91.もう一つの街ブラ②
「ご迷惑おかけしてごめんなさいね、坊っちゃん。アルフレッド様まで、申し訳ありません」
年配の修道女が出迎え、盛大に感謝された。
そこでラシェルも紹介して貰い、出迎えの彼女がソフィという名で、施設の管理人であることを知る。
到着したここは、クロードたち侯爵家が運営するノブレス・オブリージュ、救護院だった。
挨拶もそこそこに、通りがかった令嬢をソフィが捕まえて、荷物を持ったままにさせていたアルフレッドを厨房へ案内させる。
去り際、こちらを見て軽く会釈する彼女にラシェルも合わせながら、どこか覚えのある顔だなぁと思っていたら、
「ベネディクト嬢、いつもボランティアありがとうね」
ひらひらと手を振るアンリの声に、馬術部の後輩だと思い出す。ほぼ接点はなかったが、美味しそうな名前だったので朧気に記憶していた。
ベネディクト嬢は改めて深々とお辞儀し、建物の奥へ入って行く。
ディルク曰く、他国に比べて圧倒的に数は少ないとのことだが、それでも資本主義を経済基盤にしている以上、必ず困窮者は出る。その、王都でのセーフティネットが、王族と宮廷貴族によって運営される孤児院や救護院というわけだ。
とはいえ莫大な費用がかかる施設を持てるのは貴族の中でも限られるため、殆どは先程のベネディクト嬢のように、伝を頼ってこうした施設の慰問やボランティアを自主的に行って義務を果たしている。
そして、貴族教育の一環という名目でクロードは十五歳の誕生日から侯爵家の長子として、この福祉施設の運営を任されていると言う。
設定としては知っていたが、物語でも台詞にチラッと登場する程度で、ましてや実際に見るのも来たのも初めてのラシェルは、つい物珍しさから不躾に辺りを見回してしまう。何せ財政は元より、フィリドールは人口も少ないことから医療制度こそ整えてられているものの、その他は領民の相互扶助等、自助努力でほぼ賄ってもらっているため、この手の施設へ来たのは初めてなのだ。
礼拝堂が併設された、古いけれどしっかりした石造りの建物。
高い塀に囲まれた広大な敷地には小さいが人工池もあり、その畔では老人を乗せた車椅子を押す看護師の姿が見えた。
郊外とはいえ、この広さはかなり贅沢だ。
さらには、ちょっとした遊具や砂場まであり、広場では子どもたちが集団遊びに興じている。その中心で遊び相手をしていた青年がこちらに気付き、子どもたちに断りを入れると駆け寄って来た。
「兄さん、お疲れ」
労いの言葉を挨拶代わりにかけるアンリの横で、ラシェルも居ずまいを直して淑女の礼を取る。
「ラシェル、君も来てくれたのか」
こんな所だし楽にしてくれと、申し訳なさそうにクロードが付け加えた。
そのタイミングで、荷物の整理があるからとソフィが仕事に戻る。
「わざわざ悪かったな、アンリ。けど助かった」
「聞いたよ。ミシェルさん、体調不良じゃ仕方ないよね。それに俺は基本、全女性の味方だから。人員もカツカツなんでしょ?」
察するに多分、ミシェルという女性職員が今日の買い出しを担っていたのだろう。その代行をアンリが頼まれたということかとラシェルは理解する。
軽口を飛ばす弟に、まあなと苦笑して返した。
そんな兄に、両手を頭の後ろで組んで溜め息混じりにアンリが溢す。
「けど、聞けば聞くほど長子が兄さんで良かったなって思うよ。久しぶりに来たけど、随分変わったよね、ここ。どこも手入れが行き届いてて、働いてくれてる皆も楽しそう」
そうかと言って、まだ苦笑しながらクロードが続ける。「だが、お前にそう言ってもらえるなら、俺も少しは胸を張れるかな」
「経営の方も、ようやく安定してきたとか」
「それは俺だけの力じゃないさ。近頃は街の人達の理解を得られるようになって、寄付やボランティアを受けることも増えたし」
「知ってる。子どもたち連れて街の清掃とか、民生員みたいなこともして回ってるんだろ。そーいった草の根活動ってヤツ?オレには絶対ムリ」
そんなことないさと笑うクロードへ向けるアンリの眼差しには、尊敬の念が見て取れた。
確かに、家の方針とはいえ施設経営と平行して侯爵家長男という自負の下、学園でも常にトップの成績を保ち続けるというのは、並大抵の資質ではない。
ディルクもそれに近いことをしているけれど、彼の才能からして勉学の方は明らかに手を抜いていた。彼もまたラシェルと同じくディプロマがあれば良いという合理性からだろうが、それ以上に平民が目立つと後が面倒臭いのを分かっての確信犯だと思うけど。
「とはいえ、ここを引き継いだ当初よりはましだが人手不足解消までは、やはりなかなか厳しくてな」
そのせいで、こうして今日みたいにちょくちょくお前の世話にもなってるわけだがと、申し訳なさそうにクロードが溢す。
「何、言ってるの。理想が高すぎるんだよ、兄さんは。こんなことくらい、いつでもするから」
お安いご用さと返すアンリに、クロードは素直に礼を述べた。
二人のやり取りを見るにつけ、ゲームの中や学院内ではいつも反目しあってばかりのイメージだったけれど、こんな風に普通の兄弟らしい会話も交わすのかと、ラシェルは少し驚く。
「クロード様、アンリ坊っちゃん!」
そこで唐突に、ソフィが息を切らせて戻って来た。二人を手招きしながら呼ぶ。
「どうかしたか?」
「それが、ズーラとリヤーフが喧嘩して。私たち女手ばかりじゃ、どうにも太刀打ちできないのでお二人に助けていただけないかと」
「分かった、すぐに行こう」
喧嘩の仲裁は慣れているようで、クロードはすぐさま踵を返す。
「オレも行くよ」
「助かる。アイツら図体ばっかりデカくなって、正直、俺一人では手に負えない時も最近はあるから」
「分かってるって。ごめん、ラシェルちゃん。もう暫く、そこで待っててもらっていい?」
「うん、大丈夫」
「ラシェルも、申し訳ない」
「いえ、お気をつけて」
頷いてから二人は目を合わせると、ソフィの後に続いた。
ラシェルなど入り込む余地もないくらいに以心伝心、困った時は助け合いだとする兄弟の姿に、ゲームでは見られなかった役得のようなものを感じて微笑ましくさえ思う。
二人を見送った後、思いがけずぽっかりと空いてしまった時間に、ラシェルは一先ず腰を落ち着けようと木陰にベンチを見つけて座る。広場の中心からやや離れているここは、全体が見渡せて景色も良い。
正午を過ぎて随分経つのに、まだ日は高いままだった。アウローテには梅雨がない。汗ばむ制服のシャツに、夏の気配を色濃く感じた。
懐から出した扇子で涼をとっていたら、戻って来たアルフレッドが隣に腰掛ける。
「お疲れ様です」
「いやいや、大したことはしてないんだけど。アンリは?」
「少し前にソフィさんが子どもたちの喧嘩の仲裁をお願いしに来て。クロード様と一緒にその対処に建物の奥へ」
礼拝堂の方を指して示すと、なるほどねとアルフレッドが肩を竦める。
「それにしても、広いねここは。移動だけでかなり時間食っちゃった」
「本当、ビックリしました。都市の中心部から少し外れているとはいえ、街中なのに自然も豊かで、子どもたちものびのびと過ごしてて」
「そうそう。しかも、ラシェルちゃんは気付いてる?ここの子どもたちは……」
「先程の……元ストリートチルドレン、でしょうか?」
おずおず尋ねると、頷き返された。
ここの子どもたちは皆、顔立ちや体格等がアウローテの民とは異なる、外国人街で見かけた人々と同じ人種だった。
「アウローテは排他的で、移民の受け入れも少ないけど他国と地続きだからね。どうしても一定数、不法に他国の民が入って来るんだ。そういった人たちで形成されたのがあの街なんだけど、それが今では欠かせない労働力になってるのも事実で。一時期スラム化してたのを建て直したのが、クロードのところの侯爵家ってワケ」
救護院はそれまでもあったが、保守的な考えから外国人の受け入れはしていなかった。だからこその惨状となったわけだが、それを率先して受け入れたのがクロードの祖父であり、スタンレイ家だったと言う。
「まあ、うまいことやった感はあるけどね。差別なく貧民の救済を戦後復興と絡めて国策にしたことで、ここは今だにかなりの国費を引っ張ってきてるらしいし。その功でスタンレイ家は侯爵位を叙爵して宰相の地位まで登り詰めたんだから」
クロードの爺ちゃんは凄腕のやり手だったんだよなぁとボヤく。
「その点で言えば、親父さんも救護院を使ってさらに派閥を急拡大させたんだから、大したモンだよ。親子揃って、根っからの政治屋なんだろうね」
「派閥の拡大……?」
「そう。俺達がまだ子供の頃だったと思うけど、ある時期やたらとノブレス・オブリージュが王都で喧伝されたの、覚えてる?慈善活動は貴族の義務だとか言って。けど、孤児院や福祉施設を所有できる貴族なんて、そうはいない。そこでスタンレイ家は、派閥に属してる貴族の夫人や子女を優先的に、ここでの無償奉仕を勧めたんだ」
「なるほど……」
罪悪感を煽って、仲間に引き込んだというわけか。面子を重要視する貴族の性格を上手く利用したなとラシェルも思った。
けれど同時に、ここの施設からはアルフレッドが言うほどの余裕を感じられなかった。
カツカツの人員に、食料等の寄付。
先までアンリが語っていた窮状と矛盾するなと思いつつ、しかし前世でも大概の福祉法人はボランティアや国からの補助があるとて、経営は苦しそうだった。
実態としては、いくらお金があっても足りないというのが福祉の現場ということなのだろうとラシェルは理解する。
そこで不意に、袖を引かれた気がした。
見ると、四~五歳くらいの女の子が葉っぱを数枚、こちらに渡してくる。
思わずアルフレッドを伺うと軽く頷かれたので、躊躇いながらも受け取ったら、はにかんだ笑みを浮かべて女の子が喜んだ。
黒髪に小麦色の肌、微かに覗く八重歯がチャーミングだなと微笑ましく思う。前世で言うところのアジア人に近い顔立ちで、親近感を覚えた。「ありがとう」と礼を言うと、次は木の実を渡される。
「俺もいっちょ、遊んでやるかな」
そう言って立ち上がったアルフレッドの方に再び目を向ければ、彼の周りもやはり女の子と同じ年頃の男の子が数人、じゃれついていた。クロードが抜けたことで、今度は私達に遊んでもらおうと集まって来たようだ。
この年頃がそうなのか環境がそうさせたのか、彼らは警戒心が少なく、どの子も人懐こくて可愛かった。
ラシェルは女の子や大人しそうな子達とごっこ遊びを、アルフレッドは元気な子らとボール遊びに興じて待ち時間を潰す。
暫くするとアンリ達が戻って来たので、遊びはクロードに引き継ぎ、カラードスピネルヘ向かうことにした。
道行く馬車の中、ラシェルは何とも言えない充足感に包まれていた。
子どもと遊ぶのっていいな、と思わず笑みが零れる。余計なことを考えずに真っ直ぐ楽しむ、そんな感覚を久しぶりに味わった。
思い返せば自分にとって、料理やお菓子作りもそうだったなと、改めて趣味が心の支えだったことに気付く。来週辺りから、また師匠の下で修行を再開させてもらおうと心に決めたところでカラードスピネルに到着した。




