97.告白劇
目覚めるとそこは、個室の固いベッドの上だった。
白い天井、白い壁、真っ白な寝具に、消毒液の匂い。
「ラシェル、目が覚めたか……?!」
「ここは……?」
長いような、短いような、けれど幸せな夢を見ていた気がする。
瀕死の状態でディルクに助けられ、彼の胸に抱かれ死ぬ夢。
上半身を起こそうとして、よろめくラシェルをディルクが支えた。
こっちが現実だ、と実感する。
「王立病院だ。生徒会室の給湯器がガス漏れで、君とレイラ嬢、それにアンリ侯爵子息が爆発に巻き込まれ、ここに運び込まれた」
「レイラ様とアンリ様の容態は?」
半分朦朧としていたが、二人の名前を聞いて急に記憶が呼び戻される。特にアンリはラシェルとレイラを庇って、爆破の被害を直接受けたはずだ。
「レイラ嬢は君と同じ、軽い火傷と脳震盪だけで少し前に意識を取り戻した。アンリ令息は火傷の被害が大きいものの、命に別状はないらしい。暫く入院は必要だろうとのことだが……」
二人が生きているということを聞いて、一先ず胸を撫で下ろす。ラシェルが目覚めた時に心配するだろうと、それぞれの状態を気にかけてくれていたことにも感謝した。
「そうなのね……ありがとう、ディルク」
「いいんだ。それより、ラシェル……」
名前を呼ばれ、改めて見たディルクの顔が今にも泣き出しそうに歪められているのに気付いてラシェルはハッとする。
「どっ、どうしたの……?」
大丈夫だ、とディルクが零して目を下に落とす。再び顔を上げ、もう一度名を呼ばれた。
「ラシェル…………」
「うん……」
「顔を、もっとよく見せてくれないか」
「えっ……」
まるで腫れ物にでも触れるかのように、そっとラシェルの頬へディルクが手を宛がう。
「生きてる……ん、だよな……?」
ラシェルの存在を確かめるように、何度も何度も、指先で愛おし気に触れてくる。
「……うん」
「夢……じゃ、ないよな……?」
「あっ……」
不意に、強い力で抱き竦められた。
苦しかった……けど、小さく震えるディルクの広い胸にきつく抱き締められ、彼の抱えていた不安が肌から直接伝わってくるようだった。
ふわりと力を抜いて身体を少しだけ離し、ディルクは真っ直ぐにラシェルの目を見て、真剣な表情で告げた。
「愛してる」
一瞬で胸の最奥を鷲掴みされたような、鋭い衝撃にラシェルは身体が竦んで動けなくなる。
見つめた先に映る、吸い込まれそうな漆黒の瞳の奥には赤い焔が揺れていた。
「悪いが、もう決めたんだ。何があっても、俺は絶対にお前を放さないと。何を捨てても、何もかも諦めても、お前がどんなに嫌がっても、絶対に手放さない……!」
再び、強い力で抱かれる。
「ディルク……」
彼の背中に腕を回し、ぎゅっと縋るようにラシェルも抱き着いた。
ディルクの放つ、仄かに甘い酩酊を誘う香りに包まれて、ラシェルは頭の奥が痺れるようにふつふつと全身、悦びで泡立つ。
「私も……愛してる……」
震える声で、絞り出す。
ラシェルを抱くディルクの腕が、また一層きつくなった。
夢にまでみた、彼からの告白。
嬉しかった。
泣きたいくらい、嬉しかった…………はずなのに。
頭の中にある冷静な部分が、ディルクの言葉を聞いて、改めて爆発事故の直前にレイラが言っていたことは本当だったんだと察する。
当局が彼をスパイであると見破ったことに、ディルクはもう気付いているのかもしれない。
でなければ、こんな都合のいい展開、信じられないと思った。
けれど何よりラシェルが質したかったのは、彼の本当の気持ちだった。
「けどディルク、彼女……リサ様は、……どうするの?」
「えっ……」
戸惑いの声が返ってくる。
確信を深め、さらにラシェルは強い口調で聞いた。
「リサ様とのこと、隠さなくていいよ。私は理解かってるつもりだから。ディルク、貴方も本当はもう……気付いてるんじゃないの?」
「な、何……を」
「リサ様に、惹かれ始めているということ。貴方が本当に好きなのは、私ではなくリサ様だと……」
「はあ?!」
これまでの雰囲気ぶち壊しの、どデカい呆れ声でディルクが目を瞠る。
「はぐらかさなくていいよ。だって、どうしたって、貴方の心はリサ様に惹かれることになってるんだから……」
「いや待て、何だそれ。今、俺はお前に告白してるはずだが。何処をどう解釈したら、そういう話になるんだ」
「だからカモフラージュでしょう、それも。ディルクが敵国のスパイだと私たちにバレたから……」
「カモフラって、ンなワケあるか。てか、何で俺がスパイだってこと知ってんだ……って、それは置いておくとして。リサなんかどうでもいい、俺は真剣に、お前のことが好きだと言ってる」
置いちゃうんだ、と思いつつラシェルもそれについて今は触れずにおこうと思っていたためスルーする。
けれど、リサのことだけは見逃せないと窘めた。
「ありがとう。でも、自分の気持ちには素直にならなきゃダメだよ。まだ想いが芽生えたばかりで、直ぐには受け入れられないのかもしれないけど、そのうちリサ様のことが忘れられなくなって、きっと後悔する日が来るんだから」
「気持ち悪いことを言うな。そんな日は一生、来ない。俺が好きなのはラシェル、お前唯一人だ。たとえ瑞祥が現れようと天地がひっくり返ろうと、俺がリサを好きになることなんて絶対、百二十パーセント有り得ない!」
「そんなことないってば。私には分かるの。貴方が近い将来、リサ様じゃなくて私を選んだことを悔やんで……」
「いやいやいやいや、何でだ。何故そうなる。俺が好きなのはラシェルだけだと、これだけ言ってどうして分かってくれないんだ!」
頑なにもほどがあると憤慨するディルクに、頑固なのはディルクの方だよとラシェルも負けじと詰め寄った。
「だって少し前にリサ様のことを聞いた時は、話もしたことないって言ってたじゃない。それが、こないだ学食で会ったら名前で呼び合うくらい急に親しくなってて……しかも私の知らない話題で通じ合ってるし。今日の昼だって、リサ様と会うために私との勉強会を断ったんでしょう?!」
「そうだ、その通りだ。だが、お前が勘繰っているような話をしてたわけじゃない。それに、こないだの事を言うなら、お前こそリサとえらく親し気に乳繰り合って、喜悦ってたじゃないか」
「よ、よがっ……!? って、妙なこと言わないで! 胸だってバストサイズ見てもらってただけだし、あんなの女子高ならよくあるノリだもん、多分…………最後、ちょっとだけ変な気分にはなったけど」
「なってるじゃないか! それにジョシコーって何だ。しかもノリとか多分とか、ちょっとだけとか、そういう隙を与えるから付け込まれるんだ。そもそもアイツはお前狙いなんだから、本気で気をつけてくれよ!」
「はぁ?! 何それ、ディルクこそ何言ってるの。女の子同士だよ? そんなシナリオ、聞いたことも見たこともないし」
「シナリオ? 一体、何の話だ?」
「ぁ、と……いや、とにかく! あれだけの絶世の美女を目の前にして、好きにならない男の人なんていないって言ってるの!」
「いる。ここにいる。断言する。俺が至らないせいで、お前を不安にさせてしまってたなら謝る。けどリサとは本当に、お前が思っているような関係じゃない」
「だったらなんで、さっきもリサ様の名前を出した途端、動揺したの? 図星だったからじゃないの?!」
「驚きはしたけど、そういう理由でじゃない。俺が好きなのは、これまでもこれからも正真正銘、唯一絶対、お前一人だ」
「私だってディルクのこと、世界で一番、愛してるもん。だからこそ、貴方が後悔しないように、きちんとこうやって事前に教えてあげてるんじゃない」
「いい加減にしろ、そんな気遣いはいらん!」
だぁあ、もういいと、半ばやけっぱちに頭を掻いてディルクが啖呵を切るように吐き捨てる。
「もういい、分からないなら分かるまで、何度だって言ってやる。俺はラシェル、お前のことが好きなんだ! 好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだっ」
売り言葉に買い言葉、ラシェルもディルクを思う気持ちなら絶対に負けてないと、声を張り上げ告白する。
「私もディルクのこと大好きなんだから! 大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好きっ」
「好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ」
「大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き」
好きの応酬が延々続く。
「好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ」
「大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き」
「好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ」
「大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き」
「…………」
「…………」
息切れするまで掛け合い、何かもうコレ取り敢えず両想いってことで良くないかと二人して恐らく同時に頭を掠めたところで、不意に部屋の入り口の方から声が掛った。
「……気は済んだか?」
「り、リサ様……?!」
いつの間に部屋へ入っていたのか、リサが出入り口横の壁に凭れ掛かって腕組みしていた。
どうしてここにとラシェルが呟くより早く、壁から背中を離して二人に近付く。
「リサ、お前……俺が呼ぶまで外で待ってろと言っただろ」
チッと舌打ちして、ディルクがまだ肩で息をしながら紅潮する頬のまま不機嫌な顔で吐き捨てた。
「話が長い。さすがに時間切れだ。こんな下らん茶番を延々聞かされるワシの身にもなれ」
まぁ、収穫がなかったわけではないがとラシェルを一瞥してからベッド脇に置いてあった椅子を引いて、ドカッとリサが腰掛ける。
そんな彼女に、ラシェルはただただ驚きで目を瞠る他なかった。
「約束通り、直接交渉させてもらうぞ」
言いながら鷹揚に構えて足を組むリサの姿が、さながら令嬢というより横柄な男そのものに見えたからだ。
口調も、入学してから彼女が見せていたものとはまるで違う。
てゆーか一人称、「ワシ」って言わなかった?
しかも今の遣り取りを聞く限り、どうやら彼女をここへ呼んだのはディルクだ。
さらにリサの口を吐いて出た、まるで追い打ちをかけるような言葉に、ラシェルは耳を疑う。
「そうそう、最初に断っておくがラシェル、多分、本家の正規ルート二順目を気にしてのことだろうけど、こいつも言っていた通り、ワシとディルクが懇ろになるようなことは絶対に有り得ないから安心しろ」
「っ……?!」
「ふむ、こっちの反応は良好か……」
思わず息を呑んで身体を硬直させたラシェルに対し、顎に手を宛がったリサが満足げに頷く。だったら、これはどうだと企みの色が滲む声で彼女は続けた。
『ワシの嘗ての名前は古橋義雄。生まれは昭和の末、生粋の日本人。享年三十八歳。特技がゲームで、趣味はレベル上げ。オーバトもカンストでのクリア経験済み……ここまで言えば、分かるんじゃないか』
不敵な笑みで、絶世の美女がラシェルを真っ直ぐに見据える。
『お前も転生者なんじゃろう……ラシェル・イーター?』
この作品の構想が2019年頃なので、転生前の年齢や時代背景はその頃のものとなりますm(_ _)m時代錯誤感スミマセン…




