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デブスの没落貴族に転生したら、やっぱり成金ブサメンと政略結婚する流れになった  作者: o槻i
邂逅編

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90.もう一つの街ブラ➀




 木曜の放課後。

 いつものようにラシェルは一人、生徒会室で昨日の議事録を作成していた。

 週末に上手く気分転換できたものの、日が経つにつれてまた揺り戻しが来て気持ちが乗らず、なかなか打つ手が進まない。けれど最近は会議の当日中に打ち込みの九割方を終わらせることが出来るようになったため、暫くという間もなく、あっさり議事録は完成した。

 このまま帰宅しても良かったけれど、暇になるとつい余計なことを考えてしまう。そんな自分の癖も分かっているので、悶々と詮ないことを巡らせ続けるよりはと、件の清書作業に取りかかろうと席を立ったその時だった。

「やっほ~、ラシェルちゃん♪」

 ノックもなく生徒会室の扉が開かれる。

「アンリ様……?」

 さながら飼い犬のように顔を綻ばせてこちらへ近づく彼に、あのペット契約は言い得て妙だったなと改めてラシェルは思った。そもそも、ゲームでもワンコキャラだったし。

「私に何かご用ですか?」

 小さく首を傾げるラシェルに、うんと頷きアンリが続ける。

「前にラシェルちゃんが言ってた、えーと……そう!カラードスピネルってお店。紹介してもらえないかなって」

「…………」

「そんな、あからさまに嫌そうな顔しないでよ」

 正直、面倒臭いと思った。

 何せ、ついこないだ周りの人間関係を全部切ったと、彼自身が言っていたばかりだ。そんなアンリをランドルたちに繋いでも、旨味は少ない気がするなぁと銭ゲバな勘定が過る。

 とはいえ、どこで繋がっているか分からないのもまた貴族だし……。

 リサのこともあり、精神的疲労から腰が重くなっていたラシェルが渋っていると、「オレの役職、覚えてないでしょ」と苦笑しながらアンリが聞いてきた。

「えっ」

「こう見えて一応、生徒会では会計担当なんだけど。ストックしてたお茶菓子が少なくなってきたから、そろそろ買い足そうと思って。序でに良さそうなお店だったら、担当者の特権てことで、今後も行事の時とか贔屓にさせてもらおうかな、なんて……」

「謹んでご案内させていただきますッ」

 攻略対象者らしくキレイにウィンクして見せるアンリに、すぐさまラシェルは敬礼して返した。

 腐っても高位貴族、やっぱ手数が違うわと感心する思いでいたら、「ホント、ラシェルちゃんって現金だよね」と言う笑い声がして入り口の方を見遣る。

 アルフレッドだった。

「びっくりした。いつから、そこにいたんだよ」

 ノックぐらいしてから入れよなと、先刻ノックもなしに入って来た当人がムクれた顔で返す。

「ごめん、ごめん。いや~、面白すぎて」

 一頻り笑ってから、アルフレッドは目尻を拭き拭き応えた。

 この生徒会、躾がなってない率、高すぎやしないか。


 学院は授業数が少ないとはいえ、のんびりもしていられないので早速街へ出掛けようと、外套を引っ掛けてアンリのお忍び専用にしているというシンプルな造りのクーペに乗り込んだ。

「悪いね、アル。御者を引き受けてもらって」

 車内の小窓から、御者台を覗き見上げてアンリが詫びる。それに対し、あっけらかんと軽い調子でアルフレッドは返した。

「いーの、いーの。暇だから無理矢理付いて行きたいって言ったの俺だし。それに、外の方が好きなんだ」

 ラシェル自身も騎士団長の息子を便利に使って良いものか不安だったが、さすが脳筋キャラと言うべきか、力仕事に対してはあまり拘りがない様子にホッとする。

 停車場でニーナに、今日はランドルのお店から直接屋敷までアンリ達に送ってもらうことになった旨を伝えてラシェルが戻ると、アンリがクロードの使用人に呼び止められていた。昨日から所用で学院を休んでいるクロードの元へ、荷物運びを頼まれてくれないか、とのことだった。

 そこでラシェルとアルフレッドも交え、カラードスピネルへ行く前にそれを済ませてから向かおうと話し合う。クーペに三人乗りだと殆ど荷物が載せられなくなるので、アルフレッドが御者を引き受けてくれた。

 まずは荷を取りに行くため、いつもは通らない寂れた小径を馬車が辿る。

 抜け道にあたるルートのようで、ラシェルは華やかな王都の裏の顔を見たような気持ちになった。

 暫く馬を走らせると、さらに街並みが変わったような気配を感じて窓を覗く。見慣れた街道とは違い、狭く薄汚れた印象で、行き交う人々の多様な人種から外国人街へ入ったとラシェルにも一目で分かった。

 何故、わざわざクーペにと学院を出る時は思ったが、確かにこれは豪奢なキャリッジだと物理的にも治安的にも無理だなと察する。

 二階、もしくは三階建ての狭小建物が続き、一階は飲食店や食料品、日用品を扱う店が建ち並んでいた。上の階は住居になっているようで、向かいの建物へとロープが張られて洗濯物が棚引いている。

 先日、ディルクの髪を切りに出掛けた時も外国人を見かけたが、あちらが各国大使館や駐在員の住む高級住宅街近郊というお洒落な国際通りとすれば、こちらはもっと雑多で猥雑な、異国情緒溢れる雰囲気が漂っていた。

「この場所で合ってる?」

 クロードの使用人から渡されたメモに目を落としながら、アルフレッドが薄暗い入り口をした建物の前で馬車を停めると、小窓を開けてアンリに尋ねる。

 途端、今世では嗅いだことのない、抹香臭いような匂いがラシェルの鼻を刺した。

「そうそう、ここだよ」

 ありがとうと言ってアンリが馬車から降り、建物の中へと入る。

 彼の後に続いてラシェルも外へ出た瞬間、異国の匂いに包まれた。

 そうだ、と立ち止まる。

 この匂い、前世で田舎の仏壇や墓参りの時に嗅いだ線香のそれに似ていた。だから嗅いだこともないのに『抹香臭い』なんて思ったのだ。今、漂うのはさらに甘ったるく煙たいように感じるものの、子ども心にお香が苦手だったことを思い出す。

 けれどそれも一瞬で、次にラシェルの鼻を突いたのは強い香辛料の刺激だった。市場の通りにズラリと並ぶ多国籍な屋台料理の数々に、匂いが上書きされていく。

 前世でいうところのアジアンテイストな空気に圧倒された。

 赤、黄、オレンジ、ピンクといった色とりどりのスパイスが塗られた羊や鶏を焼く煙に、海鮮焼きそばやホルモンを炒める油煙、香味野菜たっぷりの白湯スープの湯気等、雑多な香りが鼻腔を擽る。

 一つ買い食いでもしようかなと近くの店を物色していたら、「ヘタに食べると、お腹下すよ」と横からアルフレッドに笑われた。

 めちゃくちゃ美味しそうなのに、衛生観念が貴族の基準とはやはり違うようで悔しい。ご馳走を目の前にして、取り上げられた気分だ。

「鍛えたら、いつかは食べられるでしょうか」

「やりたいなら止めないけど、辛い修行にはなるだろうね」

 わははと一頻り笑ったところで、アルフレッドは戻って来たアンリと合流し、商店へ荷を取りに向かう。

 荷物運びは二人で十分と馬車の中でアンリに言われていたため、必然的にラシェルはそこで御者番がてら待機となった。

 手持無沙汰に、ぼんやりと周りを眺める。

 自分の見知っている景色から、ほんの数ブロックしか違わない場所にこんな世界が広がっているなんて知りもしなかった。

 多分、治安のことを懸念してディルクやニーナが意図的に近付けないよう配慮してくれていたのだと思うが、改めて自分が箱入りに育てられいたことを実感する。

 不意にそこで、何かが軽く足に当たった気がした。

 見ると、何処からか転がってきたのだろうボールだった。

 拾い上げ、キョロキョロと辺りを見回すと幼い少年たちが申し訳なさそうに手を振り、こちらへやって来る。

 どうぞと言って渡したら、多分ありがとうという意味の言葉を言ったのだろう。聞き馴染みのない言語と共に無邪気に笑うので、ラシェルもまた微笑み返した。頭を下げ、少年たちはまた元の場所へと戻って行く。

 再びストリートに目を遣ると、縄跳びや陣取り合戦をして遊ぶ子どもたちの姿がちらほらと見えた。それに混じって、背中に縫いぐるみを背負いママゴトをしている三~四歳くらいの女の子もいる。こんな狭い路地でさえ子どもたちにとっては立派な遊び場になるのだから、逞しいと思った。

「お待たせ、ラシェルちゃん」

 ちょうどそこで、八百屋と精肉、鮮魚店を回り終えたアンリとアルフレッドが、箱一杯の食材を手に帰って来る。

 それらを積み込んで、再びクーペを走らせた。

「見て、コレ。処理が大変だからって、まだ可食部がたくさん残ってるのにタダで分けてもらっちゃった。あとこっちは寄付だって」

 ニコニコと、いただいた物や帳簿の確認をするアンリに「よかったですね」と愛想だけ返し、ラシェルは車窓の景色へ目を向ける。

 雑然とした街だが、前にアウローテの七不思議とディルクが言っていた通り、スラムのような物乞いや孤児の姿はなかった。活気もある。出自は違えど、ここに根差した人たちが住み、良い意味での生活感があって、人間の営みが感じられた。

 所狭しと遊ぶ子どもたちの姿にも、心和んだ。

 気心の知れたメンバーで過ごすのは楽しいけれど、たまには違う人たちとこうして出掛けるのも、ちょっとした冒険みたいでいいなと思う。新たな知見に触れることが出来て、純粋に嬉しかった。

 それから幾許(いくばく)も経たない内に、馬車は目的の場所へと辿り着く。




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