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デブスの没落貴族に転生したら、やっぱり成金ブサメンと政略結婚する流れになった  作者: o槻i
邂逅編

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87.妄想と現実の乖離

 



 リサとディルクに当てられてから、早くも一週間が過ぎた。

 あれからラシェルは寝ても覚めても二人のことが気になり、けれどやはり何も言えずにいる。

 ディルクもまた、いつも通り過ごしているようで何処か上の空だったり、言葉少なに俯いて顔色を暗くしていることが増えたように思う。

 悶々と一人で思い悩むより、いっそ聞いてしまった方が早いと分かってはいるが、正直、聞くのが怖かった。

 口を開けば、彼を責め立てる言葉しか出ないような気がしたからだ。

 以前、ディルクに尋ねた時、リサとは一度も口をきいたことすらないと言っていた。あれは本当だったのか。

 本当なら、つい最近、知り合ったのか。

 いつ。どこで。どういった経緯で。

 この短い間に、互いに名前を呼び捨てできるような仲になるなんて。どうやったら、そこまで親密になれるのかーーーー、ほら。

 彼に嫌われる、疎まれる質問しか出てこない。

 実際のところ、ラシェルのこの小さな脳ミソはパンク寸前だった。

 今日も今日とて、昼休みにこうして学食(テラス)でディルクを待っているのだが、廃人寸前の形相で、今にも湯気だか煙だか分からない物を口から噴き出してしまいそうになりながらテーブルに突っ伏す。

 そもそもディルクにしたって、リサの前でのあの態度や彼女とのこと、弁解なり何なりしてくれてもいいのにと思った。けどそこで、また他責思考に陥っている自分に気付いて叱咤するという、無限ループ。

「ら~しぇるぅ~様っ♪」

「ゃゔっ?!」

 思いがけず、変な声が出る。

 突然、後ろから呼ばれると同時に思い切り抱き付かれた。

「り、リサ……様?!」

 驚きのあまり、つい呼び捨ててしまいそうになる。慌てて敬称を付け足し、苦し紛れに軽く挨拶したら「ごきげんよう」と、本当にご機嫌な様子でリサがニコニコしながらラシェルの肩口に頬を擦り寄せてきた。

 確かに先日、渡り廊下で「もっと仲良くなりたい」と言われたが、この急激な距離の詰め方は予想だにしておらず反応に戸惑う。

 そもそも、A組は高位貴族の集まりで、学食ではなくクラスで食べるのが基本。昼の日中(ひなか)カフェテラス(こんな所)で鉢合わせるとは思いもしなかった。

「どっ、どうされました……?」

 おずおずと、どうしてこんな所に居るのか尋ねたら、だって~と甘えた声が返ってくる。

「やっと少し時間が空いたんですもの。ラシェル様と仲を深めたいって思うじゃないですか~」

 私ではなくディルクとでは、と言いかけて言葉を飲み込む。引き連る顔を隠しながら、代わりに「そうですか」と苦笑いで返したら、リサが表情をハッとしたものに変えて、あらと声を上げた。

「あらっ、ラシェル様?」

 怪訝な色でリサがラシェルの身体に手を伸ばしてきたかと思うと、そのままむんずと胸を鷲掴みされる。

「*#@*&☆#☆*……っ?!」

 突然のことで頭の中が真っ白に飛び、声にならない声で抗議すると、

「ブラジャーのサイズ、少し窮屈じゃありませんこと?」

 胸を揉みしだきながら、リサが真剣な声音で訊いてきた。その真面目なトーンは、慌ててしまっている自分の方がおかしいのかもしれないと錯覚するほどで、逆に狼狽えてしまう。

「えっ……と、あの……何を?」

「サイズ確認です。それに、女同士で胸を触ることくらい、女子校ではよくあることでしょう?」

 そっ、そうかなと前世の記憶を呼び戻す。

 自分は小中高と公立で共学だったけれど、確かに女子高へ進学した中学時代の友人が、教室で宙を舞うナプキンの話やら、下にレギンスを履いているからとスカートを団扇代わりにはためかせてたとか言っていたのを聞いたことはある。が、胸を触り合いっこしてたかまでは知らない。

「い、行ったことないので、分かりません……っ」

 素直にそう応えたら、ふぅんと素っ気なく返された。代わりにリサの白魚のような指で、熱心にバストを捏ね繰り回される。両手で自在に好きな形へと変えられながら、弄ばれた。

「と言うかリサ様……っ何もこんな時に、こんなところでなんて……」

「では何時(いつ)、何処でならよろしいですか?」

「そっ、そういう意味ではなく……」

 微妙に話が噛み合わない。

 異性であるアンリの時とは違い、真面目な表情で建前を口にする同性のリサを強く拒んでいいものか、迷いもあった。

 話題を変えようと、ラシェルはローレンスが近くにいる可能性を思いつき、彼の姿を探す。

 いた。

 少し離れた所からこちらを眺め、相変わらずのお花畑な笑みを浮かべてボーッと突っ立っている。

「あっあの、リサ様……ローレンス様が、お待ちなのでは?」

「いーの、いーの。もう噂もがっつり浸透したことだし」

 いやいやいや。

 いくら(ねんご)ろにしているからといって、第二王子を飼い犬みたいに、あんな所でステイさせて良いわけがない。

 しかも噂が浸透って、どういう意味だと内心ツッコんだところで思考は遮られた。あらあらまぁまぁと言いながら、リサがさらに遠慮なくラシェルの胸を弄くり始めたからだ。

「そんなことより、いけませんわ。成長過程の大切なお胸を、こんな窮屈な下着で締めつけてしまっては」

「*#@*&☆#☆*……っ?!」

 またもや、声にならない悲鳴が出る。

 指先で、敏感な部分の周りを丁寧になぞられたかと思うと、掌を使ってバストの形が変わるのではないかと思うほど強く押し潰された。

 いやこれ、同性とはいえ完全アウトだろう。

 こんな風に、自分の胸を好き勝手他人に触れられたことなど男にも女にも、前世でだって一度としてない。

 今度こそ抗議しようとした寸前、

「ウチの裁縫師は、とても腕が立ちますの。ラシェル様さえ良ければ、ランジェリーをオーダーメイドで作らせますが如何(いかが)でしょう?」

「えっ」

 下乳を両手で掬い上げ、モミモミしながら言うセリフではない気がしたが、傾城の美貌がニッコリと口角を上げてラシェルの反応を窺う。

「元々は私やお姉様用に、レースや刺繍をふんだんにあしらった物を作らせていたのですが、他の方にもお薦めしたら大変好評で。見ていただくだけでも結構ですので、よろしければラシェル様にもご紹介させていただけたらと」

 思いがけない申し出に、一気に勢いを削がれる。

 サイズの確認とは、そういうことだったのかと納得した。

「ほ、本当ですか……?」

「見えない所にこそお洒落をするのがレディの嗜み。何より殿方と閨を共にする際、シンプルな物では盛り上がるものも盛り上がらないでしょう」

 コクコクと頷き返す。

 まだモミモミするリサの手など何処吹く風、ラシェルの現金な頭の中は、ひょっとすると将来的には勝負下着なんかもお願いできるかもしれないという期待に沸いた。

 正直、アウローテの下着は機能性こそ優れているものの、女心が全くといって良いほど分かっていない。

 さらに先週、チラリと考えたディルクとの既成事実を捏造するのにも一役買ってくれるかもと妄想は膨らんだ。今、身に着けているベージュで質素なブラでは、どんなにヤられましたと訴えても「そんな色気のない姿に俺が発情するわけない」と、鉄壁のディルクになら跳ね返されかねない。ちょっとでもムラッとしてもらわねば、説得力に欠ける。

 来るべき完全犯罪の日を想定し、お祈りするように両手を組んで是非にと言いかけたところで、しかしラシェルは背後から差し込む影を感じてハッとする。

「そこで何をしている……?」

 突然、掛けられたディルクの低い声に振り向くも、リサの身体に隠れて彼の表情までは見えなかった。

「あら、ディルク。もう来たんですか」

 つまらなそうな声で返すと同時に、どこか名残惜しげにリサがラシェルを解放する。

 手放されたラシェルの胸が、すとんと重力のままに零れ落ちて揺れた。肩まで響く自らの重量感に、ラシェルは確かに以前、アンリからも指摘された通り、やっぱりおっぱいにもお肉付いちゃってるなと胸元へ目を落とした。

 ダイエット再開を心に誓うと同時に、そこで改めて自分の恰好を見たラシェルは、思わず目を剥く。

 いつの間にかリボンタイが外れ、ブラウスは揉みくちゃ、裾がスカートからはみ出して、臍まで覗いていた。慌てて着衣を整える。

「二人で何を話してたんだ?」

「まあ、野暮なことを仰る。女の子同士、秘密の話に決まってるじゃないの」

 クツクツと肩を揺らし、いたずらっぽい調子で言うリサに、からかうなとディルクが返す。

 そんな彼に、ふふっとリサは意地悪く微笑んでから、意味深にチラとラシェルを一瞥して「ねぇ、ディルク……?」と甘えた声で近付いた。

「こないだの件ですけど、……」

 そう言って寄り添うようにディルクの側へ行き、そっと耳打ちする。

「なっ……?!」

 瞬間、ディルクが弾かれたように囁かれた耳を片手で抑え、顔を真っ赤にリサから距離を取った。

「リサ、お前、何を……!?」

「うふ。特別出血大サービス、ということで」

 ね、とウィンクを飛ばす。

「そんな、冗談も程々に……!」

「あら、私はいつだって本気ですわよ」

「……っ」

 不敵な笑みを浮かべて身を翻すリサに、ディルクは目を見開いて絶句する。

 そしてラシェルもまた絶句した。

 書類上とはいえ、婚約者の前でこんなにもイチャイチャされるとは。

 前にも妬いたけれど、さらに二人の距離が近くなっている気がした。

 リサのこのスピード感に、今しがた考えた自分の色仕掛け作戦なんかが敵う訳ないと打ちのめされる。というか、敵に援助を求めている時点で敗けじゃないかと、どこまでも甘い己を叱咤した。

 胸に鈍い痛みを覚えるラシェルを蚊帳の外に、リサは続ける。

「でも、返事はなるべく早く頂戴ね」

 私、待たせるのは好きだけど待つのは苦手なの、と肩を竦めた。「いい返事を期待してるわ」

 そう言ってリサは、ラシェルにも「先程の続きは、また今度」と微笑む。ごめんあそばせと残して、ローレンスの元へ駆けた。

 颯爽と走り去る彼女の後ろ姿を見送りながら、ラシェルは複雑な思いで呆然とする。

 ふと見上げたディルクの背中から、彼も何か言いた気な雰囲気を感じたけれど、

「さあ、今日はこのプリントからしてもらおうか」

 こちらへ向き直るや、まるでリサなど居なかったかのように振る舞われ、ラシェルもまた口を噤むしかなかった。

 ディルクとリサ、彼らは一体、どういう関係なのだろう。一体、何処まで進展しているのか。

 不安で胸がいっぱいなのに、何も聞けない臆病な自分と、この後ラシェルは再び向き合うことを余儀なくされた。




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