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デブスの没落貴族に転生したら、やっぱり成金ブサメンと政略結婚する流れになった  作者: o槻i
邂逅編

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88/90

88.青春の影

 



 土曜の午後。

 ラシェルは一人、自宅の庭を散歩しながら物思いに耽っていた。

 理由は言わずもがな、リサとディルクの親密な関係だ。

 先日なんて、キスするほどの距離でリサに囁かれ、ディルクは顔を真っ赤に染めて動揺していた。

 あんな彼、初めて見た。

 本来なら、今日こそはランドルの店へ行くニーナに付いて、師匠とまたお菓子作りをする予定だった。

 けれどとてもそんな気になれず、迷ったが結局は店へ向かうニーナを見送るに留め、こうして一人、時間を持て余しているというわけだ。

 生徒会の仕事を引き受けてからこちら、忙しさにかまけてカラードスピネルヘ行けてない。

 お菓子作りは義務でも仕事でもないとはいえ、そろそろ再開しておかないと腕だって鈍る。

 今週こそはと意気込んでいたのに、不甲斐ない己にラシェルは自己嫌悪を募らせた。

 それにしても、と、ブリムの先に強い日差しを感じながら、ラシェルは雲一つ無いスカイブルーの空を見上げる。

 返す返す、頭の中を巡るのはリサとディルクの姿だった。

 いつ、二人は出会ったのか。

 切っ掛けは何?

 あの、含みのある会話の数々。

 二人の間に、一体どんな秘密の共有があるというのだろう――――――……。

 そこまで考えて、ラシェルはハッとする。

「ここ、何処……?」

 自宅の庭だというのに、広すぎて何時の間にか迷ってしまっていた。

「えっ、えっ……?!ちょ、本当に?」ややパニックを起こし、涙目になる。「自宅で迷子とか、シャレにならないんだけど」

 この屋敷に越して来て、半年を疾うに過ぎてはいるものの、これまで料理を作ったり小説を翻訳したりと、根っからのインドア派な趣味にばかり没頭していたため、ほぼ本邸の構造しか把握していなかったことに今さらながら気が付いた。しかもこんな時に限って、ニーナはランドルの元に行って居ないときている。

 遭難した時は動かず、その場で待機して救助を待つべしと聞いたことあるけど…………恥ずかしすぎて泣けてきた。

 というか、そのそもこの家がデカすぎるのだ。

 引っ越し当初、あまりの広大さに自分の身の丈に合ってないとビビったけれど、やはり自分がここの主だなんて(ぶん)不相応だということを改めて思い知らされる。

 そして次の瞬間、あまりの広さに捜索が難航して見つけてもらえなかったらどうしようと、不安が過った。さらに白骨化して発見される自分を想像して、あわわと狼狽える。

 が、すぐに、いやいやと(かぶり)を振って自分を叱咤した。

 このところ周りに翻弄されることが多かったとはいえ、ちょっと情緒不安定が過ぎるぞと。

 変な妄想に取り憑かれる前に、自力で何とかできないものかと、取り敢えず影を頼りに太陽の方へ向かうことにした。屋敷の周囲は塀で覆われているため、そこまで辿り着くことができれば後は壁沿いに門を探せば良い。

 そう自分に言い聞かせ、ラシェルは道なき道を歩き始めた。

 とはいえ初夏の日差しが思ったより強く、程なくして喉が渇きを覚える。このまま進んでて本当に大丈夫かなと少し心配になったところで、不意に何かが聞こえた気がした。

 咄嗟に幻聴を疑ったが、やはり音がしている。

 耳を澄ませると、それが楽器で、メロディーを奏でていることも分かった。

 誰か居るに違いないと、救われた気持ちで音に導かれるまま行けば、そこには質素ながらも頑丈な造りの建物が数棟と、かなりの数の若者達が思い思いに行き交う光景が広がっていた。

 年齢は十代後半~二十代前半くらいが殆ど、人数にして百人は優に越えている。

 さながら大学の校舎と学生寮といった雰囲気で、今は休憩時間なのか食事をしたり、球技やスポーツを楽しむ者、先程から聴こえる民族音楽に合わせて民族舞踊と思われる躍りに興じる者と、賑やかに過ごす姿がそこここに見られた。

 クロードに紹介したら、きっと喜ぶだろうなと思う。

 ラシェル自身も物珍しさにキョロキョロ見回していたら、それに気付いた一人がこちらへ手を挙げて何をか話しかけて来た。

 どうもレオノキア語のようで、ラシェルが対応に戸惑っていると他の者も集まって来て、その中の一人が「ラシェルお嬢様ですね」と世界語で恭しく礼を取ってくれた。

「良かった、貴方は話せるのね」

「はい。私は週の半分ほど本邸にて、給仕を任されておりますので」

 ここにいる者の多くはまだ言語研修中でして、ご迷惑をお掛けし申し訳ありませんと頭を下げる。

 思った通り、ここは以前、ディルクが言っていた就業目的のレオノキア留学生を受け入れている宿舎だったかと、ラシェルは心の中で独り言ちた。

「いえいえ。私こそ、実は道に迷っていたので助かりました」

「えっ……」

 つい、素直に自宅で迷子になってしまったことをカムアウトするラシェルに、目の前の青年が言葉を失う。

 しまったと顔を赤らめるラシェルに、彼は察した様子で「失礼しました」と言い、すかさず「自己紹介がまだでした」視線を下に反らす。

 あまりの恥ずかしさから、ラシェルはその気遣いに全乗っかりすることにして一つ咳払いした後、彼の言葉を大人しく待った。

「キールと申します。この辺りは足下も悪く、お連れの方がご不在のようでしたら、私が屋敷までご一緒させていただきたく存じますが、如何致しましょう」

 色々と配慮してもらってる感はバリバリ伝わって来るものの、実際、迷子のボッチで困っていたので「助かります」と微笑み、謹んで彼のエスコートを受けた。

 屋敷への道を歩きながら、しかしラシェルは自宅の一角にレオノキアが存在しているような、この不思議な空間に沸き立つ好奇心から周囲を伺う。

 歩いていたら、「ラシェル様!」と声をかけられ、揚げパンをトスされた。振り向くと、屋台のような作りで揚げ物を皆に振る舞っている女性がいて、キャッチしたらサムズアップされる。召し上がれと言ってくれているようだったので、試しに一口齧ってみたら、中から野菜と肉の餡がとろりと出て来て、レオノキアという寒い土地特有の食べ物といった風情を感じた。暑い最中に食べる熱々の揚げパンというのも、なかなかに乙なもので、ラシェルは舌鼓を打つ。

「ありがとう、とっても美味しいです!」

 そう言って手を振り返すと、くれた本人が照れ臭そうに鼻の下を人差し指で擦って、多分「それなら良かった」的なことを返してくれた。

 それから、ずっと聴こえている音楽の音色にも耳を傾けていたら「少し寄って行きますか?」とキールに問われる。頷き、奏者達の傍まで行って生演奏を楽しんだ。

 指で(はじ)くタイプと、弓で()くタイプという二種類の弦楽器に小太鼓、細く華奢な縦笛が奏でる牧歌的な旋律は、さながら前世で聞いたケルト音楽のようで心が和む。それでいて軽妙なメロディーなので、いつの間にか肩でリズムを取っていたら周りで踊っていた人達に手を引かれ、気付けばラシェルもその輪の中に入っていた。

 レオノキアの民族舞踊なんて初めてだったけれど、前にディルクとワルツの練習をしていた時、準備運動代わりと教えてもらったステップに似ていて、自然と身体が動いた。リズムさえ外さなければ割りと寛容に受け入れてもらえ、その場にいる人達とまさしく音を楽しんだ。

 それから学舎(まなびや)の方も見学させてもらい、語学や算学等の授業風景、さらには部室みたいな部屋で絵画や彫刻、ボードゲームを楽しんだり、トレーニングジムのような場所もあって、筋トレに励む学生達の姿を実際に目の当たりにすることが出来た。

 充実した施設に、誰も彼も気持ちの良い若人ばかりで、笑顔と活気に溢れていた。

 少し前まで鬱屈していた気分が嘘のような時間を堪能した後、ラシェルは無事、屋敷へと送り届けてもらった。




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