94.婚約破棄①
昼休み、ラシェルは居ても立ってもいられず、チャイムと同時に席を立って学院の中庭にあるベンチへ向かった。
二人が会うなら、ここしかない。
何度も、行かない方が身のためだと思った。盗み見なんて、しちゃいけないことだというのも分かっている。
でもダメだった。
どうやっても、自分を止めることが出来なかった。
傷つくと分かっていて、それでも行きたいと思ってしまうなんて、つくづくバカだ。
けど、兎に角どんな結果だろうと自分で確かめなければ落ち着かないと、逸る気持ちを抑えてラシェルは中庭へ急いだ。
「おお、いたいた。ちょうど良かった」
この廊下を抜けたら中庭に出るというタイミングで、ふらりとやって来た担任教師から声を掛けられる。
何でもレイラから託かったらしく、至急、生徒会室へ来て欲しいとのことだった。
まだまだチャリティーイベントで忙しい最中、今日このタイミングを逃すと愈々夏休みまで会う機会が持てないらしく、折り入ってラシェルに直接伝えたい大切なことがあるという。
正直、リサとディルクの逢瀬の方が気になったけれど、教師という立場上どうしてもと頼み込まれ、渋々ラシェルは目前まで迫っていた中庭を諦めて生徒会室へ顔を覗かせることにした。
重い足取りで歩いていたら、途中でアンリと鉢合わせる。
レイラに呼ばれて、これから生徒会室だという話をしたら「暇だし、オレも付いて行こ」と、これまた予定変更、二人で向かうことになった。
「ごめんなさいね、急に呼び出したりして」
生徒会室へ入るなり、挨拶もそこそこにアンリとソファへ座るようレイラに促される。
「レイラ様、相当お忙しいようですが体調の方は大丈夫ですか」
「ありがとう。こう見えて私、頑丈にできてますから。まだまだ全然、余裕ですわ」
そう言って明るく微笑むレイラの瞳は、確かに精力に満ち満ちている様子だった。リサとローレンスの噂を耳にして心を痛めてないかと少し心配ではあったが、この感じだと彼らの話はまだレイラの耳に届いていないようだ。少なくとも、この激務が終わるまでは余計な情報が彼女の元に入らないことを祈りたい。
「事業部なんて面倒くさいところ、オレ希望しなくてよかったー。ホント、レイラはよくやるよ」
「私も希望したわけじゃないのよ? 成り行き上、最初は仕方なくだったけど、将来を見越した時、今ここで頑張ることは全て自分の糧になると信じてるから……」
伏し目がちに、はにかんでレイラが零す。時期王妃としての自負がそう言わしめるのか、けれど仄かに赤みが差す頬を見るにつけ、益々リサの存在が疎ましく思えた。
レイラは旅先から帰った時そのままの心持で、今も変わらずローレンスを慕っている様子だった。
いや、これが普通だと思うけどね、と心の中で独り言つ。
いくら絶世の美女とはいえ、僅か二週間足らずで第二王子を骨抜きにし、婚約者候補ナンバーワンの座まで奪い取ってしまうなんて、誰が予測できよう。
「ところでレイラ、ラシェルちゃんに何か用があるんじゃなかったっけ?」
アンリが逸れかけた話を本題に戻す。
「ええ。それなんだけど……」
レイラが見せる一瞬の目配せで悟ったアンリが、お茶淹れてくるねと席を立った。
「あ、じゃあ私も……」
二人の暗黙の了解に気付かず、習慣で自分も席を立とうとするラシェルに「レイラの時間がもったいないから」とアンリは制して、一人で給湯室へ入る。
「ありがとう、アンリ」
「いーの、いーの。オレ、基本的に女の子の味方だから」
ニッと歯を見せて笑うアンリに、レイラと二人、クスリと笑みが漏れる。
折角の彼の気遣いを無駄にしてはいけないと、レイラも限られた時間でラシェルに話をつけるべく、気を取り直してバゲッジから数枚の資料を取り出し、テーブルに並べた。
「非常に心苦しいのだけど……結論から言うと、貴女にはディルク・ウェーバー……彼との婚約を破棄してもらいたいと思っているの」




