゃがむ。
「姉さんはお腹空かないの?」
BBの言葉で、オサムは完全に覚醒した。BBが草食にタメ口を使っている。だからなんだという話だが、オサムはやけに印象に残った。そして強いインパクトを受けた。
BBは、常に自分の先を行く。オサムはうつむく。戦いでも交友関係でも。劣等感。自分はBBの下位互換だ。勝手に独りでに傷付き、勝手に落ち込んだ。
チラリとオサムの様子を窺うBB。何かあったと察するのは容易い。
「姉さん。朝食の準備をしてくれるかな。オレはおさむと周りを探索しておく」
「いーよー。気をつけてね」
何が起きてるのか把握できてないオサムの手を取る。
「行こう」
暖かい手だった。
BBとオサムは車から離れる。BBが優しく手を引く。オサムは初めてのことで、少し心臓がうるさい。
丁度車が点になるほどの距離。BBは手を離してオサムに向く。カウンセラーのような甘い笑顔。
「イヤな夢を見たワケじゃなさそうだね。何かあった?」
BBから顔を反らす。「別に」
別になんて。絶対何かあるだろう。だが、昨日の戦闘以外でオサムが悩むことは、何かあるだろうか。BBは彼女のことを思い考え、原因を探る。
まさか草食との関係だろうか。思い当たるのはそれしかない。しかしそうだとしても判らない。ここは一つ、会話で腹を見せてもらおう。
「オサムはさ、草食さんのことどう思う?」
「どう思うって?」
「言葉通りのことだよ。草食さんのこと、何て思うのかなって」
オサムは質問の意味を図りかねた。だが不快な問いかけではない。言葉を探り答える。
「楽しい人、だと思うよ。わたし達をよく引っ張ってくれる」その顔は褒めているとは思えないほど暗い。「それに強いし、BBといいコンビ、だと思う」
いいコンビ。その言葉の裏にはよろしくない感情があるのだろう。嫉妬? いや劣等感か。彼女並に強くなりたいと思っているのだろう。BBの推測は嫉妬までは正解だった。ともかくBBはそう結論を出した。
「オレにとってのコンビはオサムなんだけどな」
「え?」
「草食さんは確かに強い。でもそれは銃の話。オサムは別のものがあるよ」
オサムは黙る。その目に嫌なものはない。慎重になりつつ話を進める。
「オサムの投擲技術はスゴい。諦めない心もある。そうやって後ろめたく考えることは何もないんだ」
オサムはどう反応すればいいか判断できない。確かにその通り。けれど、そうじゃない。じゃあ何かと言われると、どうとも言えない。形状のない心が酷く乱れた。
その様子をじっくりと見て、BBは失敗を悟る。どうもこの慰めは違うらしい。強くなりたいのではないのなら、何だ? 人の心はやはり解らない。
BBにとってはただのカウンセリングだ。だから同情せず言える。機械的な見方だが、いつものことだった。だからすぐ次の方法へ着手する。
このまま放置してもいいことはない。だが問いかけても答えないだろう。ここは強引にでも距離を詰めよう。
「ねぇサム」
ハッとオサムは顔を上げる。BBの顔には甘い爽やかフェイス。オサムは見とれつつ「サムって、わたしのこと」と聞く。
「そう。ニックネームをつけようと思って。お互い、前線にはよく出る。肩を並べることはもっと増えると思ってね。サッと呼べるようにしようと」
言い訳臭い。娘の、いや狼の機嫌をとるのはこんな感じか。本当の親を知らぬBBはその比喩が正しいか知らない。
サム。人にあだ名をつけてもらうなんていつぶりだろう。オサムは友達なんてほとんどいなかったし、作ろうとさえ思わなかった。慣れない。でもちょっと近付けたみたい。嬉しい。……そんなことで喜ぶ自分が愚かしい。彼にとっては、普通のことかもしれないのに。
お互いに無用の心理戦を繰り広げる。一応、これはただの会話だ。腹の探り合いをするようなものではない。
「それでさ。オレのニックネームもつけてくれないかな」
「わたしが?」
「そう、サムが」
戦闘並の緊張がオサムに飛来する。いつもの冷たい殺気はない。熱く、しかしポカポカしないホッカイロ。これでダサい名前にしようものなら、彼は間違いなく失望する。
どうして失望されると嫌なのか。説明はできない。そもそもそれどころではない。なんて名前をつければ。まず情報が必要だ。
「まず、BBの名前の、BBってどういう意味?」
「一九八四年っていう小説に出てくるキャラ。いやラスボス? の名前。ビッグブラザーの略だね」
「ふ、ふーん」知らない。参考にならない。
ここは安直に、Bから何かできないだろうか。B。ビー。ビィー。
「……ハチ?」
「ハチか。いいじゃん。最初からその名前にしておけばよかった。」
犬の名前かとオサムは自嘲。本人が気に入ったんだ。本当に気に入ったかはさておき、それならそれでいい。
「じゃあ、これからはハチって呼んでよね。サム」
「皆の前でも?」
「好きな時に呼んでくれていいよ」
「判ったよ。……ハチ」
「よろしく、サム」
BB、内心ホッと一息。体面上とはいえ、彼女との関係に踏み込めた。いつか彼女から悩みを相談してくれるまで待つのみ。そうしたほうが後々メリットがある。相変わらず損得でしか人を考えられない己に反吐を吐きつつ「戻ろうか」と笑顔で言う。
オサムにとっても不思議な心持ちだった。中々表情を崩さないBBが、ここまで接近してくれるとは思わなかった。どういう心境の変化だろう。まさか気遣ってくれているのか。
いやいやと首を振る。彼はおそらく、クラスのでは上位に位置するような人だ。自分のようにクラスの端でうずくまっているような者とは違う。勘違いしちゃダメだ。
実はBBもカースト上位ではない。といっても口で言わないので二人共理解するハズもなく。そうして車に戻る。そこには、草食がロシアンルーレットで遊んでいる姿があった。
「何してるの姉さん」
やはり草食に対して敬語でないBB。オサムは何かしら思う。それよりも本当に何をしているんだこの女は。
「大丈夫大丈夫。リス地はここにしたから。万が一撃っても問題なし。それに、あたしって運がよくてね。賭けに負けても勝負に負けることはない! まずは一発目」
ロシアンルーレットは賭けだろうという突っ込みはなかった。頭に銃口を突き付け、ハンマーを下ろし、引き金を引く。見事! 銃弾は草食の頭を貫いた。その発砲音でプロペインが飛び起きる。草食は寝っ転がった。
「何があった?」
「いえ、姉さんが、草食さんが自決しただけです」
「何で?」「ロシアンルーレットで」「え、何で?」「さぁ」
ロストしたアイテムを変人を見る目で見下す。起きてきたレモンも、察したようで苦笑した。
「朝御飯食べようか」BBは視線を上げる。
「そうだね」「俺は寝る」
草食がリスポーンしたら冷たい目で見られた。だが朝食の用意はしていたので非難は免れた。




