99.愛の代償②
まるで咲き誇る大輪の花のような笑みでキッパリと言い放つリサが、ドSだということはよく分かった。
けれど何より、
「魔物と、魔法と冒険……」
嘗て、前世の記憶を初めて取り戻した時に悔しがっていた自分を、ラシェルは苦々しく思い返す。
自分は何も分かっていなかった。
剣も魔法も、冒険だって必要ない、平和な世の中が一番であるということを。
「ということは、モンスターなんかも存在してるの、この世界には……?」
「ああ、スライムやドラゴン、オークにゴブリンといった有名どころは一通りいると思って良い。アンデッドにヴァンパイア、エルフなんかもいるぞ。もちろん魔王もいればスタンピートもある。とはいえ、一番厄介なのは人間だがな」
「えっ……」
まぁ、それは追々話すとして、と言ってリサはポケットから煌めく石を取り出して見せた。
「天虹しかプレイしてないなら当然、コレの使い道も知らないよな」
「それ、アウラの宝玉……?」
アウラの宝玉とは、数少ない天虹オリジナルアイテムの一つで、国名の由来ともされる、光の加減で七色に反射する宝石だ。
確か国内ではポーシャール領でしか採れない希少な物で、金より高値で取引されるとか。ポーシャールが財政的に豊かなのは辺境伯であることに加え、この石による利益も大きいと聞く。
リサが今、無造作にも掌に転がしている小指の先程のサイズで大型キャリッジがポンと買えてしまうくらいの値が付く超高級品だ。それ故、貴族であっても手に入れるのは困難とされ、確かエンゲージリングにあしらうことを憧れとするエピソードが作中にあったはず。
それを、何の惜しげもなくリサは、まるでポップコーンを食べる子供のようにピンと指先で上に妻弾いたかと思うとガチッと前歯を鳴らして咥え、何事か呟いた。
「きゃっ」
思わず出た驚きの声と共に、ラシェルは目の前の現象に釘付けとなる。
リサの声に合わせ、青白い炎が突如として現れたからだ。
そのままリサの隣で、火の玉のように空中でふよふよ浮かんでいる。
「本当に、何も知らないんだな。この国では『アウラの宝玉』という名で通っているが世界では魔晶石と呼ばれ、殆どの魔術師はコレと呪文の詠唱、若しくは魔方陣を用いて魔法を繰り出す。なぁディルク、お前も何か見せてやってくれないか」
お前なら容易いだろうとディルクを顧みるリサに、ラシェルはさらに目を瞪る。
「……いいのか?」
訊ねるディルクに、リサが諾として返す。
「大丈夫だ、ワシが保証する」
気乗りしない様子のディルクではあったが、ラシェルの為ならと返し、指先を八重歯に宛がった。そのまま自らを傷つけ、掌に血文字で陣形を描く。聞いたこともない声音と言葉をディルクが発すれば、而して青白い炎が浮かび上がった。
「これらはライトニングの魔法で、まぁ、いわゆる行燈代わりだな」
「…………」
目の前に浮かぶ、二つの行燈。
呆気に取られ、ラシェルは彼女の次の言葉を待つことしか出来なかった。
「ちなみに、ワシはこのアウラの宝玉がないと魔術を使えぬが、ディルクは魔道言語のエキスパートの中でもエリートだ。こういった生活に活かせるちょっとしたものはもちろん、攻守、治癒等あらゆる魔術に精通し、それら全てを宝玉なしで扱える」
「えっ……?」ディルクが魔法を使えるのは先の様子から分かったけれど、その中でもエリートだなんて。「今まで一度だって、そんな素振り……」
見せたことないし、これまでの生活でファンタジー要素を想起させるような場面など一度もなかったと、ラシェルはディルクに目を向ける。
「これに関して言えば、ディルクに責任はない」
ラシェルの視線を躱すように俯いたディルクを見て、リサがフォローする。
「入国審査の際、外国からの渡航者による魔法の使用はもちろん、その存在すら国内で口にすることを固く禁じているのはアウローテの方だからだ。隠そうにも、魔術は使用後に消炎反応に似た痕跡を残すからな、調べれば必ずバレる。国の承認無しに使うのは御法度だ。破れば即強制送還、前科持ちとして二度と入国は許されない。さらに偶然を含め、それを見聞きした周囲の者も例外なく処罰される。おいそれと言いふらすことなんて出来やしないさ。その逆もまた然りで、アウローテの旅券申請には態とややこしいシステムがとられている。渡航後、帰国してからの口封じも同様で、一部例外はあるものの、そのために殆どの出入国が国によって徹底管理され、情報統制が図られている」
この国のトップは、よっぽど今の独裁体制がお気に入りらしいと皮肉交じりの笑みを浮かべてリサは鼻を鳴らした。
「そんな……」ラシェルは愕然として目を下に落とす。「私はこの世界のこと、分かってるつもりで、何も知らなかったということなのね」
「それは、お前だけじゃないさ。この国の殆どの人間が情報を遮断され、言論統制の下で生きている」
どこか諦めにも似た声でリサがボヤき、ラシェルもまた溜め息を溢す他なかった。
そしてリサの話しぶり等から、この国内に於いて彼女が魔法の使用に関し、何かしらの権限を得ている立場であることも同時に察する。
これまで当たり前と思っていた世界が、ガラガラと完全に瓦解していく音が聞こえた気がした。
けれど、絶望に打ちひしがれている時間はないと、ラシェルは顔を上げる。
そのままディルクに目を向けて、自分もまたリサと同じ転生者であることを告げた。
「すまない。リサの話の中でも思っていたが、その、テンセイというのは何だ?」
ディルクに問われ、そこでラシェルはハッとする。
考えてみれば、この世界に輪廻転生という概念はない。
どう説明すれば良いか逡巡していたら「そこはワシが」と、リサが買って出てくれた。彼女が要点だけ掻い摘んで話すと、一応の概念理解は出来た様子で「分かった」とディルクが返す。
「正直、俄かには納得し難いがラシェル、俺はお前を信じるよ」
そう言って微かに笑むディルクに、ラシェルは指で頬を掻きながらはにかんで続けた。
「ありがとう。さっきもディルクに、後でちゃんと話すって言ったけど……こんなのまるで、絵空事みたいだって自覚はあるから。だから今までもね、転生について特に話そうと思ったことはなかったの。まあ、いつか遠い未来に、お茶でも飲みながら与太話程度に聞いてもらえたらって、何となく思い描いていたくらいで……」
そこでラシェルは少し大きく息を吸い込み、視線をリサの方に向ける。
「リサ様、先に言っておくけど、貴女には何のメリットもない情報しか持ってないからね、私。一応、お互いの素性確認ということでいいかしら」
「ああ、それで構わない。先の会話で、だいたい把握してる。お前が、前世でゲーム好きと宣っておきながら取説すら碌に読まずプレイする特攻タイプだったってこともな」
「う゛っ……」
読んでないことはない。
けど、細部までキチンとかと問われたら自信がないのもまた事実で。
「いいから。細かいことは気にせず、話してみろ」
全く期待してない様子で返すリサに、ラシェルは力なく頷いてから話し始めた。
「前世の私が生まれたのは、元号が平成に変わって暫く経っての頃。リサと同じく生粋の日本人で、名前は植原里沙。関東在住の女子大生で、バイト帰りに足を滑らせ歩道橋から転落死。享年二十歳。兄の影響で小さい頃からゲームは好きだったけど、その『オーバト』っていうのは未プレイよ。けど、『天蓋の虹』は私の心のバイブルというか……幼い頃からそれこそ何十周もクリアしたゲームだった。去年の春、デビュタントでリサ様……貴女の姿を目にして、この世界が『天虹』を舞台にしていること、自分が転生者であることに目覚め、前世の記憶を取り戻したの」
以上、と言って締め括る。
自分の人生ダイジェスト、一息で終わってしまった。本当に、話す意味などあったのだろうかと思うくらい、薄い一生だったなぁと溜め息が漏れる。
それでもチラと盗み見たディルクは、愕然として驚きの表情をしていた。
いや、ホントにそんな大したモンじゃないのよと、思わずツッコみたくなる。
とはいえ、よく考えてみれば前世の自分と言っても、たった二十年の命。
その内の四分の一くらいは殆ど記憶もなく無意識に生きていた年代であり、あと数年でラシェルも里沙の年齢に追い付く。そう思えば、この薄さも仕方のないことかも知れないと自分を納得させた。
「ま、想定内だな」
ぼそりとリサが呟く。
ラシェルとしても予想通りの反応に、溜め息すら出なかったが、そこで「さて」と言ってリサがガラリと話の流れを変えてきた。
「さて、自己紹介も済ませたことだし、そろそろ本題に入ろうか」腕と脚を組み直し、泰然と構えてこちらを見据える。
「本題……?」
「そう。ワシとディルクが結んだ契約の話だ」
リサが視線で促すと、ディルクは表情をグッと堪えるようなものに変え、ラシェルを見てすまないと謝った。
「どういうこと……?」
問うラシェルに、ディルクは一瞬、その漆黒の瞳に躊躇いの色を滲ませる。けれど、すぐさま意を決した様子で、もう一度深く頭を下げて詫びた。
「独断で申し訳ないが……――――――リサには俺とラシェルの見届け人になることを許可させてもらった」




