96.蒼天の彼方
ラシェルが次に目を開けたのは瓦礫の中、視界いっぱいに広がる眩しい蒼天の下だった。
雲一つない澄んだ空はやけに穏やかで、小鳥が数羽、影を落として飛んでいく。
身体が重い。
が、それもそのはず。
ふと見ればラシェルの身体の上に、意識のない状態のアンリが横たわっていた。後頭部の髪は焼け縮れ、背中は広範囲に爛れているようだった。隣にはぐったりとして、やはり今だ瞳を閉じたままのレイラの姿が目に入る。
薬品じみた妙な臭いと、肉の焼け焦げた臭いがやたらと鼻に付いた。
何らかの爆発に巻き込まれ、アンリが身を挺してレイラとラシェルの二人を抱き寄せ庇ってくれたのだと少し遅れて気が付く。
暫くして微かに、誰か……人がいるような気配を感じ、そちらに目だけ動かした。
けれどすぐに視界がぼやけ始め、瞳を閉じかけたところに突如として男性の人影が飛び込んでくる。
名前を呼ばれた気がして、次の瞬間、抱き竦められた。
逆光で顔は見えなかったけれど、何事か必死にラシェルに訴えかけているようだった。爆音に鼓膜をつんざかれたせいか、殆ど何も耳に入ってこない。
「ィ……ル、ク……?」
根拠はなかったけれど、気付けばディルクの名を口にしていた。
人影としか分からない彼の身体が一瞬強張った気がしたけれど、すぐさまラシェルを安心させるように何度も何度も頭を撫でては耳元で繰り返し囁く。耳たぶに触れる吐息の感触で、大丈夫だと声をかけてくれているのが分かった。直に伝わる人肌の温もりがやけに心地好くて、思いがけず笑みが零れる。
ディルクがこうして助けに来てくれたのだから、もう何も心配いらないと、ラシェルもホッとして身体から力が抜けた。
薄らいでいく意識の中で、ラシェルはいっそこのまま死んでもいいとさえ思った。
好きな人の胸に抱かれ死ねるなんて、こんな幸せなことはない。
そうすれば、リサのことも、お金のことも、これまで知らなかったとはいえ犯してしまった罪さえ、全て流れて消えゆくだろう。
もう何も、思い悩むことなんてない。
彼への純粋な想いだけ抱えて眠りにつきたい。
そんなことを考えながら、ラシェルは深海へ身を沈み込ませるように、底なしの暗闇の奥へと意識を手放した。




