98.愛の代償➀
絶世の美女が、射抜くような目で真っ直ぐにラシェルを見据えて人の悪い笑みを浮かべる。
『日本人……?』
信じられない思いで、しかし自然とラシェルの口から吐いて出たのもまた日本語だった。
その反応に気を良くしてか、リサがニィと口の端を上げて弓張り月を象る。
そんなリサにハッとしてラシェルは咄嗟に口許を両手で覆い、ディルクを顧みた。
「俺のことは良いから、続けろ」
ラシェルの迷いを察したディルクが、信頼の眼差しで促す。
後でちゃんと話すからと、ラシェルも頷きリサの方へと向き直った。
それにしても、自分以外に転生者がいるなんて思いもよらなかった。
しかも、リサがそうだったなんて。
けれど、よくよく考えてみれば思い当たる節がいくつかある……どころか、どうして今の今までその可能性も含めて自分以外の転生者の存在に考えが及ばなかったのかと、自身の浅はかさを恨めしくさえ思った。自分がそうなのだから、他にも転生した人間がいたとて不思議ではない。
しかも目の前のリサは、『古橋義雄』と名乗った。
日本人で、年代的にも前世の自分が生きた時代とかなり重なっていそうだが、男だったということか。ラシェルは関東出身のため詳しくは分からないけれど、西のイントネーションがある言葉遣いに聞こえた。どちらかと言うと、たこ焼きというよりお好み焼きっぽい感じはするけど。
まぁ、細かいことはいいとして、そんなことより。
ラシェル・イーターとは?
一体、何を示して言っているのだろう。
「ところでオーバト攻略法は、何処から入手した? 雑誌の読者投稿欄……それともオフ会か?」
世界語に切り替えて、リサが続ける。
「おっ、おおば……??」
大鳩?
リサが何を言ってるのか分からず首を傾げたら、とぼけなくていいとツッコまれた。
「気持ちは分からないでもないがな。よりによって、あの伝説のクソゲーとくれば……」
クツクツと肩を震わせるリサに、ラシェルはさらに疑問を深める。
「クソゲー……?」
「そう、正式名称『オーロラ・バトルフィールダーズ』、略して『オーバト』。よもや忘れたとは言わせないぞ」
そして何を隠そう、ワシが前世で最も好きだったゲームの一つだ、と言ってリサが胸を張る。
「オーロラ・バトルフィールダーズ……」
伝説というだけあって、未プレイ作品だがこの正タイトルなら確かにラシェルも覚えがあった。とはいえ内容も含め、それをいつ、何処で耳にしたのかさえ全く記憶になかったけれど。
だが正直、それがどうした、である。
同じ転生者のよしみとはいえ、リサは旧交を温めるのに自分の好きなゲームのことを一方的に話題に持ち出すような痛い人だったのかと、ここが病室のベッドの上でなければラシェルは彼女から少し距離を取っていたに違いない心境へと陥った。
「全く、こんなところに来てまで同士に会えるとは僥倖だったが、それでお前、クリア回数はどれくらいだ?」
「えっ……?」
「ああ、ひょっとしてラノベ派とか? 自慢じゃないが、前世のワシはオーバトに世界観からどっぷりハマって、かなりマニアックにやり込んでたクチだからな。公式ガイドブックの暗唱はもちろん、ライトノベル、ゲームブック、果ては大手なら同人作品まで殆ど把握している。遠慮することはない、何でも言ってみろ」
わりとディープな話を平然と言ってのけるリサに、ラシェルは心の溝をさらに深めていく。絶句していると、「ワシの話、ちゃんと聞いてるか?」と逆に詰め寄られた。
「は、はあ……」
「で、どうなんだ?」
「どう、と言われましても……」
話の意図が今一つ掴めず、いつまでも曖昧な返事のラシェルに、はぐらかすのも大概にしろとリサが痺れを切らす。
「警戒しなくていい。多分、ワシとお前の目的は同じだからな」
「目的……?」
「お前の狙いも、戦争回避だろう」
「は……?」
リサの口を吐いて出た突拍子もない言葉に、ラシェルはポカンとして返す。
「せんそう……? 何処と何処がするんです?」
「バカを言うな。アウローテとレオノキアに決まってるだろうが」
明け透けにリサからそう言われて漸く、ラシェルも昼にレイラが言っていた内政不安の捌け口に隣国がアウローテとの交戦を望んでいるという話と繋がった。
「だからこそお前は、保身のためにその立場を最大限利用して、ディルクを懐柔する策に出たんだろう?」
かいじゅう?
リサの話す内容が突飛過ぎて、思わず鶏冠の生えた緑の恐竜がギャーギャー喚いて火を噴く様を頭に浮かべてしまった。
「でなけりゃ、いくら物語のキーパーソンとはいえ全キャラクターの中で最も見目の悪いディルクなんかに近付こうとは思わなかったはずだ。しかも、本来なら絶対的に反目し合う立場であるデュランとの仲まで取り持ち、地盤作りまでしているんだからな。これには、さすがのワシも度肝を抜かれたよ」
「なっ……何を仰っているのか……?」
全然、分からない。
「おいおい、この期に及んで、まだシラを切るつもりか?」
「そんなつもりは一切……」
「じゃあ、クロードのことはどう説明する気だ。この争いで一番の要となるクロードからディルクをこれだけ遠ざけておきながら、よくもそんなことが言えるな」
「へっ……?」
「『へ?』じゃない。お前、ワシをおちょくっとるのか?!」
いつまでたっても煮え切らない反応のラシェルに、ついにリサがキレた。
けれど腹が立っているのはラシェルも同じで、いいえと反論し返す。
「いいえ、寧ろ先から人をバカにしてるのは貴方の方でしょう。黙って聞いていれば、前世で好きだったというゲームの話を延々語り出すわ、これまでの私の行いを保身のためと決めつけ、果ては交遊関係にまで口を挟むなんて。ちょっと失礼すぎじゃありませんか」
「えっ……」
「それに、私の婚約者の見た目を貶すのもやめて下さい。ディルクは誰が何と言おうと、最強に私好みで格好いいんだから!」
ついカチンときて、溜まっていたものを吐き出す。
そんなラシェルに気圧されてか、今度はリサが戸惑いの色でそんな馬鹿なと呟いた。
「まさか……いや、あり得ん……」
「あり得ないことありません!」
「いや、そういう意味でなく」
「じゃあ、どういう意味なんですか?!」
滅多に喧嘩なんかしないので、矛の納め方も分からずラシェルは暴走気味に喰ってかかる。
「そもそも、政略結婚とはいえ婚約者のことを本気で好きになって、何が悪いって言うの!? そりゃ、ディルクとは反発することも多くて、出会った当初は嫌われてもいたけど……一緒に過ごしていく時間の中で、私にとってかけがえのない人になったの。それを、まるで私が打算で近付いたみたいな言い方しないで。不愉快よ」
激しい剣幕で捲し立てるラシェルを前に、リサは暫く黙り込んだ後、突然、盛大に声をあげて笑った。
「そうか、そういうことか。あはは、良かったなディルク。お前、相当惚れ込まれてるぞ」
腹を抱えて笑うリサの横で、片手で額を覆いながら何とも言えない表情を浮かべ赤面するディルク。
「そして分かったぞ、ラシェル。お前、ただの『天蓋の虹』フリークだな?」
目尻を拭いながらリサが指摘する。
「てっ……『天虹』は、確かに私のバイブルでしたが」
それが何か? と、訝りながら訊ねる。
すると、やっぱりなという答えがリサの口から出た。
「じゃあ、もう一度聞くが、『天虹』のクリア回数はどれくらいだ? 攻略法は、何処から入手した? 雑誌の読者投稿欄、それともオフ会か?」
公式ガイドブックなら一度読んだことはあるが、ライトノベル、ゲームブック、はてまた同人作品とまできたら、さすがに把握してないから返答に困るな。
そう溢し、苦笑いを浮かべるリサを見て漸くラシェルは理解した。
「この世界、『天虹』じゃなかったの……?!」
思わず口許に両手を当て、愕然として返す。
「やっと通じたな」
やれやれといった様子でリサは肩を竦めた。
「でっ、でも……アウローテ貴族学院や、攻略キャラたちは……」
天虹の登場人物であり、設定のはずだ。
「正確に言えば、ここは外伝である『天蓋の虹』を含めた、『オーロラ・バトルフィールダーズ』の世界……といったところか」
「そんな……」
まさかという言葉を、今度はラシェルが心の内で繰り返す。
「もともと『天蓋の虹』は、制作サイドがあまりに希望のない『オーロラ・バトルフィールダーズ』の世界観を省み、せめてもの祝福を与える意味合いで後付けに作られた派生作品だ。メインはあくまで『オーバト』にある」
「う、そ……」
てゆーか、制作側すら反省するほど希望がないストーリーって。
その「オーバト」とやら、一体どんな内容なんだ。
「ま、お前がそう思うのも仕方ないがな。『オーバト』は一般受けしない、マニア向けの地味なバトルがメインという作品だったし、前世代ハード機の、しかも伝説が付くほどのクソゲー故に全く売れなかったソフトだ。オマケで作った天虹の方がまさかの空前の大ヒットを飛ばし、俄かの天虹ファンなんかは、寧ろそっちが本家と思って憚らない奴が殆どだったからな」
お前のように、と片目を閉じて付け加える。
けれどそんな嫌味なリサの態度にも、ラシェルは唖然として返す言葉すら出なかった。
「何はともあれ、残念だったな。ここは恋と乙女のドキドキ学園生活がメインテーマなんていう、お花畑な世界じゃない」
言いながらリサは、口許に宛がわれていたラシェルの片手を取り、そっと口付けて続けた。
「改めまして、ようこそ。魔物と人間同士の殺戮がメインテーマな、剣と魔法と冒険の世界へ」




