閑話 騎士に憧れる少女
今日は昼と5時ごろ合せて3話投稿します。
「こうしてエルナートは王となり、湖の精と共に王国を栄えさせたのです」
優しそうな女性が、寝物語として語ったその絵本は、しかし、小さな少女には逆効果だった。キラキラした目で、少女は女性の袖をゆさゆさと揺すった。
「お母さま!お母さま、それで、それでどうなったのですか!エルナート様と、湖の精霊様はそれからどんな冒険をしたのですか?」
「そうね、きっと、結婚して、いろんな場所を旅して、困った人たちを助けたんでしょうね」
さらに目を輝かせる我が子に、彼女は優しく笑いかけた。
「さあ、早く眠りなさい。でないと、エルナートや湖の精霊様みたいに、立派になれないわよ」
「!!お母さまお休み!」
慌てて布団を目深に被る娘を微笑ましく見る母親は、しかし一つ大きな勘違いをしていた。
実は我が子が憧れていたのは、美しい姿をし、勇者を導いた水の精霊の方ではなく、むしろがむしゃらに困難にぶつかりついに王となった英雄、エルナートの方であるということに。
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少女が初めて、エルナート騎士王物語に触れてから3年。彼女はその間、絶えず体を鍛え続け、何処に出しても恥ずかしくない……男装少女に育っていた。
今、少女の姿は家の庭にあった。町人としてはやや豪華な、一階建ての大きな家。その裏手にある畑も兼ねた庭で、少女は木刀の素振りをしている。
そんな少女に、一人の女性が家から出てきて、柵で仕切られたテラスから呼びかけた。
「アリシア!」
「はい!なんでしょうお母さま」
そのはきはきした、元の性別さえ知らなければ少年にしか感じられない声に、アリシアの母であり、先ほどアリシアの名を呼んだ女性、ローゼリアは頭を抱えそうになるのを必死にこらえた。
これでもいい子なのだ。我儘も殆ど言わず、手伝いも勉強も、文句も弱音も吐かずに熟す子なのだ。
おかしいと思うのが遅すぎた。3年ほど前のあの日、成長したら旅に出たいから、と訓練用の簡素な服を買い与えたのが間違いだった。
男性服の販売店を知ったアリシアが、小遣いや、いつの間にか村のご近所さん達の手伝いで得た駄賃を使って追加購入した男性物の服は、いつしかローゼリアが買い与えた服の数を超え、その結果女性服はクローゼットの隅に追いやられる、という惨状を生み出していた。
「アリシア、あなたは女の子なんだから、そんな服ばかり着ていないで、もう少しかわいい服を着てもいいんじゃないかい?」
「……でもお母さま。この服装の方が、仕事をするにも、何をするのにも便利ですよ?レースやリボンがついている服は、外に出ていれば汚れたり、引っかかって取れたりしますし、森に分け入る時にスカートなんかで入るのは少々危険ではないですか?」
アリシアのあんまりにあんまりな回答に、ローゼリアは今度こそめまいがしたというようにフラフラと目の前の手すりにもたれかかった。
「大丈夫ですか、お母さま!」
「……大丈夫よ、えぇ本当に大丈夫だから」
彼女にとってこの頃の悩みと言えば、娘のアリシアのことだった。せめて、せめて行き遅れる前に恋人の一人くらいできる程度には、女の子の嗜みを覚えて欲しいと思うのは母親として当たり前のことだろう。
だが、解決策を特に思いつけなかったローゼリアは……。
「アリシア、村はずれのエイサムさんのところにお使いに行ってくれないかしら」
当初の目的を伝えて現実逃避することにしたのだった。
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エイサムさんは、アリシアの住む村の端、村に近い森に隣接した場所に家を建てている老人だ。元は狩人だったらしいが、既に息子に家業を継がせ、隠居生活を送っている。
そして、そんなエイサムさんへ定期的に色々な物資を届けるのが、アリシアの役目となっていた。
「エイサムさん。色々、届けに来ました!」
「おぉ、アリシアか、よう来たのう……じゃが、今日はちとまずい。儂もついて行くから、すぐに帰るといい」
アリシアの顔を見るなりそんなことを言ったエイサムは、いつもの好々爺然とした姿ではなく、厳めしく、古めかしい装備に身を包んだ姿だった。
「!どうしたんですか?そんなに準備して」
「ここいらに狂呪熊が出没しt……いかん!いかんぞ!お主は早く帰れ!」
アリシアの問いに答えたエイサムだったが、彼女の瞳に移る好奇心を見据えて、慌てて声を荒げた。
「狂呪熊は、大人でもおいそれと相手に出来ぬ強さを持っておる!半人前のお前では、一瞬で餌になってしまう!そして、それは狂呪熊を刺激して、他の村人を危険にさらすことにもつながるのじゃ!」
ガクガクと肩を抱いて自分を揺する老人に、アリシアは驚愕と恐怖の綯い交ぜになった目線でエイサムを見据える。それに気づいた老人は、ハッとしてその手を離した。
「す、すまん。アリシア」
「い、いえ、エイサムさんがそこまで取り乱すなんて、よっぽど怖い魔物なのですね、その狂呪熊というのは」
エイサムは、アリシアの頭を優しく撫でつけながら、しかし厳しい声で続けた。
「そうじゃな、アリシアは知らんじゃろうが、昔この村に狂呪熊が現れたことがある。その時は、一体の狂呪熊に村の者が20人以上殺され、儂の師匠が命を賭して相打ちにしたのじゃ。儂はもう、あいつに誰かを殺されるのは見たくないのじゃ」
「エイサムさん……」
しんみりとした空気を漂わせるエイサムを、まじまじ見つめるアリシアだったが、そこでハッと顔を上げでエイサムにまくしたてた。
「エイサムさん!なら、エイサムさんも村の方に来てください!ここにいたら、エイサムさんも!」
「……そうじゃのう。倅もそろそろ、町に着いたころかのう。儂一人がここで踏ん張っても、仕方ないやも知れぬ」
そう言って、老人と少女は、森にある家を後にしたのだった。
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家を出てしばし。ほんのわずかな時間であったのに、それに出会ったのは、最悪の運の悪さとしか言いようがなかった。
狂呪熊。エイサムが恐れていた魔物だった。
不幸中の幸いは、一撃でエイサムがやられなかったことだろう。現役を退いてなおその腕は鈍っていなかったようで、突如現れた狂呪熊の頭に一発猟銃をぶちかますことに成功していた。
ただし、その対価として、彼は右足をざっくりと切り開かれていた。
かろうじて原型はとどめているものの、明らかに歩いて逃げることができる怪我ではない。
「アリシア!儂を見捨てて逃げろ!そして、村の村長に伝えてくれ!”避難しろ!”と!」
老人の声に、アリシアは一瞬たじろぎ、そして、狂呪熊をキッと見据えた。
「ら、ラースべあ!騎士見習い、アリシアが相手だ!」
「な、何をしておる!」
目線を狂呪熊に向けつつも、たじろぐ老人をよそに、アリシアは元来た道を走り出した。
狂呪熊は、アリシアを一瞥しつつも、その場を動かない。何故なら、今までの様子から老人と子ども、どちらが脅威なのかが明白だからだ。狂呪熊としては、両方を殺す必要などない。どちらかを餌にして、気が向いた時にもう片方を探せばいいのだ。
しかし、そんな強者の余裕も、相手が飛び道具を持っていないことが前提となる。
剣と共に背中に括りつけられていた弓で外皮を撫でられた狂呪熊は、うざったそうに顔を傾けた。ダメージなんてない。だがなんとなくウザい。ただそれだけだが、今の状況ならば話は変わる。
弱い攻撃では狂呪熊は倒せない、そして、その弱い攻撃という意味においては老人も少女も変わらない。ならば、脅威度が同じだとしてもよりうまい肉が食べたいものだ。例えば、若くて柔らかい雌の肉とか。
狂呪熊はその名に反して理性的にそう判断すると、アリシア目がけて走り出した。そして、その時にはアリシアは既に走り始めていた。
アリシアが走ると、すぐ後ろに獣の荒い鼻息が伝わってきた。物陰に紛れて逃げ続けることで、一瞬でも視線を外れるように走り抜けた。
振り向くと、かなり近い場所に熊の姿があった。目の前にある果実が実った木を支点に方向を急旋回させつつ、果実をおとして熊の気を惹く。
だが、熊は肉食だった。果物など全く見向きもせず、アリシアを追ってきたのだ。
はっきり言おう。彼女の努力など、殆ど無駄だった。一人の少女の確定した死。それは老人からも見ることができるほどの近距離で行われようとしていた。
彼女の努力は無駄だった。いや、無駄になるはずだった。
「ちょっと待ちなよ、熊さん」
そこに、彼女が現れなければ。
まるで夢か幻のように、いつの間にかアリシアの目の前には巨大な水柱が発生し、狂呪熊とアリシアを分断していた。
そして、驚く双方の間に、二人の女性が空中から降り立った。
一人は空飛ぶ箒にしなだれかかり、退屈そうに狂呪熊を睥睨する猫耳の魔族。そして、もう一人は大きな盾を持った女騎士だった。
「テュフラ、子どもは無事か?」
「安心しなって、何とか間に合ったみたいだよぉ。全く、ファンレイが重くなければ遭遇もさせなかったのにゃ~」
「それは貴様が理由をつけてさぼろうとするからだろうが!」
まるで狂呪熊がいないかのように話しながら、しかしその剛腕を防ぎ続けるファンレイと、それに気軽に応じるテュフラと呼ばれた魔族は、次の瞬間狂呪熊へと向かい合った。
「まぁ、目の前で村人が襲われたからにゃぁ~、本来なら私達が出る幕じゃにゃいけど、潰すしかないにゃ」
「ああ、もう、そう言ってさぼろうとする……。まあ、やる気になっているみたいだから良いか。さて、賢者の弟子末席、ファンレイ」
「同じく賢者の一番弟子、テュフラ」
「「賢者の名のもとに、戦闘を開始する」」
そこから先は、一瞬だった。巨大な盾が光ったかと思えば、それを押し付けられた狂呪熊が吹き飛ばされた。そして、その次の瞬間、朗々と猫耳少女の魔法が完成した。
”水精霊召喚”
呼び出された水精霊は、その一瞬で狂呪熊に飛びつき、自由どころか獲物が空気を吸う事さえ許さないとでもいうかのように、狂呪熊を自らを形成する水に取り込み、閉じ込めた。時間にして3秒ほどの攻防、もはや戦闘とすらいえないそれは、しかしアリシアの心に強く刻み込まれたのだった。
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「……ん、あれ?」
気が付くと、アリシアは柔らかいベッドの上で横になっていた。隣には心配そうにこちらを覗き込む母親と、エイサム老の姿が見えた。
「アリシア!目が覚めたのね!」
「……よかった、ほんに良かった!」
号泣する二人の姿に混乱しつつ、アリシアは二人に問いかけた。
「どうして、私はここにいるんですか。確か、私は……」
「貴方は、狂呪熊に襲われて、賢者のお弟子様たちに助けていただいたんですよ」
それを聞いて、アリシアは緊張が途切れて意識を失う前のことを思い出した。鮮明に焼き付いた、二人の英雄の姿を。
「お母さま、狂呪熊に襲われて、あの方たちに助けてもらって……私決めました」
「何をかしら?」
決意を込めた娘の様子に、ローゼリアは母として、居住まいを正して聞き返した。
「私、魔法も武器も使えるようになって、冒険者になる!そして、私みたいに困った人を助けたい!」
「……分かったわ。本当は、あなたに危険なところに行ってほしくなんてないけれど……。でも、今すぐに冒険に出るなんて駄目よ。先ずは村の狩人さんや、自警団の人たちから、生き残るすべを学びなさい。それと、商人のハンスさんからも、物の取引や鑑定のイロハを教えてもらう事。冒険者は自営業みたいなものらしいですからね。それと……」
「ローゼリアさん、今は休ませてやるがええ。冒険者で成功するなら、準備する物はまだまだあるじゃろうが、仮にアリシアが旅立つにしてもまだ時間はある。なに、儂も一緒にアリシアに何が必要かは考えるし、手ほどきもする。アリシアもそれでいいな」
アリシアは頷き……そして、また布団に倒れ込んだ。
そうして、一人の少女が隠遁した腕利き狩人と村のありとあらゆる戦闘に従事する者達から教育を受けて旅立つのはそれから3年後のこととなったのだった。
アリシア 種族 人間
ごく普通の(ちょっと裕福な家の)村娘、幼い頃賢者の弟子に助けられ、冒険者を目指す。
基本的には大楯で防御を固めつつ、大きめの剣や盾で敵を圧殺するというパワーファイター的な戦い方を好むが、実は弓や短剣、変わったところでは家財道具格闘法なる、市街、特に室内で襲われたときに手元にある物を瞬時に武器として扱うというハンス商会長直伝の技なども会得しており、割と万能な存在。
ただし、女性かつ重装備ということもあり、継戦能力やスタミナに若干不安が残り、また本人が渇望した魔法適性はそこまで高くなかったため、自己強化(微)くらいしか会得できなかった。
ローゼリア 種族 人間
アリシアの母。ちょっと裕福なお母さん。お父さんはどこかで戦闘職として雇われていて、偶に手紙が届く。自分の娘がまさか騎士になりたいと言い出すとは思っていなかったので焦ったものの、娘が腹をくくった時点で諦めさせられないことを察して送り出す方にシフトチェンジした。完全に一般人なので戦闘能力はないが、とにかく顔が広いため、未亡人と勘違いして手を出そうものならすぐさま通報され、自警団のお世話になることになる。
エイサム 種族 人間
隠遁の老人。現在は人の良いおじいちゃん、と言った風だが、実際のところ森で過ごしているのも「老いぼれでも、森の方を見張っていれば、危険な魔物が来たことを知らせることができる」という動機からであり、子ども達が来ていない時は鍛錬を欠かさず行っている。現役時代は狩人たちのまとめ役であり、それ以前は流浪の旅人だったという噂もある。
ファン・レイ 種族 人間
賢者の直弟子の一人。最年少の弟子で、物理戦闘力ならば賢者の弟子の中でも上位に食い込む。ただし、奇抜なファッションを好み、プロポーションがいいのにも関わらずビキニアーマーなんてきているものだから痴女と間違われることもしばしば。新しく訪れる場所では、職質からの兵士or自警団がギルドに確認の連絡を走らせるまでがテンプレになっている。
ただ、最近は彼女の影響からかビキニアーマーが王都周辺で流行っているらしい。
テュフラ 種族 魔人
賢者が最初に弟子にしたと言われる少女。猫の耳を持つが、獣人とはまた別の種族らしい。基本的には眠たげに箒にしなだれかかっているが、かつては10万の兵を一発の魔法で打ち砕いたことから、「万人崩し」の異名を持つ最高ランクの冒険者でもある。今回は日向ぼっこしているところをファン・レイにたたき起こされ、足に使われた。
狂呪熊 オーク級
オーク級最下位くらいに位置するモンスター。作中で暴れ回っているように見えるが、実のところあれでもオーク以下の強さしか持たない。狂呪熊の強さはその頑丈さと攻撃力だが、頑丈さでは僅かにオークに勝つものの、再生力込でのタフさで言えばオークに軍配が上がり、当然攻撃力はオーク以下である。
また、繁殖力も低く、基本単体行動である。10体程度ならウルフの群れも殲滅可能だが、20体いると押し負けて半分くらい道連れにしたところで力尽きる程度の力を持っていると考えると丁度いいくらい。要はただの凶暴な熊。




